第7話 ゴリラは、耐える側に回った
前線は、少しだけ落ち着いていた。
爆音が減り、
通信の声が通るようになる。
「この波は、凌いだ」
誰かが言った。
“凌いだ”
その言葉の重さを、
俺はもう知っている。
幼馴染は、
壁にもたれて呼吸を整えていた。
肩で息をする。
汗が落ちる。
でも、
まだ立っている。
「……戻れ」
俺は、
後方から声を飛ばした。
距離はある。
でも、聞こえるはずだ。
幼馴染は、
振り向かなかった。
代わりに、
片手を上げる。
「まだだ」
短い返事。
次の瞬間、
地面が鳴った。
嫌な音。
「――下がれ!」
誰かの叫び。
遅かった。
地面の裂け目から、
針みたいな突起が跳ね上がる。
細い。
速い。
防御能力が反応する前に、
幼馴染の脚を貫いた。
「っ……!」
声が、漏れる。
それでも、
倒れない。
幼馴染は、
突起を掴んで引き抜いた。
血が噴き出す。
誰かが悲鳴を上げる。
「戻れ!
もういい!」
「……ああ」
ようやく、
返事が来た。
その声は、
さっきより低かった。
後退。
仲間が、
肩を貸す。
でも、
動きが遅い。
「置いてくな」
幼馴染が言う。
冗談みたいな口調。
そのとき、
別の突起が来た。
幼馴染は、
咄嗟に仲間を突き飛ばす。
代わりに――
腹をやられた。
鈍い音。
空気が、
一気に抜ける。
「――ッ!」
今度は、
倒れた。
「救護!」
「担架!」
声が飛ぶ。
俺は、
動けなかった。
幼馴染が、
担ぎ込まれる。
血が多い。
多すぎる。
医療班が、
即座に処置に入る。
止血。
固定。
酸素。
「……厳しい」
誰かが、
小さく言った。
「命は?」
俺は、
それだけ聞いた。
医療班は、
一瞬だけ迷ってから答える。
「今は、な」
今は。
その言葉が、
胸に沈む。
「回復能力は?」
誰かが聞く。
返事が、
ない。
「……いないのか」
医療班が、
歯噛みする。
「ある程度の治癒はできるが、
再生系はいない」
「この量だと、
自然治癒じゃ間に合わない」
幼馴染は、
意識がある。
薄く目を開けて、
俺を見る。
「……見るな」
掠れた声。
「前、見てろ」
俺は、
何も言えなかった。
これは、
俺の能力のせいじゃない。
幼馴染は、
正しい判断をした。
仲間を守った。
前線を支えた。
でも。
もし、
回復能力があったら。
もし、
“削られた分を戻せる”力があったら。
幼馴染は、
まだ立っていたかもしれない。
医療班が、
俺を見る。
「……お前、
何かできないか」
その言葉が、
一番残酷だった。
俺は、
首を振る。
「俺の能力は……」
続けられなかった。
幸運も、
悪運も、
天運も。
今この場では、
何の役にも立たない。
幼馴染が、
小さく笑った。
「……ほらな」
「お前、
前に出なくて正解だ」
それは、
慰めじゃない。
事実だ。
医療班が、
通信を開く。
「回復能力者、
優先募集!」
「条件は問わない!
今すぐ来い!」
その声を聞いて、
俺は初めて理解した。
この戦争で必要なのは、
勝つ力じゃない。
削れたものを、戻す力だ。
そして。
それを持たない俺は、
また――
誰かが削れるのを、
見ることしかできない。
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