第1話『処刑後の乾杯は、黄金プリンで』

「ガーデナーさま、お時間となりました」


「うむ」


 背後には、一人の女が控えている。

 この粛清の舞台を取り仕切る進行役ディーラーであり、俺の影として動く唯一の部下。

 この場の名は、『カノン』。


 その佇まいは、静謐せいひつそのもの。

 喪服を思わせる漆黒のパンツスーツに身を包み、直立不動で待機する姿は、精巧に作られた彫像のように美しい。

 余計な言葉を発することはなく、俺の意図を常に阿吽の呼吸で汲み取ってくれている。


 彼女の最大の特徴は、常にその両目を閉じていることだ。


 視覚を断つことで、聴覚や嗅覚、そして気配察知能力を極限まで高めている――というのが彼女の流儀らしい。

 盲目なのではない。

 あえて見ないのだ。


 ふむ、なかなかにクールではないか。

 俗世のノイズを遮断し、ターゲットの恐怖の鼓動だけを感じ取る。

 その姿は、まさしく獲物を的確に仕留める狩人、俺の右腕に相応しいだろう。


「準備のほどは?」


「万全です、ガーデナーさま。音響、照明、拘束具の強度。すべて私の手で調整いたしました」


「ターゲットの情報は」


「はい」


 彼女は涼やかな声で即答し、手元のタブレットを指でなぞる。

 瞼は閉じたままだが、まるで文字が見えているかのように淀みがない。


堂島剛蔵どうじま ごうぞう。58歳、建設省元局長。架空工事による横領および収賄。私腹を肥やすために国の土台を腐らせた、典型的な害虫です」


「根が腐っているな」


「はい。早急な剪定が必要です」


 彼女の忠誠心と遂行能力に疑いはない。

 俺が『庭師』として鋏を振るえるのも、彼女という従順な手足があってこそだ。


「……よし。始めようか」


 俺は全幅の信頼を置き、マイクのスイッチを入れた。


「――聞こえるか、罪人よ」


 変声機を通した私の声は、地獄の底から響くような不協和音となって、独房のスピーカーから吐き出される。

 モニターの向こう、麻袋を被せられ椅子に縛り付けられた影が、ビクリと反応した。


「これより貴様には、ゲームに参加してもらう。ルールは単純だ。『罪の告白』。貴様が過去に犯した罪を、洗いざらい白状しろ」


 私は手元のフェーダーをゆっくりと上げ、照明の光量を調整する。

 暗闇の中に、スポットライトが落ちる演出だ。


「貴様が罪を認めるたびに、このお前の拘束は一つずつ解除される。だが、もし虚偽の発言もしくは、沈黙を選べば……」


 コンソールの赤いボタンに指を添える。

 これを押せば、椅子に電流が走る仕組みだ。

 ありがちな拷問器具ではあるが、恐怖を植え付けるには十分な痛みを与える。


「『罰』が下る。貴様が隠蔽した手抜き工事のように、貴様の肉体もボロボロに崩れ去ることになるだろう」


 完璧だ。

 完璧な導入だ。

 恐怖と理不尽、そして逃れられぬ因果応報の予感。


 さあ、泣き叫べ。

 命乞いをしろ。

 そして己の醜悪な欲望をその口で語るがいい。


 俺は手元のレバーを引く。

 天井のウインチが唸り、ターゲットの頭部を覆っていた麻袋が引き上げられた。


 そして現れたのは――


「…………」


 脂ぎった中年のダミ声、ではなかった。

 禿げ上がった社長、でもなかった。


 紺色のブレザーに、チェックのスカート。

 少し茶色がかった髪をハーフアップにした、どこにでもいるような女子高生だった。


 彼女はきょとんとした顔で、自分を照らすライトと、天井のスピーカーを交互に見ている。


「………え……どうじ………あれ?」


 思考が停止しかける。


 お、落ち着け?

 動揺を悟られては………え、あれ?

 俺はマイクを握り直し、確認のために低い声で命じた。


「その……まず、自分の名を言ってみろ」


「……さ、桜坂です……」


 だよね、全然ちがうよね。

 似ても似つかない、全くの別人じゃん。

 否定の余地もない、純然たる事実の提示じゃん。


「…………」


 言葉を失い、凍りついたように沈黙してしまう。

 その沈黙を「不正解」への無言の圧力と受け取ったのか、彼女は青ざめた顔で首を横に振った。


「あ、そうか!……桜坂 和葉さくらざか かずはです!……ごめんなさい!」


 まるで、間違った答えを言ってしまったことを謝罪するかのような、怯えきった否定。

 自分が何者かすら分からなくなっている極限状態の反応を見て、こっちも、冷や汗とも悪寒ともつかないものが背筋に駆け抜ける

 反射的に、コンソールの映像切断と音声ミュートのスイッチを同時に叩いた。

 バチンッ、という乱暴な音が、凍りついた地下室に響く。


 深呼吸。

 吸って、吐いて。


 俺はゆっくりと、革張りの椅子を回転させ、背後に控える部下の方を向いた。

 カノンは変わらず、彫像のように美しく、そして直立不動で立っている。

 その閉じた瞳は、深淵のように何も語らない。


「……おい」


「はい」


「これはどういうことだ」


 俺は極力、感情を押し殺した声で問うた。

 彼女は表情一つ変えず、淡々と言った。


「どうやら、別人のようですね」


「『別人のようですね』じゃねぇよッ!!」


 まるで、天気予報が外れたときのような軽さだった。


「他人事か!どこが完璧だ!どこが万全だ!さっきまで歴戦の仕事人みたいな雰囲気を醸し出していただろうが!堂島剛蔵だぞ?58歳の脂ぎったオッサンだぞ?なんで女子高生なんだよ!性別も年齢もシルエットも全部違うじゃねぇか!」


「言い訳をさせてください」


「言ってみろ!」


「気配が似ていました」


「気配で仕事をするな!目ぇ開けろバカ野郎ッ!!」


 思わず立ち上がり、怒鳴り散らした。

 我が一族の歴史に、泥どころか産業廃棄物をぶちまけられた気分だ。

 常時閉眼という彼女のスタイルを「クールだ」と評価していた数分前の自分を殴り殺したい。


 どうする。

 やはり、すぐに解放して記憶処理をするのが定石か。

 ただの一般人を誘拐したとなれば、この業界での信用は地に落ちるからな。

 俺が頭を抱えていると、ふと、スピーカーから微かな声が漏れてきた。


「……あの、言います」


 ハッとしてモニターを見た。

 映像は切っているが、集音マイクは生きている。

 暗闇の中で、少女が涙声で訴えかけていた。


「……私の罪、言えばいいんですよね……?」


 少女は震えていた。

 突然連れ去られ、「罪を告白しろ」と脅されたのだ。

 我々が裏で揉めていることなど知る由もない。


「え、ちょっ、待て」


 俺が止める間もなく、彼女は堰を切ったように語り始めた。


「……リンと喧嘩したんです」


「は?リン?」


 リンとは誰だ。

 知らない名だが。


「その………昨日、私が借りてた漫画……『呪〇廻戦』の新刊を、ジュースで汚して返しちゃって……。謝ればよかったのに、怖くて、つい元から汚れてたって嘘ついて……」


 なるほど、友人の名か。


「そしたらリン、私のこと嘘つきって。その後も売り言葉に買い言葉で………今さら謝ったところで、もう許してくれない。きっと『また嘘ついてる』って思われるだけ……もう終わったんです。明日、学校に行っても、リンはもう私と口なんか利いてくれない……大事な友達だったのに……自分から壊しちゃった……もう取り返しがつかないよぉ……死ぬより辛いよぉ……」


 嗚咽がスピーカーから漏れてきた。

 俺はモニターを見つめ、腕を組み。


 横領、収賄、そんな国家レベルの犯罪ではない。

 ジュースのシミ。

 ただの友人との喧嘩。

 あまりにもささやかなものだが、しかし彼女にとっては世界が崩壊するほどの大罪らしい。


「はぁ」


 くだらない。

 仮にもここは死闘の場だぞ。

 実にくだらない悩みだ。


「………………」


 だが、その姿は政治家の薄汚い言い逃れよりも、遥かに胸に迫るものがあった。


 閉鎖空間(教室)における人間関係の断絶。

 それは確かに、精神的な死と同義かもしれない。

 かつて俺も、父から地下室に閉じ込められる修行を受けた際、孤独こそが最大の刃だと学んだ。


 このまま帰せば、彼女は近いうちに心を殺すことになるだろう。


「……どうされますか、ガーデナーさま。とりあえず電流を流して黙らせましょうか?」


「お前いまの聞いてた?血も涙もないのか?」


 俺は大きく息を吐き、乱れたネクタイを締め直した。

 このような不完全燃焼な終焉は好みではない。


 それに、『枯れかけた若木』を見過ごすのは、庭師の美学に反する。


 この落とし前は、プロの仕事でつける。


「……マイクを入れるぞ」


 俺はヘッドセットの位置を直し、再び「冷徹なGM」の仮面を被った。

 コンソールのフェーダーを上げ、彼女の泣き声に被せるように、重低音の声を響かせる。


「――告白は受理された」


 マイクに向かい、低く、腹の底に響く声で告げる。


「だが、その程度の懺悔では貴様の『罪』はすすがれん。……小娘。お前は今、大きな勘違いをしているぞ」

「か、勘違い……?」


 彼女がビクリと肩を震わせ、顔を上げた。


 俺は冷酷に、だが真理を突くように言葉を紡ぐ。

 これは慰めではない。

 デスゲーム論理ロジックにおける、 プロフェッショナルとしての『手直し』。  

 退路を断つための宣告だ。


「そうだ。貴様は先ほどから、『許してくれないかもしれない』と怯えているな?それがそもそも、傲慢なのだ」


 俺の言葉に、彼女は力なく首を振った。

 気力があまりないのか、その声は蚊の鳴くように弱々しい。


「……ご、傲慢……?えっと、その…私は、ただ怖いだけで……。だって……もう無理だし…」


 彼女は膝を抱え込み、自身の絶望を吐き出すように独り言つ。


「……あの子に『信じられない』って言われた時の目……今まで見たことないくらい冷たかった。家に帰ってすぐにLI○E見たらブロックされてて、イン○タのフォローも外されてて…………これがどういう意味か、分かりますか?」


 ぽたぽたと、涙が床に落ちている。


「絶交ってことなんです。……私たちの教室じゃ、一度、ナシって判定されたらもう終わりなんです。……もし明日、私が話しかけて、みんなの前で無視されたら……?周りの子も私のことを白い目で見る……。今までみたいに笑えなくなる……居場所がなくなる……」


 彼女の体は、小刻みに震え続けていた。

 それは、死の恐怖よりもリアルな、社会的な死への恐怖。


「そんなの耐えられない……だったら、このまま学校行かないほうがマシ……。自然消滅のほうがまだ傷つかない……。私が全部悪いのは分かってる……でも、もう手遅れなんです……」


 なるほど。

 典型的な、生存本能の暴走だ。

 傷つくことを恐れ、緩やかな死を選ぼうとしている。


「やはり愚かだな」


 俺はあえて、冷ややかな嘲笑をマイクに乗せた。


「……え?」

「傷つきたくない、だと?戦場に立っておいて無傷で帰ろうなど、三流の考えることだ」


 俺はモニター越しに、彼女を指差す。


「いいか、よく聞け。一度刻まれた傷は、二度と消えない。貴様がついた嘘、裏切った信頼。それは樹皮に刻まれた傷のように、未来永劫残る」


「う、うぅ……」


「『ごめんなさい』と言えば、魔法のように罪が消え、元通りになれるとでも思ったか?甘えるな。謝罪とは、自分が許されるために行う行為ではない」


「……え?」


「貴様は『許されないなら謝らない』と言う。それはつまり、相手の感情をコントロールしようとしているだけだ。『私が謝るから、お前は許せ』とな。……それが傲慢でなくて何だ」


「…………っ」


「謝罪の本質は、取引ではない。『決意』だ」


 俺は言葉を重ねる。

 逃げ場を塞ぎ、前へ進むしかないように追い込む。


「たとえ軽蔑されようと、一生口を聞いてもらえなかろうと、それでもなお『私は嘘つきのままではいたくない』と、己の誠実さを示す。……謝罪とは、相手のためではない。貴様自身が、腐った人間にならないための防腐処理だ」


 少女は唇を噛み締め、震えている。


「でも……!怖い……!みんなの前で拒絶されたら、私、立ち直れない……」


「言われるだろうな。『二度と話しかけるな』と罵られるかもしれん」


「っ!」


「だが、言わせてやれ。相手には怒る権利がある。その怒りを全身で受け止め、血を流してこい」


 声音を少しだけ和らげ、しかし力強く告げる。


「死よりも深く、生きてもなお、人を苦しめ続ける毒………それは、なんだか分かるか?」


「……………なんですか?」


「『あの時、ちゃんと言えばよかった』という後悔だ。その毒は、何十年経っても貴様をむしばみ続けるぞ」


 長い沈黙が地下室に落ちた。

 彼女は膝の上で拳を握りしめ、何かを耐えるように俯いている。


 やがて。


「……嫌だ」


 小さな、だが確かに、その声は聞こえた。


「……ずっと後悔するのは、嫌だ。……このまま嘘つきで終わるのは、もっと嫌だ」


 彼女が顔を上げる。

 涙は止まっていない、足も震えている。

 だが、その瞳には、嵐に立ち向かうような必死な光が宿っている。

 それは死を受け入れていた先ほどとは違う、明日へ向かって伸びようとする意志の強さがあった。


「私……行きます。明日、朝イチで……どんなに冷たい目で見られても、ちゃんと目を見て『ごめんなさい』って言ってくる……無視されても、何度でも言う」


「許されなくともか?」


「はい……許してくれなくてもいい。私が悪いんだから。でも……私の気持ちは、全部伝えてきます」


「…………よかろう。貴様の覚悟、確かに見届けた」


 ――合格だ。


 俺は口元を緩め、コンソールのスイッチに手をかけた。


「ゲームクリアだ。……行け、若木よ。その傷もまた、貴様を強くする年輪となるだろう」


「ありがとう、変なマスクのおじさん」


「いや、そこは『ガーデナー』と呼べ」




 プシュー、と催眠ガスが噴出される。




「あれ…………………なんだか、眠くなっ…………て……………き……………………………………」







「決して立ち止まるな。飛べぬ者に、未来はないぞ」










 ——数時間後。




 冷気が肌を撫でる。

 彼女が目を覚ますと、そこは公園のベンチだった。

 朝日は眩しく、世界は昨日と変わらず動き出している。


  体を起こすと、手にはコンビニの袋が。


 中には、新品の漫画『呪〇廻戦』の最新刊。

 そして、詫びの品として最高級であろう『黄金プリン』。

 さらに、一枚のカードが入っていた。


『健闘を祈る。——The Gardener』


「……ふふ、なにこれ」


 涙を拭い、贈り物を大事そうに鞄にしまう。


「行ってきます」


 誰にともなく呟き、彼女は朝日が昇る学校へと走り出した。







 ――同時刻、管制室。


 俺はモニターの電源を落とし、大きく伸びをした。


「……カノン」


「はい」


「あのプリンと漫画代、経費で落としておけ」


「……科目は?」


「『人材育成費』だ。あれは未来への投資だからな」


「かしこまりました」


 冷え切った紅茶を流し込み、モニターを消す。


 これで一件落着……ではない。

 まだ仕事は終わっていない。

 俺は背後の部下に、冷ややかな視線を送った。


「さて、カノン。分かっているな?」


「はい。ターゲットですね」


「そうだ。次こそは、本物の堂島剛蔵を連れてこい。あと気配で探すな、免許証を確認してから連れてこい」


 俺はそう言うと、深いため息をついた。

 どうやら庭の手入れは、まだまだ終わりそうにない。

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