夜にひとり歩く

芹ナヅナ

第1話

 私は夜にひとりで歩くことが好きだ。でも、それは大人になってから…それもイイ歳になってからのことだ。


 若いときからひどい運動音痴で、スポーツ嫌いなわたしは、当然体力もなく、歩くことさえも好きではなかった。わたしにとっては『歩くこと=ただ疲れる行為』でしかなかったからだ。だから、移動手段も可能な限り楽をした。車、原付バイク、電車、といった具合に、自分のエネルギー消費は最小限だ。


 ところが大人になりイイ歳にもなったある頃、猛烈にストレスがたまった頃があった。一時的ではなく、何ヶ月にも渡って、問題解決の糸口が見えず、四六時中そのことは頭から離れてもくれず、結果、ずっと内心イライラしていたのだ。そのやり場のないイライラは、ある日猛烈なイライラになった。わたしはじっとしていることすらもできなくなった。そして猛烈なイライラは、わたしを歩き出させたのだ。

 

 冬の夜の、世間の多くの人が帰宅し、もう夕飯を遠に終え、入浴も済んでいるような静かな時間だった。わたしはジャンバーを羽織って家を出た。猛烈なイライラに任せて、ぶんぶんとひとり歩いた。方向や、道幅、坂だとか、そんなことは一切関係ない。どうだっていい。景色も見ずに、ただ好き勝手にぶんぶんと歩いた。


 歩きに歩いて、どのくらいの時間歩いていたのかわからないが、ふと、疲れたな…と思った。額や首には汗がつたい、背中はじっとりと濡れている。ポケットから小銭をつかみ出し、自販機で、冷たい緑茶を買った。喉を潤し、一息ついたときだ。自分のイライラは、少し小さくなっていることにも気がついたのだ。


 それを不思議に思いながらも、またとぼとぼと歩き出した。すると、次第になぜか”もう少し考えてみよう”と少し落ち着きを取り戻した自分がいたのだ。


 そのことが、わたしが夜にひとりで歩くようになった始まりだ。しばらくの間は、イライラをしずめ、落ち着きを取り戻すために夜に歩くことが続いた。そして、あるとき解決できなかった問題を解決できたときには、もうイライラはなくなったのだけれども、夜に歩くことはやめることはなく、そのまま続いた。


 なぜなら、『夜にひとりで歩くこと=気持ちのいいこと』になっていたからだ。


 楽しかった1日も、その日の夜に歩いていると、楽しかったことを思い出していたりする。平常だった日でも、夜の景色を見ながら歩いていて、“この道は入ったことがなかったけれど、どんなだろうな”と、好奇心が湧いて、入ってみることもある。


 家々の間で、ふっと香ってきたにおいに、“どこかのおうちの晩御飯は煮魚だな”と思ったり、はたまた、炭の香りに“あぁ、炭火焼肉だ…おいしそうだな…”と思ったり、シャンプーの香りがしたり…、水田のにおいがしたり…、様々な香りが鼻腔をかすめることもある。夜の空気は澄んでいるせいか、何か香りを発していると、その香りはわたしの鼻腔に、くっきり目立つ。そういう刺激も、夜に歩いてたのしいことの1つだ。


 耳がちぎれそうな冬の夜も、汗がふきだすほどの夏の夜でも、夜に歩くと気持ちがいい。暗い静かな夜が、ありのままの私を受け止めて、すっぽりと包んでくれる。誰のことも気にしなくていい。ひとり好きなように歩いていい。ひとり歩きながら、日々のことをふりかえり、頭の中や気持ちを整理させてくれる。夜のその包容力が、わたしの心に ぽっと明かりを灯してくれる。暗い夜に、街灯がぽつりぽつりと立つ道を、わたしは跳ねるロウソクおばけになった気分で歩いているのだ。

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夜にひとり歩く 芹ナヅナ @cradlekitty

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