3/24

第4話 10番目の人格

 その日、東は寝ることができなかった。

 稲村は別人になっているかもしれない。

 だが、5:55に異変が起こった。


「これはお経?」


 寝室からお経を読む声が聞こえだした。東は恐る恐る扉に聞き耳を立てた。


「そこにいるのは東志保さんですね」

「えっと⋯⋯」

「入ってきて大丈夫ですよ」


 東は仕方なく扉を開けてみることにした。そこには先程までの姿のまま、優しく微笑んでいる少年がいた。だが、東は悟った。この人はさっきまでの彼ではない、と。


「誰、ですか?」

「私は10th。久遠元初大日蓮華如来です」

「はい?」

「私は時間を超越している存在。そのためあなたのことをよく知っていると同時に、また全く知らないのです」

「うん?」

「理解しようとしなくて平気ですよ。3次元宇宙にいる限り、その3次元の身体に囚われている限り、高次元の認識は不可ですから」

「あなたは、13つある稲村愛治の中の仏の人格ということですね」

「はい。その通りですよ」


 そう言って微笑む稲村は、確かに人間味がない。悪意がまったくない。畏怖さえない。ただ、穏やかで、安らかで、安心する。そう、東は先程までの緊張が解けていくのを感じてしまい、それが彼の仏である証明のように思えてしまった。


「仏は、何ができるんですか?」

「何もかもができ、また、その上で何もしない、干渉しないことを選ぶ存在です」

「何もしない?」

「はい。なぜならば万物は流転する。原因と結果。縁の世界。一つ教えましょう。あなたが私の体の持ち主の稲村愛治のボディーガードに選ばれた理由を」

「理由?」

「はい。それは前世からの因縁があるからです」

「それはどんな?」

「詳細はまた会うときに教えます。1/13の確率で会えますから」

「待って。あなた様は、どうなるのですか?」

「この体を昨日の私、『ナギサ』に還すよ」

「そんなことができるんですか?」

「うん。たぶん1st〜9thにはできない。10th〜13thはできると思うけど、それをするかは分からない。私は世界にあまり干渉したくないんだ。それらはいずれ期待や執着を生むからね。それが憎しみや苦しみを生むのを知っているからね」

「分かりました」

「じゃあまたね」


 そして、稲村の中の神聖なオーラが消えた。


「あれっ?」

「ナギサさん?」

「東さん。今日は何日ですか?」

「3/24ですよ」

「お、当たったのか。ん? でも、なんで立ってるんだ?」

「10th。久遠元初大日蓮華如来様が体を譲ったそうですよ」

「あー。そうだった。彼らならそういうこともできるんだ」


 だが、東はまだ疑いを晴らせない。何故なら全て演技だった可能性もあるからだ。だが、あの話し方や表情筋の使い方の機微たるや、それはもしかして、本当にあるのではないかと、信じてしまうものであった。


「よろしく、東」

「よろしく、ナギサ」

「その呼び名、嬉しいけど、他の人がいる時は本名で呼んでね」

「分かったわ。さぁ、朝ごはん作るわよ」

「いや、仮眠してきなよ。ご飯は僕が作るから」

「そう? いいの?」

「大したものは作れないけど、それでもよければ」


 東は促されるままに寝室に向かった。仏の人格から受けた影響なのか、割とすぐ眠れた。


 東が起きると美味しそうな匂いがした。


「今日は21時に東京駅ですよね。そこから夜行バス。合ってますよね」

「ん〜?」

「もしかして朝弱い?」


 東は仕方なく起きて、驚く。


「冷蔵庫勝手に使いました」

「これは⋯⋯」


 そこには豪華なフレンチコースのような美しい料理たちが盛り付けられていた。


「さぁ、食べましょう!」


 二人は食べながら話す。


「私は日中、報告書を出しに行くが、ナギサはどうする?」

「志保について行こうかな、とも思ったんだけど。今、あっちの方から死の香りがするんだよね」


 そう言ってナギサは窓の先を指差す。


「まさか、【猟奇殺人鬼】?」

「いや、【猟奇殺人鬼】はそんなに頻繁に出てこないよ。これは恐らく、交通事故かな。でも、ちょっと特殊。数人は死んでる。それも若い命が。ちょっと行ってくる」


 そう言って稲村ことナギサは家を出た。



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