第3話 二人だけの秘密

 マンションに着く。お風呂と夕飯を済ませると、稲村は東に告げる。


「料理上手いですね」

「あら、ありがとう。リゾットは得意料理なの」

「美味しかったです」

「それはよかった」

「ところで、その、なんでこの家、寝室が一つしかないんですかね」

「それは私と稲村くんが一緒に寝るからよ」

「えっ?」

「そういう指令なの。私は睡眠中も些細な物音を感知する能力があるから、君を守るために寝室は同じ部屋なのよ。ベッドは二つあるから大丈夫ですよ」

「そういうところが彼氏できないんじゃないんですか?」

「意外と言うわね」

「まぁ、一緒に行動するのに敬語は面倒ですし。例えば【くん、さん】付けやめましょう。秒単位で無駄なので」

「分かったわ。じゃあ寝ましょう」


 時刻は23時。


「あ、一つ言っておくことがあって」

「なにかしら?」

「僕、毎朝、5:55に、12/13の確率で死ぬので、よろしくお願いします」

「ん?」


 東は固まった。理解不能というように。


「死ぬ?」

「正確には13つある人格からランダムで一つの人格になるので、1/13の確率で生き、12/13の確率で死にます」

「はい? えっと、つまり、どゆこと?」

「精神分裂病です。多重人格とも」

「そんなこと、警部から聞いてませんが」

「それは仕方ないですよ。言ってないので」

「えぇ? なら、もし仮にそれが本当だとして、それを君はどうやってごまかしてるの?」

「朝の4:44にアラームをかけてます。そこから5:55の僕に向けて、『今日やること』『昨日の人格は誰で何をしたか』など、様々な言伝をノートに記します」

「それで? 5:55になるとどうなるの?」

「人格がランダムで一つ選ばれます」

「性別は?」

「えっと、それが複雑でして。7歳の空性の子どもの人格、13歳の少年の人格、18歳の少女の人格、23歳の両性の人格、35歳の無性の人格、天使の人格、堕天使の人格、悪魔の人格、神の人格、仏の人格、リシの人格、アギトの人格、創造主の人格の13つです」

「まじか」

「大マジです」


 その日、東は寝ることができなかった。稲村が見せてきた膨大な日記が、彼の多重人格、精神分裂病の証拠であったからだ。


 3:32


 4:44

 アラーム


 稲村が起きる。

 彼は洗顔して、机に向かう。

 それを東は見届ける。


「おはよう」

「おはよう。愛治。その、大丈夫?」

「まだ5:55じゃないので、平気」

「だけど、5:55にはどうなる?」

「うーん。たぶん同じ部屋にいない方がいい」


 4:52


「どうして?」

「全ての人格は自分が多重人格であることを既に記憶している。でも、今の僕の、23歳の両性の人格『ナギサ』しか東のこともこのマンションのことも知らない。要は情報共有ができていない。もちろん日記に君のことは記す。だけど」

「だけど?」

「もし人以外の人格になったら、どうなるか分からない」

「何故?」

「悪魔と堕天使の人格は根は悪だし、神や仏、リシにアギト、創造主の人格はたぶん東には理解できないからだよ」

「本当にいるの? 悪魔とか神とか」

「いるよ。だって、僕が死の色香を感じられるのはこの多重人格であることが原因だからね」

「そうなのか⋯⋯。ちなみに、どんな感じで入れ替わるの?」

「寝て起きるのと同じ。でも、入れ替わる時は横になる。倒れたら怪我してしまうからね」

「なんで5:55なの?」

「それは分からない。最初は朝起きるたびに人格が変わっていたから、眠ることがトリガーだと勘違いしていたけど、ある時試しに徹夜してみたら、5:55に人格が変わることに気づいた。そっからかな、このルーティンは」

「そうなんだね。大変だ」

「慣れましたよ」

「今はナギサ?」

「そう」

「何になりそうとかも分からない?」

「それは全くランダムだね」

「ふーむ。じゃあ私はリビングで待ってるよ」

「うん。6:30に部屋出ることにするから、そのつもりで」

「えぇ。分かったわ」

「それと、多重人格の話は家族しか知りませんが、その人格の数や名前、存在の人間界での呼称についての説明は東さんが初めてなので、絶対に秘密にしてください」

「分かったわ。約束する」


 東は緊張していた。徹夜もたたり、ナチュラルハイになりかけている自分の脳が、この非現実的な話を処理しきれていない。


 果たして、稲村は誰になるのか?

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