漂流戦機イオフィエル

相良平一

プロローグ的何か

 ライハーナ・エルスターの駆る全高21mの鋼鉄の巨人は、そのDATDouble Arm Typeの名に恥じぬ二つの腕で、同じ大きさの敵と組み合いながら、人工衛星の破壊されたハッチから宇宙空間へ飛び出した。

 組みついた敵が、腰のハードポイントに佩いたブレードに手を伸ばす。それを右のマニピュレータで押さえながら、ひたすらにスラスタから推進剤を吐き出す。

 硫酸の雲が描く幾何学模様を背景に、いく筋もの燃料の輝きが踊った。落ち着いて見られるものがいるとするならば、それはある種幻想的なショウとして楽しまれることが、或いは出来たのかもしれない。

 だが、そのショウのおそらく唯一の観客は、機関砲を構えてライハーナの命を虎視眈々と狙っていた。ここは単なる戦場であり、眼下に広がる広大な星も、彼らにとっては『近づいたら死ぬ場所』以上の意味を持たない。

 ライハーナたちは、金星圏独立連合の窮状を武力で打破しようとする、軍の所謂過激派閥の一部であった。

 彼らはこの、金星に程近いが故に目立ちにくい人工衛星で、密かにDAT《イオフィエル》と、その運用艦ギデオンバーズィスの開発に取り組んでいた。二機の敵機、《ケフェウス》のパイロットたちは、その回収を目的とした強襲部隊であった。

 彼女の仲間たちは、揚陸輸送艦で先行した歩兵部隊と戦闘しながら、ふねの発進にようやっと漕ぎ着けたのだ。

 ある程度衛星から離れたところで、ライハーナは自らの《カニス》を回転させ、もう一機の射線上に敵を投げ放つと、剣を抜かせる暇も与えずにブラスタの弾を胴体に撃ち込んだ。

 ライハーナの仲間は、皆、死んだ。艦の障害を除くためにコクピットという名の死地に放り込まれた彼女だけが、どうしたわけか生き残ってしまったのだ。

 しかしまだ、彼女には守らなければならないものがあって、だから彼女は殺し合いを止めることができなかった。

 艦の中で未だ眠る天使のことを、ライハーナは想う。あの力があれば、金星に苦痛を強いる地球圏の影響力を除くことも容易い。あの天使さえいれば――彼女の背負うものは、仲間たちの悲願と希望そのものだった。

 光の弾丸が命中し、ケフェウスの、アルミニウム合金と強化樹脂で出来た上半身が吹き飛ぶ。その様子に頓着する暇もなく、ライハーナは狙い撃ちにされないように機体を移動させた。

 ジグザグに移動しながらブラスタを連射すると、生き残りのケフェウスは大きく旋回しながら機関砲を放つ。

 ライハーナは、機体にかかる重力と加速度ベクトルを流し見で確認した。動くべきは、上か。

 誘導弾ではないから、手足を振り回しながら加速すれば、有効弾を躱すことはさして難しいことではなかった。

 数発の被弾は、スラスタに当たったわけでもないから問題ではない。

 ふと、眼下を覗く。ブラスタを撃ち込んだ方は、クルクルと錐揉みしながら金色の海へ沈んでいった。

 コクピットのある下腹部は外したが、あのパイロットももう生きてはいまい。例え生きていたとしても、死ぬまでの時間が数分延びただけだ。

 もう一機が、機関砲を乱射しながら突進してきた。

 仇討ちのつもりか。ライハーナは低く嗤った。ならばこちらも、仇を取らせてもらう。6人の仲間たちの仇を。

 衛星に沿って旋回し、154kgの弾丸の雨を躱す。そうすると、ケフェウスは案の定、彼女のカニスを追いかけて衛星に近づいた。

 今だ。彼女は、衛星の壁に向かってブラスタを射撃する。

 ライハーナは人工衛星の武装化にも関わっていたから、よく知っていた。そこには、誘導弾の発射装置があったのだ。炸薬が誘爆し、ケフェウスは飛び散った破片に巻き込まれてあらぬ方向へと流れていった。ギデオンバーズィスとは反対の方向である。

 今、艦は発進した。漆黒の虚無が広がる宇宙空間に、その白い船体を晒したのだ。コクピットのディスプレイを見て、ライハーナはえもしれぬ感嘆のようなものを抱いた。

 ギデオンバーズィスは、上から見るとHの形をした特異な形状の艦であった。二隻の小型艦を、イオフィエル用のDATハンガーとブリッジで繋げたその構造の艦は、金星圏の英雄ギデオンたるに相応しい姿であった。

 この美しい艦を守るために費やされたのが、彼女の仲間たちの犠牲であり、そもそも彼女たちの研究なのだ。

 地球による金星圏の抑圧を打ち砕くために。人々が薬も買えずに死んでいくような世界を終わらせるために。

 大義のために犠牲となる側に立ってなお、ライハーナはそのための犠牲を許容していた。

 ケフェウスが体勢を立て直しているうちに、私は、彼らの艦を墜とさせてもらう。ライハーナの顔が歪んでいることに、彼女自身も含め、気がつく者はいなかった。

 カニスが接近してくるのを見て、揚陸輸送艦は慌てて機関砲の弾幕を張り始めた。しかし、そもそもが輸送艦、武装はたかが知れている。

 こちらに最新鋭のDATがあることを知らなかったのが、彼らの不運だ。碌に起動もできないDATだけだと思ってさえいなければ、向こうも護衛艦を持ち出したり、DATの数を増やしたり、少なくともエネルギー兵器を携行させることができていただろうに。

 弾幕の薄いメインスラスタ側に回り込み、ブラスタを連射する。照準は、逆進用大型サブスラスタ。光球がいくつか弾けるのを見て、ライハーナは満足した。

 あの被害では、到底衛星から離れることなど出来はしまい。そうすれば、機密保持プログラムに巻き込まれて、揚陸艦は人工衛星ごと金星の大気に消える。ギデオンバーズィスを護衛しながら、まだあと一隻を仕留めなければならない以上、彼女はそう時間をかけられなかった。

 あるいはその判断は、仲間たちを目の前で殺された彼女の復讐心が下させたものなのかもしれなかった。だが、惨い死に様だろうが、安らかな即死だろうが、その結果に変わりはない。

 ケフェウスがようやく体勢を立て直し、こちらに向かってくる。細かい姿勢制御の苦手な機体ではあるが、それにしても遅い。

 腕の悪いパイロットだ、と思うと共に、彼女は安堵した。ギデオンバーズィスは飛び立つことができる。仲間たちの死は、決して無駄ではなかった。

 腹部のバルカンで牽制し、距離を取る。敵の武装は携行している機関砲と、肩部の誘導弾のみである。距離さえ取ってしまえば、ブラスタがある分こちらの有利だ。

 ある程度距離を取ったところで、二隻目の揚陸輸送艦が見えた。人員の搭乗を終えたのか、ゆっくりと衛星を離れるところだ。

 ライハーナは脚を回して機体の角度を変えると、輸送艦に一直線に突っ込んだ。

 ロックオンの警報が鳴る。後ろのケフェウスからだ。

 機体はそのまま、ライハーナはウイングスラスタに懸架された誘導弾を全て、ケフェウスに向かって吐き出した。

 自らの攻撃を食い止められ、逆に押し寄せてきた誘導弾の対処に四苦八苦している鋼鉄の巨人を、彼女はコクピットの中だけで振り返って見た。

 今の隙に。ライハーナは艦の慌てて展開したバリアを突き抜け、艦に接触した。

 先程も言ったが、艦は発進の瞬間が最も無防備なのだ。

 ブラスタの度重なる接射により、箱型の揚陸輸送艦はその真ん中で裂けた。数十人の命が、虚空に吸い出されてどこかへ散った。即死だったろう。特に感慨はなかった。

 そろそろ、か。彼女の背筋に、ひやりとしたものが走る。この辺りにいては、バリアも分厚い本体装甲もないDATでは、巻き込まれて潰れてしまうかもしれない。

 彼女はスラスタを動かし、敵艦の残骸から離れた。加速度で視界が揺れ、ネックレスが胸元で微かに跳ねた。

 次の瞬間、人工衛星の上部分が吹き飛んだ。残骸は、飛び散った鋼の塊に押し流されて見えなくなる。気づくのが遅ければ、彼女もまた、スペースデブリの一部になっていただろう。ライハーナは、一人大きく息を吐いた。

 彼女の仲間が仕掛けた、機密保持プログラムが作動したのだ。運動量保存則に従い、残りの大部分は、ゆっくりと金星の大気圏へと向かう軌道を取り始めた。30分もしないうちに、仲間たちの遺体も、敵も、衛星に残されたデータと共に蒸発する。

 ギデオンバーズィスも、巻き込まれてはいなかった。あの艦の自動航行プログラムは、そうなるように設定されているのだから当たり前である。既に衛星を離れ、戦闘宙域を離脱しつつあった。

 せめて、仲間たちの身体は持ち出したかった。指輪とネックレスを見て、ライハーナは感傷に浸りながら、堕ちてゆく星を眺める。そんな余裕はどこにもなかった。

 そしてまだ、彼女に余裕はあまりないのだ。

 今の位置は少しまずいかもしれない。戦闘が長引けば、彼女は艦に追いつけず、帰る場所を失う。ライハーナは、スラスタを動かして艦の方向へ慣性を取った。自分が近づけば、敵もまた艦の方へ近づいていくことになる。だが残りは、既に艦も僚機も失ったケフェウス一機。

 そう――彼女は既に、状況を楽観視していた。

 機内に鳴り響く警告音アラート。反射的に左へ旋回すると、機関砲の閃光が機体を追いかけてきた。

 まだやる気か。推力を温存しなければ、母艦のないケフェウスは宇宙空間を孤独に漂うことになるというのに。

 余裕のある推進剤を見せびらかすように使いながら、ライハーナは驚嘆というよりも呆れを以てその様を眺めた。

 まあいい。機関砲の残弾もそう多くはあるまい。撃ち尽くせば諦めて立ち去るだろう。そう考え、彼女は回避に専念しながら艦に近づいた。

 畢竟、彼女も実戦は初めての新兵であった。戦場で死に追い詰められた人間の力を、その狂気を、知らなかったのは仕方あるまい。

 機関砲を撃ち切ると、ケフェウスはそれを槍のように抱え、機体のスラスタを、ライハーナのカニスに向かって全開にした。

 まさか、死兵か。

 直線的に近づいてくるケフェウスを照準するのに、特別な技能は必要ではなかった。ライハーナは無造作にブラスタの照準を合わせると、操縦桿の引鉄を引いた。

 閃光――そして。

 何が起こったのかに気がつき、彼女は次の瞬間愕然とした。

 ケフェウスのパイロットは、弾の切れた機関砲をブラスタに対する盾にしたのだ。飛び散った破片と着弾の光で、彼女は一瞬敵機を見失う。戦場では、それは致命的な一瞬だった。

 次の瞬間、敵はライハーナの頭上にいた。頭上から、大型剣を逆手に持って迫っていた。

 あんなものどこから。回避は。追い詰められているのか。死ぬのか。私は。

 恐慌を来しながら、ライハーナは後退しつつブラスタで敵を撃った。左脚が吹き飛び、枯葉のように――宇宙育ちのライハーナに、この比喩は理解されないだろうが――回転するケフェウス。

 その腕が、カニスの頭部を掴み、ライハーナは敵の回転に巻き込まれた。スラスタで姿勢を安定させようとした瞬間、頭を掴んでいた左腕は肩に回り、残っていた右脚は腰に回り――ケフェウスは、彼女のカニスにがっちりと組みついた。

 腹部バルカンの正面に、ケフェウスのコクピットハッチが位置している姿勢だ。敵が自暴自棄であることは、誰の目から見ても明らかであった。

 カニスのコクピットは頭部にある。その頭部に、ケフェウスは防御の素振りすら見せず、ブレードを突き立てた。ギチギチと装甲の軋む音が、ライハーナにもはっきりと聞こえ始めた。

 逃れようもない死を前にして、彼女は何も感じることができなかった。何も感じることのできないままに、腹部バルカンの発射スイッチを押し込んだ。礫の形をした暴力が、毎秒145発のレートで敵の腹を穿つ。

 ここで殺す。敵は、一人残らず。逃げるよりも戦うことしか選べなかったのは、何の因果か。

 頭部の装甲にメリメリと押し込まれるブレードが、最初に撃墜したケフェウスの装備品であることに、彼女は終に気がつけなかった。

 ブレードがカニスの頭部から胸部までを串刺しにするのと、ケフェウスのコクピットの中身が全て粉微塵になるのが、ほぼ同時。

 無音の戦いは無音のまま終わり、たくさんの死と、衝突と、願いの残骸たちは、金星の二酸化炭素の中へ消えてゆく。

 ただ一つ、ライハーナたちがその命を費やして守った艦の中で。

 天使だけが、穏やかに眠っていた。

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