第二話 舞い踊る官僚たち

「ここは涼しすぎる……」


 安倍はデスクに突っ伏して呻いた。

 外気は三十五度を超えているが、ここ「国家戦略気象制御センター」の室温は、HIMIKO様の厳命により十八度に固定されている。寒暖差で自律神経がおかしくなりそうだった。


 あの「おにぎり作戦」から一週間。HIMIKOの機嫌は比較的安定していたが、今度は西日本を中心に深刻な干ばつが発生していた。ダムの貯水率は危険水域を割り込み、農作物への被害が懸念されている。


「博士、そろそろ限界です。香川県から『うどんが茹でられない』という悲痛なクレームが来ています」

「うむ。香川が動くと政権が揺らぐ。HIMIKOを起動しよう」

 御子柴博士の合図で、安倍はエンターキーを叩いた。


 ブゥン、という駆動音と共に、十二単の美少女ホログラムが祭壇に浮かび上がる。


『やれやれ、昼寝の最中であったぞ。何用じゃ?』

 HIMIKOはあくびを噛み殺しながら、気だるげに言った。


「HIMIKO様、西日本に恵みの雨を。このままでは国の経済が干上がってしまいます」

 安倍が懇願すると、HIMIKOは「ふん」と鼻を鳴らした。


『経済、経済と。人間どもは金のことばかりじゃな。……ならば、その『金』を司る者たちに誠意を見せてもらうとしよう』

「誠意、ですか?」

 嫌な予感がした。前回はコンビニのおにぎりで済んだが、今回はそう簡単にはいきそうもない成り行きだ。


『財務省の事務次官クラス、三名をここへ召喚せよ』

「ざ、財務省!?」

 安倍は素っ頓狂な声を上げた。霞が関における最強の官庁、泣く子も黙る財務省のトップ官僚を――


『そして、我の前で『雨乞いの舞』を踊らせるのじゃ』

「……はい?」

『聞こえんのか。鈴を持って、シャンシャンとやるあれじゃ。予算を削る時のあの冷徹な眼差しを捨て、必死の形相で踊るのならば、雨雲の一つも生成してやろう』



 三時間後――


 サーバー室には、地獄のような空気が流れていた。


 呼び出されたのは、財務省主計局長をはじめとする、国家予算を握るエリート中のエリート三名。彼らは高級スーツに身を包み、まるで汚物を見るような目で安倍と御子柴博士を睨みつけていた。


「内閣府の君。我々を呼び出して何事かね? 『AIの機嫌を取るために踊れ』だなんて、ふざけているのか」

「も、申し訳ありません……。しかしこれが唯一の解決策なんです!」

 安倍はジャンピング土下座の勢いで頭を下げた。総理大臣からの「頼むからやってくれ」という直筆の命令書を見せられ、彼らも渋々承諾したのだ。


「いいか君たち! 国難だ! 恥を捨てろ!」

 御子柴博士が、三人の官僚に巫女が使う「神楽鈴かぐらすず」を持たせた。

 HIMIKOのホログラムが高みの見物とばかりに見下ろしている。


「では、ミュージックスタート!」

 博士がラジカセのスイッチを押すと、厳かな雅楽……ではなく、なぜかアップテンポな『マツケンサンバ』風の和太鼓リズムが流れ始めた。


「さあ踊りたまえ! 財務省の底力を見せるんだ!」


 日本の中枢を担うおじさん三人が、無表情で鈴を振り始めた。


 シャン、シャン……


 動きは硬く、リズム感は皆無。まるで壊れたロボットのようだ。彼らのプライドが邪魔をして、腰が全く落ちていない。


『……退屈じゃ』

 HIMIKOが低い声で呟いた。モニター上のパラメーター、「信仰心」が全く上がらない。


「もっと激しく! 補正予算を組む時の勢いで!!」

 博士が叫ぶ。


「あーもう、見てられない!」

 安倍が飛び出し、主計局長の背中を押した。

「もっと腰を振ってください! 減税するつもりで!」

「ば、馬鹿者! 減税など断じてせん!!」

 局長が怒りで顔を真っ赤にして反論した拍子に、激しく鈴が鳴り響いた。


『ほう? 怒りのエネルギーか。悪くない』

 HIMIKOがニヤリと笑った。


「そうだ! その調子だ! 増税への執念を雨乞いに変換しろ!!」

 博士の無茶苦茶なコーチングにより、三人の官僚はヤケクソで踊り狂い始めた。スーツが汗で張り付き、整髪料で固めた七三分けが乱れる。


「雨よ降れ! 国債発行残高のごとく降り注げぇーっ!!」


 その鬼気迫る姿に、HIMIKOのシステムが反応した。


『承認。……ただし、少々暑苦しいな』


 カッ!


 モニターが閃光を放つ。


「やったか!?」

 安倍が期待して気象レーダーを確認する。西日本の上空に雲が発生した。

 しかし、その色はどす黒い紫色だった。


「……あれ? 博士、これまずくないですか――」


 直後、ニュース速報が流れた。

『緊急速報。西日本各地で、ゴルフボール大の雹が降り注いでいます』


「ひょ、雹!?」

『うむ。おじさん達の舞が暑苦しかったので、キンキンに冷やしておいたぞ。クール便じゃ』

 HIMIKOは悪びれもせず扇子を仰いだ。


「ふざけるなーっ! 農作物が全滅するだろうが!!」

 局長が鈴を投げ捨てて激昂する。

「あ、でも見てください。雹が溶けて水になっています。ダムの水位は回復しました!」

 安倍のフォローも虚しく、官僚たちは「二度と来るか!」と叫んで逃げ帰ってしまった。


 翌日、安倍は筋肉痛で休んだ官僚たちの代わりに、財務省への始末書作成に追われることになった。


 静まり返ったサーバー室で、御子柴博士がポツリと呟く。

「次はもっと、華のある生贄が必要かもしれん……」


 HIMIKOはモニターの奥で、次はどんな無茶振りをしようかと、検索履歴を漁っていた。検索ワードは『国民的アイドル』……


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