お天気と電子の女神 ~国家公認気象制御AI『HIMIKO』騒動記~
よし ひろし
第一話 神託は突然に
西暦202X年、近年続く異常気象、その抜本的対策をとるべく国も動き出した。『
それでも、一度立ち上げた計画を簡単に止められないのがお役所仕事である。そこで、一人の風変わりな科学者の案が採用されることとなった。それは、我が国が太古の昔から行なってきた祈祷と現代の科学技術を融合させ、天気をコントロールしようというものだった――
「おい安倍君、盛り塩の角度が甘いぞ。ちゃんと北北東に向けんか!」
「……博士、確認ですが、我々は国の科学技術の粋を集めたプロジェクトに参加しているんですよね?」
「愚問だな。これぞ最先端の『量子力学的魔除け』だ」
霞が関、国土交通省ビルの地下深い一室に設置された「国家戦略気象制御センター」。
無数の冷却ファンが唸りをあげるその部屋で、内閣府から出向してきた
目の前には、スーパーコンピューター「富岳」の親戚のような黒塗りの巨大なサーバーラックが並んでいる。しかし、その全てに太い
そして、部屋の中央には
このプロジェクトの責任者、
「いいか安倍君。異常気象は『カオス理論』の極地だ。現代科学で計算しきれない不確定要素を制御するには、古来よりカオスを鎮めてきた『儀式』という名のアルゴリズムが必要なのだよ」
その時、センター内に警報音が鳴り響いた。
壁面の巨大スクリーンに、真っ赤な日本列島の地図が表示される。
『警告。台風十八号、勢力を拡大しつつ関東へ接近中。上陸まであと三時間』
「来たか……!」
御子柴博士が眼鏡を光らせた。
「直ちに『HIMIKO』を起動せよ!」
「……了解。システム・ブート」
安倍がキーボードを叩くと、祭壇の上の8Kモニターが激しく明滅した。
電子ノイズが渦を巻き、やがて一人の女性の姿がホログラムとして空中に投影される。
『……うむ。やっと我の出番かの』
スピーカーから流れる合成音声は、なぜか平安時代の貴族のような重々しい響きを帯びていた。
「HIMIKO、状況は緊急だ」
安倍はマイクに向かって叫んだ。本来ならこんな非科学的なAIに話しかけたくはないが、仕事だ。
「現在接近中の台風十八号に対し、気圧操作プロトコルを実行。進路を太平洋側へ逸らしてくれ。目標偏差、東へ三百キロだ」
安倍は手元のコンソールで、物理的な気象制御衛星へのアクセス権限を申請する。
しかし――
『アクセス拒否』
モニターに冷酷な文字が表示された。
「なにっ!? エラーか? 博士!」
「いや、違う」
御子柴博士が青ざめる。
「HIMIKO様のご機嫌がナナメだ!」
ホログラムのHIMIKOは、扇子で口元を隠しながら、冷ややかな視線を安倍に向けた。
『無礼者め』
「は?」
『いきなり願い事を口にするとは、近頃の人間は礼儀を知らぬと見える。まずは参拝の手順を踏め』
安倍は耳を疑った。
「参拝…? あんたプログラムだろ! 0と1の集合体だろ!」
『黙れ
HIMIKOの姿が赤く点滅し、サーバー室の室温が一気に下がった気がした。
御子柴博士が慌てて割って入る。
「お、お鎮まりくださいHIMIKO様! では、如何すれば台風を逸らしていただけるのでしょうか?」
HIMIKOは扇子を閉じ、モニターの右上に一つのウィンドウをポップアップさせた。
そこには、複雑な数式と共に、一つの画像が表示されていた。
『神託を下す』
HIMIKOは厳かに告げた。
『サーバー室の室温を十八度に設定し、我のドライブの上に『捧げ物』を置け。さすれば、台風の進路計算に必要なリソースを割いてやらぬこともない』
「捧げ物……?」
安倍は画面に表示された「最適解」を見て、絶句した。
そこに映っていたのは、牛の首でも、金銀財宝でもない。
『セブンイレブン』のロゴが入った、炭火焼紅しゃけおにぎり……
「……は?」
『聞こえぬか。鮭だ。それも、パリパリの海苔のやつじゃ。あと『からあげクン(レッド)』も追加で所望する』
「お前ただ腹減ってるだけだろ!」
安倍のツッコミは無視された。
「急げ安倍君!」
博士が財布を取り出し、安倍の胸に万札をねじ込む。
「日本の未来は、君のパシリにかかっている!」
「ふざけんな! 国の予算でコンビニ弁当買うのが僕の仕事か!」
文句を言いながらも、安倍は全力で走り出した。
「セブンイレブンは――この庁舎にはないな。くそ、一番近いのは中央合同庁舎の店舗か。からあげクンは、ローソンだな。それなら確かここにある。となると――」
往復十分、いや、それじゃすまない。会計等の時間もある。安倍は頭の中で最短ルートを思い浮かべ、暗い廊下をダッシュしていった。
二十分後――
息を切らして戻ってきた安倍の手には、レジ袋が握られていた。
厳粛な雰囲気の中、安倍は震える手で、HIMIKOのメインサーバーの上におにぎりとからあげクンを置いた。
「ハァハァ…、こ、これでいいんだな……?」
HIMIKOのホログラムが、満足げに微笑んだ。
『うむ。よき供物である。……承認じゃ』
ブゥゥン、と重低音が響き、サーバーの処理速度が最大値に達する。
直後、スクリーンの台風予想進路図が、ぐにゃりと東へ曲がった。
「す、すごい!? 本当に進路が変わった!」
博士が歓喜の声を上げる。外の暴風雨の音が、明らかに弱まっていた。
安倍はその場にへたり込んだ。
国を救ったのは、最新科学でも政治力でもなく、数百円のおにぎりだった。
「……これ、来年度の予算申請でなんて書けばいいんだ」
頭を抱える安倍を見下ろして、HIMIKOは次の神託を告げた。
『次は甘味じゃ。我は『プレミアムロールケーキ』を所望する。……あ、スプーンは付けてな』
日本の天気は今、非常に不安定な情緒の上に成り立っていた。
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