第5話 金と壁と、知らない匂い
城門をくぐった瞬間、音が増えた。
声。
足音。
金属が擦れる音。
馬のいななき。
呼び込みの怒鳴り声。
全部が一斉に流れ込んでくる。
山にはなかった。
集落にもなかった。
人が生きている音だ。
俺は反射的に、背中を探した。
壁がある。
断崖もない。
山もない。
……落ち着かない。
「ま、最初はそんな顔になるよな」
ロイが肩をすくめる。
「ここがハルヴァン。
王国に入る前の、最大の玄関口だ」
石畳が続いている。
道の両脇には店が並び、武器屋、酒場、布屋、
見たこともない道具を売る露店。
人が多すぎて、誰が敵か分からない。
敵が分からない場所は、危険だ。
セラは俺の一歩後ろ。
だが視線は忙しなく動いている。
驚いている。
怯えている。
それでも、目を逸らさない。
「……すごい」
小さく、呟いた。
「祈ってる人、普通にいる」
確かに。
通りの脇、石像の前で手を組む女。
誰も気にしない。
石も投げられない。
「そういえば、お前さん祈る場所探してたな」
ロイが言う。
「金はかかるが、あそこに見える学校に通うのも手だな」
学校。初めて聞く。
「それはなんだ」
「おっと、その話は後だ」
「着いたぜ」
俺たちはギルドの建物に入った。
中は広い。
天井が高く、掲示板には紙が何十枚も貼られている。
討伐。
護衛。
調査。
採取。
仕事の数が、山の獣より多い。
「受付は俺がやる」
一枚紙を剥がして、ロイが前に出た。
「ユニーク討伐は面倒でな。
本人が喋ると、余計に拗れる」
受付の女――ミルダは、紙を見て眉を動かした。
「……灰皮の主?」
「グレイ・ハイドだ」
ロイが頷く。
「討伐者二名。
生還。証人あり」
ミルダは一瞬だけ俺を見る。
値踏みじゃない。
事務的な確認だ。
「確認が必要です。
現地調査を出します」
「どれくらいだ」
「三日。
その間、ギルド管轄の宿で待機してください」
逃げるな、という意味だ。
管理下に置く、という意味でもある。
「報酬は?」
ロイが聞く。
「未確定。
ただし――」
ミルダは淡々と続けた。
「未開拓地域の解放を含むため、
一千万ルクを予定しています」
セラが息を呑んだ。
俺は、よく分からない。
数字の大きさは、命の重さじゃ測れない。
ギルドを出て、宿へ向かう途中。
ロイが歩きながら言った。
「破格だ。
ユニーク単体討伐、生還、地図更新込み」
「それで、足りるのか」
俺が聞くと、ロイは鼻で笑った。
「学校の話か?」
「……ああ」
「全然足りねぇ」
即答だった。
「祈堂学舎。
寮制、三年」
ロイは指を折る。
「祈りの作法。
文字。
計算。
歴史と地理」
「祈りだけ学ぶ場所じゃねぇ。
外で生きる“頭”を作る場所だ」
セラは黙って聞いている。
「ちょうど、お前さんくらいの年頃が通う」
ロイがセラを見る。
「閉じたとこから出てきたなら、
悪くねぇ選択だと思うぜ」
「……いくら、ですか」
セラが小さく聞いた。
「学費と生活費込みで、二千万ルク」
セラは言葉を失った。
「……高い」
「あの集落一生分」
「それはちと違うな」
「貨幣が少なくなればルクの価値も変わるんだ」
ロイは言った。
「そういう話がわかる、
“普通”になる値段だと思えば、高いが悪くねぇ」
俺は黙る。
ロイは今度は俺を見る。
「ちなみに言っとくが」
「……なんだ」
「お前さんは、学校向きじゃねぇ」
「だろうな」
即答だった。
「教室でじっと座ってられる顔じゃねぇ」
ロイは肩をすくめる。
「剣振ってる方が、よっぽど似合う」
宿に着く。
石造りの建物。
清潔で、安全で、鍵もある。
安全すぎて、眠れそうにない。
「なあ、ガルド」
ロイが言う。
「金は稼げる。
冒険者になりゃな」
「……なる気はない」
「だろうな」
ロイは笑った。
「でも、稼がなきゃセラは“普通”になれねぇ」
その言葉に、セラが小さく肩を震わせた。
俺は答えなかった。
答えは、もう出ている。
その時、セラがぽつりと言った。
「……あの」
「ん?」
「身体、洗える場所って……ありますか」
一瞬の沈黙。
ロイが、にやりと笑った。
「あるぜ」
親指を立てる。
「とっておきがな」
その笑い方が、少し嫌だった。
でも――
セラの顔は、ほんの少しだけ明るくなった。
外では、人の声が止まらない。
この世界は、俺たちを通す気がない。
だが――
金と知識があれば、通れる場所もあるらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます