第4話 話の中の人間
尾根を越えて、数日ほど歩いた。
山の向こう側は、まるで別の世界だった。
空気が違う。
風が違う。
森の匂いも、どこか“人の生活”を含んでいる。
獣道が、道になる。
踏み固められた土。
折れていない枝。
人が、往復している痕跡。
「……なあ」
背後から、男の声がした。
俺は足を止めずに答える。
「止まれと言うなら、止まらない」
「いや、そりゃ分かってる」
声の主は、少し遅れて姿を見せた。
軽装。
革鎧。
片手剣と短剣。
無駄のない装備。
年は俺より少し上か。
目がよく動く。
危険を見る目だ。
「助かった礼がしたいだけだよ」
そう言って、男は肩をすくめた。
「俺はロイ。
流れ者だ」
セラが一歩、俺の後ろに下がる。
正しい。
「さっきの魔物」
ロイが続ける。
「ありゃゴブリンだ。
しかも、あの位置で弓を使うやつは厄介だ」
「知ってる。2度目だ」
「知ってたら、あんな突っ込み方はしねぇ」
ロイは笑った。
軽い。
だが、軽すぎない。
「……で?」
俺は聞いた。
「何で、お前はあそこにいた」
ロイは一瞬だけ視線を逸らした。
「調査だよ。
王国から金が出てる」
セラがぴくりと反応した。
「王国?」
「ああ。
この先にあるでかい国だ」
ロイは顎で後方を示す。
「山脈の向こうが未踏って話、聞いたことあるだろ?」
「ない」
俺が即答すると、ロイは目を瞬いた。
「……冗談じゃねぇよな?」
「知らない」
セラが小さく補足する。
「私たち、あっち側から来ました」
ロイは、完全に止まった。
数秒。
何も言わない。
それから、乾いた笑いを漏らした。
「……いやぁ」
ロイは頭を掻いた。
「あの先に人がいたってのも驚きだがよ」
視線が、俺とセラを行き来する。
「灰皮の主を越えてきた人間が、
しかも二人でってのは……もっと驚きだぜ」
セラが息を呑んだ。
「……名前、あるんですか?」
「ああ」
ロイは頷く。
「灰皮の主(グレイ・ハイド)
王国じゃ、完全にユニーク扱いだ」
ロイの声が、少しだけ真面目になる。
「騎士団も冒険者も、何度か向かった。
ほとんど戻ってねぇ」
俺は答えない。
倒したから何だ、という話だ。
「……あそこから来たのか」
ロイは、もう一度だけ呟いた。
「しかも、生きて」
その言い方に、変な温度があった。
敬意でも恐怖でもない。
理解だ。
「ん、ってことはあの先には他にも人がいるのか?」
「それがなんだ」
「なんだって、それだけすごいことなんだぜ」
「新しく地図ができるんだ」
「どうでもいい」
「それもそうだな」
「なあ、旦那」
ロイは俺を見て言った。
「王国、行かねぇか」
セラが俺を見る。
「理由は?」
「二つある」
ロイは指を立てた。
「一つ。
あんたらは、今のままじゃ目立つ」
「もう目立ってる」
「違ぇな」
ロイは苦笑する。
「王国に入った瞬間、
“話の中の人間”になる」
それは、厄介だ。
「二つ目」
「金になる」
ロイは即答した。
「ユニーク討伐は、記録が要る。
記録があれば、金が出る。
身分も通る。
面倒が減る」
金。対価みたいな物か?
嫌いじゃない。
「俺は、そこまで付き合う」
ロイは軽く言った。
「王国で一稼ぎだ。
それで十分だろ?」
セラが、小さく口を開いた。
「……王国には、祈れる場所ありますか」
ロイは一瞬だけ、視線を向ける。
「ある。
祈りを商売にしてる連中もな」
セラは何も言わなかった。
だが、指先が僅かに震えている。
俺は言った。
「俺は、先へ行く」
ロイは頷いた。
「知ってる」
即答だった。
「だから、今だけだ」
俺は少し考えた。
王国。
人。
金。
名前。
全部、知らない。
だから、判断できない。
知らないまま進むのは、無駄死にだ。
「案内しろ」
俺が言うと、ロイは笑った。
「そう来ると思ったぜ」
歩き出す。
道は、はっきりしている。
人が作った道だ。
セラは俺の一歩後ろ。
位置は、変わらない。
ロイが前に出る。
「言っとくけどな」
歩きながら、ロイが言う。
「王国は、優しくねぇぞ」
「祈りも、力も、
全部“使い道”にされる」
俺は答えない。
「それでも行くか?」
ロイが聞く。
俺は、大剣の重さを確かめた。
「行く」
ロイは小さく笑った。
「だろうな」
空が、少し開ける。
遠くに、白いものが見えた。
城壁だ。
「ようこそ」
ロイが言った。
「地図のある世界へ」
セラが、息を吸う。
俺は、前を見る。
この先に何があるかは分からない。
ただ一つだけ確かなのは――
まずは世界を知る事だ。
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