2章 幸福とは、誰かに話を聞いてもらえることである…… ただし、聞いてる方はたまったもんじゃないこともある

惚気話はほどほどに

昼休みの教室は、いつも通り騒がしかった。

弁当の匂い、机を叩く音、意味のない会話。


俺――青木悠真は、自分の席でコンビニのパンをかじっていた。


「なあ青木」


隣の席から、当然のように声が飛んでくる。


佐々木だ。

少し茶色がかった短髪に、無駄に表情の動く顔。

背は平均より少し高く、運動部でも文化部でも「どっちでもいけそう」な体格をしている。

本人は自覚していないが、初対面の人間に警戒されにくいタイプだ。


「聞いてくれよ」

「またか」



最近、こいつの第一声はだいたいこれである。


「昨日さ、彼女と帰ったんだけど」

「はいはい」

「いや、まだ何も言ってねえから!」


言う前から止めると、必ずそう返される。これもいつものやり取りだ。


「で?」

「雨降ってただろ」

「降ってたな」

「傘一つしかなくてさ」


ここで俺は、無言でパンをもう一口かじる。

もう結末は分かっている。


「で、近いわけよ」

「だろうな」

「近いっていうか、もう肩くっついてて」

「だろうな」

「で、駅着くまでずっとこの距離」


佐々木は自分の肩を誇張気味に寄せてくる。

寄るな!気持ち悪い。


「……青木、聞いてる?」

「聞いてる」

「反応薄くね?」


薄くもなる。


「それで?」

「それでだよ! 途中でさ、『寒くない?』って言われてさ」

「優しいな」

「だろ!? で、俺が『大丈夫』って言ったら」 「言ったら?」

「『強がらなくていいのに』って!」


佐々木は机を叩いた。机が傷つくからやめろ。


「強がらなくていい、だぞ!?」

「よかったな」

「よかったよ!」


満面の笑みだ。


「……青木さ」


ひとしきり惚気終わったあと、佐々木はふと真顔になる。


「お前、最近変じゃね?」

「はい?」


唐突すぎる。


「変ってほどじゃないけど」

「どの辺が」

「なんつーか……落ち着いてる?」


それは前からだと思うが。なんでお前も疑問系やねん。


「前はもっと、適当だっただろ」

「失礼だな」

「いや、悪い意味じゃなくて」


佐々木は言葉を探すように天井を見る。


「人の話、前よりちゃんと聞いてる感じがする」 「そうか?」

「そうだよ。前は俺の惚気、三割くらいしか聞いてなかったのに」

「それが正常だ」


実際は一割も聞いてないんだが。


佐々木は笑った。


「でもさ、最近は最後まで聞いてくれてるような気がする」

「聞かされてるだけだ」

「それを聞いてるって言うんだよ」


そういうものなのか?

納得いかないが、否定するほどでもない。


「……あ、そうだ」


佐々木は、ふと思い出したように声を潜めた。


「七瀬さんとも、よく話してるよな」

「まあ」

「相談とか?」


少しだけ、周囲を気にする仕草。


「黙秘権を行使する」

「ふーん」


佐々木は意味ありげに頷いた。


「青木ってさ、昔からそうだよな」

「何が」

「気づいたら、人の話聞いてるポジションにいる」


それは自覚がない。


「相談役って感じでもないし、アドバイスするわけでもないのに」

「別に、してない」

「してるって。聞いてるだけで助かるって、結構あるぞ」


佐々木は、さらっと言った。

その時、教室の前の方で誰かが笑った。

何気なく視線を向けると、七瀬さんが友達と話している。

派手じゃないけど、柔らかい空気。

いつも通りの光景だ。


「……あ」


佐々木も同じ方向を見て、にやっと笑う。


「な?」

「何が」

「いや、何でも」


絶対に何でもじゃない。


「青木さ」

「まだ何かあるのか」

「そのままでいろよ」


唐突に、そんなことを言われた。


「今みたいな感じ」

「どういう意味だ」

「分かんねえけどさ」


なんじゃそりゃ。まあ変わる気もないけど。


佐々木は勢いよく立ち上がる。


「ま、俺は彼女に弁当のお礼言いに行ってくるわ」 「はいはい」


去り際に、振り返って一言。


「聞いてくれてサンキュ」

「聞いてない」

「聞いてた」


そう言い切って、佐々木は教室を出ていった。

俺は残ったパンを見下ろす。


(……最近、変、か)


自分ではよく分からない。

ただ、話を聞いているだけだ。

教室は相変わらず騒がしい。

昼休みは、いつも通りに過ぎていく。

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