第3話 魔法少女に使い魔は王道です


「誠に申し訳ございませんでした!」


 豪華なソファーに腰かける僕たちの横で、金の髪が垂直に垂れている。

 姫の護衛がほぼ直角に身を折っているのだ。


「そ、そう何度も謝らないでくださいカティナさん。誤解も解けましたし、僕たちは気にしてませんから」


「いえ! 王女殿下を見失ったばかりか、お助けくださったお二方にあまつさえ剣を抜こうとした行為――殿下をお守りする者として失格です!」


「そうだそうだー、カティーは失格だぁー」


「ぐっ……」


「もっと謝罪しろー。そして、わたしをもっと外に連れてけー」


 姫は優美な意匠のソファーから身を乗り出し、仕返しとばかりに、直立しているカティナを指でつついている。


「うぐっ……」


「ロザリア王女……そんな言い方したらカティナさんが可哀想ですよ。ほら、少し涙ぐんでますし……」


「たまにはいいのですアルディアン様。わたしはいっつも教育係や護衛に口うるさく言われておりますので」


 そもそも迷子になった姫が悪いのでは……なんてことは言えないので黙っておこう。


 いま、カティナさんがいじめられ……もとい、僕たちがいるのは来賓室だ。

 なんでも「恩人に一般用の応接室なんかじゃダメ!」と姫が侍女に命じて案内してくれた部屋だ。


(しかし凄いな……村育ちの僕には見たことない物ばかりだ……)


 重厚なソファーが対面で並び、眼前には綺麗に磨かれた白石のテーブル。側面には彫刻までびっしりと。

 壁に目を向ければ絵画だの豪奢な生け花が目をひく。

 視線を上げれば、ガラス飾りを無数にぶら下げた、連なる金属の輪が圧倒する。


 これちゃんと天井と繋がってるよね……なんて首を左右に振りながら上を気にしているとチゼイが小声で。

(シャンデリアが落下して下敷きになるのはそこそこ王道です)などと耳打ちする。

 もぉ~お城でそういうこと言わないでよ。きっといっぱいあるよここ。

 

 僕が眉をひそめていると一匹の獣がチゼイの頭上に這い上がり、より一層ひそめることを告げる。


「あら、あそこ。少し緩んでるんじゃなくて? チゼイ様。勇者様。どうしたものかしらね、わたくし怖いわ」


「あっ、また喋ったー! かーわいいぃーー」


 護衛が勘違いした元凶。頭に乗る異様な獣。そして、言葉を話す獣。

 チゼイはというと特に気にすることもなく、出された紅茶とお菓子を爆食いしている。

 一体なんなんだろう、このうさぎとも猫ともつかない生き物は。


「わぁ思ったよりもふもふしてるぅ~」


「ちょっと、およしなさい。あっ、こら、よろしくありませんことよ」


「きゃはは、やわらか~い、あったか~い!」


「ひゃ! わたくしに触れていいのは、わたくしが認めた方だけですのよ。ちょっ」


 どうやらお姫様にはすっかり気に入られてるようだ。白い胴体をわしゃわしゃーとまさぐられている。

 だが警戒してる者が若干一名。護衛のカティナさんだ。


「ロ、ロザリア王女。あまりむやみに得体の知れない生き物に触れるのはどうかと」

 

 冒険者には魔物をテイム。使役する者はいても、人語を話す獣なんて聞いたことがない。

 警戒するのも無理からずかな。


 しかし、その生き物が言葉を発したからこそ。路地裏で臨戦態勢だったカティナさんが我に戻り、お姫様の言葉が届いたのもまた事実。

 

「あっ、色々ありすぎて忘れてた。そういえばカティナさん、あの路地裏で伸びてた男たちってどうなったのですか?」


 そうだったそうだった。路地裏で思い出した。

 魔法のステッキとやらでチゼイが男たちをぶん殴ったんだった。 


「地面で伸びてたあいつらですか。城に戻るまえ衛兵に伝えて、今は牢屋にぶち込んであります」


「おぉ仕事が早いですね」


「やつらの目的が、ロザリア王女殿下と知ってか知らずかはわかりません。ですが……」


 背筋を伸ばし真剣な面持ちを見せるカティナ。


「それはロヴェリーザ家、果てはこの国を統治するヴァルベリア女王陛下に楯突く行為にほかなりません」


「う、うん……」


「まぁ、いろいろと事情を聴いたのちにはなりますが、最悪――」


 そう言うとカティナは親指を首元でスッと滑らせた。


「そ、それはまた……」

 

 僕は少し背筋が寒くなった。

 確かにカティナさんの言うとおりだ。よりにもよって狙ったのがお姫様だもんな。もしかして国家反逆とかになるのかな!?

 そういえば男たち「こっちも仕事なんでな」とか言っていたような、まさか知ってて……。


 考えたところで答えは出ない。それよりも、僕たちも気をつけないとだ。特に心配なのが一人と一匹いるからな。


 その心配な一匹が容赦ない言葉を発する。


「あらまぁ、それは恐ろしいことこの上ありませんわね。でも野蛮なゴロツキにはお似合いの最後ですの」


 なかなかに厳しい。


 しかし言っている内容に反して、その姿はというと――

 抵抗を諦めたのか、いまはお姫様の胸の前で、ぶら~んと胴体を伸ばしたまま抱っこされている。 


 獣の頭上には光輪らしきものが浮かび、その輪の中からは少し長い耳がぴょこんと飛び出す。


「ねぇチゼイさまぁ~、この子どうしたら飼えますかぁ? どこで見つけたのですかぁ?」


 ロザリア王女が甘い声を響かせる。

 そして貝紫の髪を左右に揺らし、自身のあごや頬をすりすりしては、獣の心地よさをしきりに確かめている。


「無礼な。わたくしをペットかなにかと一緒にしないでいただきたいですわ」


「えぇ違うのぉ?」


「本気でおっしゃってますの? 違いますわよ、当然でしょ。――よろしくて? わたくしは『使い魔』なんですのよ」


「使い魔ぁ?」

「使い魔ですと?」

「使い魔だって?」


 みんなの言葉と視線がその使い魔とやらに一斉に注がれる。

 チゼイがおもむろに立ち上がり大きく息を吸い込む。そして、いつものあの言葉を宣言する。


「『使い魔』とは魔法少女にとって、いわば理。心を映す鏡。……時には導き、……時には過酷な試練を与える。切っても切れぬ絶対的存在。唯一無二。そう、魔法少女にとって『使い魔』とは『王道中の王道』なのですッ!」


 チゼイの振り上げられた右手の指がシャンデリアを力強く指す。

 落ちてこないといいけど。それほどの熱量だ。

 

「まぁ、なんて素晴らしいのでしょう。さすがですことチゼイ様。わたくしの胸も高鳴りますわ」

 

 使い魔の合いの手が入る。まるでヨイショだ。

 

 他のみんなはチゼイの宣言が初めてらしく少しぽかんとしているが、僕は多少慣れた。

 そして、王道の宣言時。これを何度か聞いていてわかったことがある……。

 

 チゼイの言うことは一切説明になっていない!

 

 なんなの鏡とか試練とか。どういうことなのよ結局。

 まぁ聞いたところでまともな返答は期待できないだろうけど……。


 ここで抱いていた使い魔をチゼイに向け、ロザリアは振り絞るように口を開いた。


「じゃあチゼイ様。この子は他にいないってことですか……?」


 広い部屋に姫のしぼんだ声が静かに落ちる。


「ええ、残念ながら。ロザリア王女様が他にいないように、わたしの使い魔もこの『きゃるねる』だけになります」


「う~ん……」


「おわかりになりまして? わたくしは特別ですの。そこをお忘れなく」


「そっかぁ……」


 姫の肩が目に見えて大きく落ちる。その落胆ぶりはカティナの表情からも伺える。

 案じているのだろう姫の心情を。

 

「きゃるねるぅ~……。あなたきゃるねるって言うのね。かわいいなぁきゃるねるぅ……」


 他にいないとわかると、より激しく頬をこすりつけている。


「何度、ヒャ、こら。何度言ったら理解なさるのかしら、この小娘は。およしなさい」


 口調はなかなかのものだが、短い手足をばたつかせる程度では、姫の濃密な愛の前には無力のようだ。

 

「はぁ……。もっと早くにチゼイ様やアルディアン様とお知り合いになりたかったです。そしたら、この子とも早くに出会えたのになぁー……」


(いえ王女様……。僕も今日会ったばかりです、それには……。なんなら、まだ話してもいませんし触れてもいません。王女様のがだいぶ関係は深いですよ)


 などと思いを巡らせていると、カティナが慌てて口を挟む。


「そ、それは少々いかがかと思いますよロザリア王女。お立場があられます故」


「いーの」


「ヴァルベリア女王陛下が御息女にして、一国の王女殿下であられるのですから。もう少し自覚していただきませんと」


「いーの! それにお母さまは関係ないの!」


 小言を食うお姫様。

 ほっぺを膨らませ「うるさいなぁもぉー」と、お気に入りの使い魔を抱いたままソファーの周囲をぐるぐる歩き回る。


 なるほどね。ここぞとばかりに、姫がちょっとした仕返しをしてたのも原因はこれか。

 たしかに、小言も続けばさすがに色々と溜まるものもあるのかもしれない。お姫様も大変だこりゃ。


「まぁまぁ二人とも、その辺で」


 僕がなだめると使い魔が言葉を合わせる。


「そうですわ! わたくしは物じゃありませんことよ。このように持ち運ぶなどレディに失礼ですわよ」


 レディって……言葉遣いからしてどこか違和感を覚えてはいたが、そうかメスだったのか。

 

 どうでもいい情報を聞いた時、ふとチゼイが視線に入る。

 騒がしくする二人と一匹を差し置いて、チゼイは変わらず爆食していた。今度はケーキなるものを侍女に追加注文までして。

 

「ねぇチゼイも止めてよぉ。このままでいいの?」


「はまひまへんふうひゃはま……」


「またそうやって食べながら話すぅ~。ちゃんと飲み込んで」


「んぐっ、んっ! ふぅ……。構いません勇者様。王女様もきゃるねるを気に入ってるみたいですし、このまま遊ばせておきましょう」


 さっきとんでもない落ち込み方を姫がしてたから、もしかしたらチゼイなりの配慮なのかもしれない。


 チゼイの意外な一面を見た気がする。優しいところもあるのだなと。

 決してお菓子の類を食してたいからじゃないと、口周りのクリームを見ながら僕はそう信じた。


 すると走り回っていたロザリアが僕らの前で足を止め――


「お二人って、冒険者パーティというより、なんだか昔からのお友達みたいですよね。もしかして同郷の幼馴染とかですか?」


「え゛っ?」


 どこをどう見てそう思ったのか、不思議なことを訪ねてくる。


「なんだか落ち着いてるなと思いまして。その……雰囲気が」


「さすがは王女様。わたしたちの関係を見抜くとは、この国の将来も安泰ですねッ!」


「当然ですの。なんたってチゼイ様とアルディアン様でしてよ? そこの所よしなに」


(なんなんだこの二人は、いや一人と一匹は)

「いえいえ、まったくもって違います。僕の村はもっと平穏で……もといチゼイとは同郷でも幼馴染でもありません」


「そ、そうだったのですか!?」


 まさかびっくりー、みたいな顔をしている。カティナさんまでもが。

 それはこちらです。


「えっじゃあーじゃあー、お二人っていつ頃出会われたのですか?」


 ロザリアが青い瞳をらんらんに輝かせ、興味深々と尋ねる。

 うむむ……。

 記憶を辿り寄せ、あの苦い朝を思い出す。


「準備はよろしくて? そうあれはまだ雪解けには早く、吐く息が白く残る朝でしたわ。わたくあばぼ……」


 僕はそっと使い魔の口を塞いだ。

 まさか初めて触れるタイミングがここだとは。というか、いなかったよねあの朝に使い魔は……。


 気を取り直して僕は口を開いた。


「う、うん。そう、チゼイと初めて出会ったのは…………」


 こうして僕は、いつもの朝が瓦解した日を静かに語りだした――――

 

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