第2話 助けた少女がどこぞの姫なのは王道です


 どういった状況なのだろう……。


 倒れている少女。チゼイと対峙する強面な男たち。

 石畳の湿り気が足元に残り、薄暗さが路地をいっそう陰気にしている。

 と、ともかく、横たわってる女の子が気がかりだ。僕は刺激しないようそっとチゼイの背後へ近づいた。


「なんだお前、その変な格好」


 群がる連中の第一声はそんな言葉だった。

(な、なんてことを言うんだこいつらは……! 僕がどんなにどんなに……それを思っても、決して、絶対に、口にしなかった言葉なのに)


「あなた方に何を言われようとも気にもしません。所詮モブキャラなのですから」


「も、もぶきゃ? なに言ってんだお前。格好だけじゃなくオツムまでおかしいのか、ガハハハ」


 男たちがチゼイを笑い飛ばしてる隙に、僕は少女へ手を伸ばす。

 せめて、自分に今できることをしないと。

 チゼイが足元の僕に視線を下ろすと小さく頷く。僕もコクリと返し、少女を優しく抱きかかえた。


「――おい、ちょっと待て。そのガキをここに置いていけ」


 男ども全員の視線が僕に刺さる。

(まぁさすがにバレるよね……。しかしここは勇気を振り絞らないと)


「あ、あんたら強面な連中に、はい分かりました。なんて置いてくわけないだろ!」


 声は上擦り、きっと顔も引きつっていたに違いない。


「あぁ? 小僧、いっちょ前に言うじゃねぇーか。でも足が震えてるぞ。ガハハハ」


「う、うるさいな! こんな小さな女の子を守るのは当たり前だろ!」


「いい度胸してるじゃねぇーか。それは認めてやる。だがな、そこの変てこ衣装同様、お前もバカだ」


 そう言いながら距離を詰めてくる悪漢ども。近づく足音が狭い路地で跳ね返る。

 走って逃げるか? そんなことが脳裏に浮かんだ時、チゼイが右腕を天へ掲げた。

 伸ばした右手が眩い光を放ち、輝きはさらにチゼイをも包み込んでゆく――


『☆☆ティンクル・ミラクル・パルクル・プルプルリン☆☆パメパメピカロ・パスカロ・パッキャロォーーーン!☆☆』


 謎の文言を唱えながら、右腕を回したり、足を上にあげたりしている。

 かと思いきや、いつのまにか手に持っている、赤く短い杖みたいな物をクルクル回転させたり、自身もクルクル回転したりしていた。


 ――あまりにも唐突で奇妙な動きに、男たちが固まった。

 ――もちろん僕も固まった。


「勇者様! よくぞ仰いました! それでこそ勇者様なのです!」


 チゼイがどうやら僕を素晴らしいだの素敵だの、いろいろと褒めてくれているようなのだけども……。僕の処理が追いついていない。


 ……今のなに!?


「さぁ勇者様。こんなモブキャラなんぞ、さっさと片づけてしまいましょう」


 右手に握られた赤い杖を、チゼイは力強く男たちに向ける。


「あ、あぁ、うん。そうだね。今はこの場をなんとかしないとだよね」


 思考を停止するな。チゼイがちょっと変わった子なんてのは、出会った時からわかっていたことだろ。

 正気に戻った僕は、少女を抱えなおし言葉を続けた。


「さっきの変なおど……。独特な踊りの時にさ杖みたいなの持ってたよね?」


「これですか?」


「そう、それそれ。もしかして、その赤いのって、魔法を増幅させる杖かなにかかな?」


「さすがは勇者様、目の付け所が違いますね。これは魔法少女の必須アイテム『魔法のステッキ』なるものです」


 瞳を輝かせながら、僕の眼前で魔法の杖の装飾などマジマジと見せてくる。


「あっ、そうか! チゼイがよく言ってる魔法少女って、それを使って魔法を放つから、魔法少女って言ってるんだね」


 これでしっくりきた。

『王道』の次によく出てくるチゼイの言葉が『魔法少女』だったからな。

 弱くないことは知っていた。だが、チゼイが魔法を使ってるのなんて見たことなかったから、これは楽しみだ。


 僕が胸躍らせるなか、男たちも正気に戻ったようで悪態をついてくる。


「ちと驚いたが、こっちも仕事なんでな。やれるもんならやってみろよ、魔法が使えるなんざ大したことねぇーんだよ」


 少女を抱えたまま僕が数歩さがるや「お前らやっちまえ!」お決まりの号令で一斉に飛び掛かる悪党ども。

 石畳を蹴り上げる音が右に左にと反響した。

 合わせるように、チゼイの右手がすーっと後ろに下がる。だが、それが勢いよく前に振りかざされた時――。


 男の左頬に魔法のステッキがめり込んだ!


「――ま、まさかの物理攻撃ッ!」


 そこからは速かった。

 鬼人の如く魔法のステッキを振り回し、あっという間に悪漢どもを制圧していく。

 振り乱れる桃色の髪。揺れる大きな裾まわり。

 背中には珍妙な羽らしき形の物が付いているが、そんなチゼイの背中すら頼もしく見えた。


 全員が裏路地の硬い石畳に突っ伏すと。


「さっ、これで片付きましたね」


 まるで勝利宣言かのように、チゼイはステッキを上に放る。回転したステッキがぽわんと消えた。


「さ、さすがだねチゼイ。いやはや、これだけの人数を瞬時にとは」


「大したことはありません。むしろ道中で出くわしたモンスターのが強かったくらいですよ。この者たち全員より」


 踵のやたら長いブーツを鳴らし、路地で見事に伸びている男を軽くつつくチゼイ。


 たしかに。森で遭遇した、ラビットリンやベアウォーはパーティで倒すのが常だ。

 そんな相手を、僕を抱きかかえたまま颯爽と倒していたのだから、こいつらに後れを取るはずもない。

 だがそもそも「街道なんかより、この森を突っ切る方が早いです!」などと言って、森に入らなければ出会う必要のなかったモンスターではあるけど。


 チゼイがうりうりぃ~と足で追い打ちを喰らわせているさなか、僕の胸元から可愛らしい声がした。


「んんん……パン?」


「おぉー気がついた? 良かったぁ」


「あ、あれ、ここは、どこですか……」


「ここは王都だよ。と言っても路地裏だけどね。君はそこで倒れていたんだよ」


 重そうなまぶたがゆっくり持ち上がる。周囲の景色と僕の顔を交互に見つめ。


「あ、あぁそうでしたか。少々整理ができませんで……。たしかわたし追っ手から逃れるため、路地へ入った覚えが……。それとも、パンから……?」


 パンから逃れるってなによ。

 だいぶ混乱しているのか何かを思い出そうとしているのか、眉と澄んだ瞳がせわしなく揺れる。

 透きとおる碧眼がようやく定まると、少女は言葉を続けた。


「そうでした、逃げ込んだまでは良かったのです。ですが、無我夢中で走っているさなか。そこで妙なお姿をされた方とぶつかってしまった記憶が……。あと、なぜかパンの記憶も……」


 チゼイだ……。

(まぁそうだろうとは思っていたけど。むしろ逃げてる彼女をチゼイが邪魔したまである。もしかしたら男どもが、なんてのは甘い考えだったみたいだ)


 抱えた少女を優しく降ろし、今日何度目かわからない謝罪を僕は繰り返した。

 倒れている男たちを見て状況を把握したのか。少女は手足をばたつかせ、困り顔を浮かべながらあたふたする。


「ととと、とんでもありません。そ、そんな謝らないでください。こちらこそ窮地をお救いいただいたようで感謝しております」


 少女が頭を下げる。僕も頭を下げる。

 繰り返す僕らを見て「まるでサラリーマンのようですね」とチゼイがぼそり。

 また知らない言葉が飛び出したが、それよりも(誰のせいでこうなったんだ)と思う気持ちのが強かった。


 すると少女が、深々と被っていたフードを静かにめくる。流れる貝紫色の髪ロイヤルパープルと外套の胸元をそっと整え背筋を伸ばし。


「わわ、わたくし名乗りもせず失礼を。ご、ご挨拶が遅れました。わ、わたくし『ロザリア・ヴァルベリア・アウレリア・ディ・ロヴェリーザ』と申します」


 両の手で宙をつまむ仕草をとり控えめにお辞儀をして見せた。

 言葉に若干の気よわさはあるものの、なんとも可憐で優雅な動作なのだろう。

 というか名前ながっ。


「こ、こちらこそご丁寧に。僕は『アルディアン・ブレイブリッド』と言います。そして、その妙な姿をしてるこっちが……」


「初めまして王女様。わたしは『凰堂雅おうどうが 智贅ちぜい』です。勇者様を導く者『魔法少女』です!」


「おおおぉ、王女様だってぇ!?」


「はい、助けた少女が実は……どこぞのご令嬢や姫なのは『王道』なのです!」


 チゼイは二本の細い指を広げ薄紅いろの瞳の前でキメる。

 どうしていつも、驚く言葉と驚くポーズを一緒にするんだこの子は。


 しかし僕以上に驚いてる人が、そこにはいた。


「ア・アノ・ああソノ……い、いや、あれです。これは、コノソノ……わわわたくしは、えととととととと」


 どうやら確定らしい。

 この動揺っぷりは、僕の父さんが母さんに詰め寄られているとき以上だ。

 それにロヴェリーザ。どこかで聞いた覚えはあったけど、国を治めてる女王様と同じ家名じゃないか。

 

 お姫様が長く美しい髪を振り乱しながら、チゼイ並みの不思議な踊りを披露していると、遠くから名を叫ぶ声がする。


「……さまぁー! ロザリーさまぁー! ロザリーおじょーさまぁー!」


 焦りを帯びた声色が路地にこだます。その声に気付いたのか、違う意味で焦っていたお姫様の顔はみるみる明るくなり。


「あっ、カティナだ。こちらですー! カティィイーー! カティイイーー!」


 声のする方へ駆け出した。


「ロザリーお嬢様!」


 お姫様の名とともに暗がりから長身の女性が姿を見せる。勢いよく膝をつき、今いちど姫の名を呼ぶと熱い抱擁を交わす。


「カティー、カティィー。怖かったよぉ……」


「ですから申したではありませんか。あれほど勝手に動き回ってはなりませんと」


「でもねでもね」


「でもじゃありません。お忍びで街に来ているのですよ。それなのに迷子になるなんて、何度目ですか、もう」


「ご、ごめんなさい……」


 女性はほっぺを引っ張りながらも、背中をさすったり頭を撫でたり愛情をあらわにしている。そのたび、姫の深紫の髪がやさしく揺れた。

 恐らく姫様の護衛なのだろう。外套の裾から剣の鞘らしきものがちらつく。

 本気で心配してたに違いない。なんだかこちらまで胸が熱くなる。


「ところでロザリーお嬢様。街中ではぐれましたのに、どうしてこんなところへ」


「あっ、うんそうそう。うんとね、わたし変な人たちに追われちゃってね、気がついたらこんなところにいたの……」


「なんですかそれは! 変な者達に追われたですと!」


 うっ……。

 女性から慈しみの表情が失せ、眼光に鋭さが帯びる。

 視線がゆっくり動きだし僕で一度止まる。が、それは瞬時に隣へと向けられ、固定された。


 立ち上がる長身の女性。外套をはだけ、左手を剣の柄に掛けている。

 

「ご、誤解なんです! たしかにチゼイは少し、いやだいぶ不思議な格好をしていますが、決して怪しい者ではないんです」


 僕は身振り手振りで必死に訴えた。

 ここは全力で誤解を解かないと。王家の姫様の護衛なんて言ったら、この国でも有数の近衛に違いない。

 いくらチゼイが強いと言っても、近衛相手じゃどうなるか。

 

「カティー違うんだよ。この人たちは助けてくれたの! そこらに寝転がってる男たちを見て! ねっ!」


 徐々に間合いをつめる護衛。姫様も必死に止めようとしてくれてるが、どうも届いていない様子。

 チゼイから一瞬たりとも視線を外さない。

 たしかに僕も最初は驚いたし、この辺りでは見ない格好だけどさ。

 なにもそこまでチゼイに対して、敵意むきだしで睨みつけなくても。


 僕がそんなことを思いながら顔を横に向けると、そこには見たこともない『獣』がチゼイの肩に乗っていた。


「――――そりゃ視線外さないわけだ」


 ……なんだコノ獣。いつからいた。


 チゼイ……。どうして君はそんなものを急に肩に乗せているんだい――――

 そして、なんでこんなタイミングでいるんだい――――


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