第4話:黒歴史という名の起源(オリジン)

【過去との接続】今の俺 vs 中学生の俺



週末。


俺は部屋のベッドで、天井を見つめていた。SNSは開いていない。ブログの更新もしていない。PCの電源も落ちたままだ。


「いい加減、部屋を片付けなさい! 埃で死ぬわよ!」


母親の怒号が、ドア越しに響いてきた。無視を決め込もうとしたが、ドアノブがガチャガチャと回る音がして、ドアが勢いよく開いた。


「聞いてるの!? もう我慢できないわ。今日中に片付けなさい。PCも使わせないわよ」


母は腰に手を当て、本気の表情で俺を見下ろしている。


最後通牒だった。


俺は仕方なく、重い体を起こした。


チッ…俗事にかまけている暇などないというのに。世界のメカニズムは、部屋の乱雑さとは無関係に存在するというのに…。


だが、PCを人質に取られては従うしかない。


俺は床に散乱した服や本を、適当に段ボールに詰め込み始めた。やる気のない作業。意味のない作業。すべてが虚しい。


普段は開けないクローゼットの奥に手を伸ばした時、埃まみれの段ボール箱に触れた。


なんだ、これは…?


引っ張り出してみると、中には古い教科書や漫画が詰まっていた。表紙が日焼けした少年ジャンプ。破れかけたノート。中学時代のものだろうか。懐かしいような、どうでもいいような。


その一番下に、それはあった。


黒い表紙に、銀のペンで何か描かれた一冊のノート。見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。


見覚えがあるような…いや、まさか…。


嫌な予感が脳の奥底で警報を鳴らしている。だが、好奇心と「まさか」という否定の気持ちが入り混じり、俺の手は勝手にノートへと伸びていた。


恐る恐る開く。


1ページ目。


震えるような文字で、こう書かれていた。


『我が右手に宿りし"混沌を統べる龍(カオス・ルーラー)"の観察記録』


「…っ」


息が止まった。


ページをめくる。自作の魔法陣。考えうる限りの痛々しい武器の名前。「終焉を告げる聖魔剣(カタストロフ・カリバー)」「世界を喰らう暗黒槍(ダークネス・デヴァウラー)」。カタカナで書かれたルビが、妙に几帳面な字で並んでいる。


さらにめくる。当時の自分の写真――おそらく修学旅行で撮ったもの――に、黒い翼を描き足したもの。ポエム。意味不明な哲学的考察。


「う…あ…」


顔から血の気が引いていく。


「ああ…あああああああああ!!」


俺はノートを床に叩きつけた。まるでゴキブリでも見るかのような目で、それを見つめる。


頭を抱えて、その場に蹲った。耳まで真っ赤になっている。体が熱い。息が苦しい。


死にたい。


本気で、死にたい。


過去の自分への殺意。記憶から抹消したいという強烈な現実逃避の欲求。致死量の恥ずかしさが、全身を駆け巡る。


なぜだ。なぜ、過去の俺はこんなものを残した。燃やせばよかったのに。破り捨てればよかったのに。なぜ、クローゼットの奥深くに、まるで呪いのアイテムのように封印していたんだ。


蹲ったまま、荒い息をついていた時、床に落ちたノートのページに書かれた、ある一文が目に飛び込んできた。


『この世界の"構造"は歪んでいる。俺が、それを正す…』


構造。


待て。


待て待て待て。


俺が今、ブログで書いていることと…何が違う…?


「構造を喰らう龍」と、「混沌を統べる龍」。


「構造の探求者」と、「観察記録」。


「万象を解体する魔眼(ストラクチャー・アナライザー)」と、「世界の構造を再構築」。


言葉を変えただけ。


舞台を変えただけ。


まさか。


まさか、俺は…中学生の頃から、何も…。


自分の足元が崩れ落ちていくような感覚に襲われた。


これまで築き上げてきた「知的でクールな俺」という自己認識が、ガラガラと音を立てて崩壊していく。


俺は、外部の人間を「愚かだ」と見下してきた。ミヤ・ネオンを低俗だと切り捨て、佐藤を凡俗だと侮った。


だが。


一番滑稽で、痛々しく、そして「成長していない」のは…。


俺自身だったのではないか。


中学生の頃と、何も変わっていない。言葉を「構造」に変えただけ。舞台を「異世界」から「現代社会」に変えただけ。本質は、何一つ変わっていない。


俺は、ただの痛い中二病患者のまま、大学生になっただけだ。


ミヤ・ネオンの嘲笑も、佐藤の無関心も、それを見抜いていたのかもしれない。いや、見抜くまでもなく、明らかだったのかもしれない。


俺だけが、気づいていなかった。


俺だけが、自分を特別だと思い込んでいた。


部屋の隅で、俺は小さく体を丸めた。


誰のせいにもできない。これは、俺自身の問題だ。


黒歴史ノートは、床に開いたまま、銀色の文字で俺を嘲笑っていた。


『我が右手に宿りし"混沌を統べる龍(カオス・ルーラー)"――』


俺は、ただ震えることしかできなかった。


---


【SNS投稿:なし】

【部屋の掃除:未完了】

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