第2話:反論という名の多層的自己弁護
【論理の敗北】3000字 vs 一言
---
『漆黒の魔剣と構造の探求者(ストラクチャー・シーカー) 序章:偽りの平穏』
――その日、世界はまだ、自らが"構造"という名の巨大な欺瞞の上に成り立っていることに気づいていなかった。
王都の片隅で古物商を営む青年、カイ・フォン・シュトルーゼは、退屈な日常に微かな違和感を覚えていた。「この世界は、何かがおかしい」。彼の右目に宿りし"万象を解体する魔眼(ストラクチャー・アナライザー)"が、世界の亀裂を捉えた時、運命の歯車は静かに、だが確実に回り始める。
これは、一人の孤独な探求者が、偽りの世界にたった一人で戦いを挑む物語である――。
---
俺は、自作ライトノベルの投稿ボタンを、聖剣を振り下ろす騎士のような厳かな仕草でクリックした。
投稿完了。
画面に表示されたその文字を、俺は満足げに見つめた。フッ…この壮大な世界観と、緻密に計算された伏線。凡百の異世界転生モノとは一線を画す、真の"物語"だ。
俺は椅子に深く座り直し、腕を組んだ。評価を待ち望む気持ちを、必死に冷静な顔の下に隠しながら。
数時間後。
スマホが震えた。
通知が一件。
俺の心臓が、期待で大きく跳ねた。ついに俺の才能を見出す者が現れたか。口角を上げながら、俺は通知を開いた。
しかし。
画面に表示されていたのは、見慣れない毒々しいネオンカラーのアイコンからのコメントだった。ハンドルネームは「ミヤ・ネオン」。
『"構造"って何回言うの?w 壮大なのは文字数だけじゃんwww つーか主人公の名前、長すぎw』
俺の顔から、血の気が引いていく音が聞こえた。
いや、それは錯覚だ。冷静になれ。深呼吸をしろ。
俺は震える手でスマホを握りしめた。期待が一瞬で凍りつき、直後に屈辱と怒りで顔が熱くなる。心臓が嫌な音を立てて脈打っている。
「…なるほど」
俺は、虚勢を張って呟いた。
「本質を理解できぬ者からの、典型的な嫉妬か」
だが、PCに向かう俺の指は、わずかに震えていた。
冷静を装え。論理で圧倒しろ。これは、俺にとって絶好の機会だ。この愚か者を論破することで、俺の言説の正当性を証明できる。
俺はキーボードに向かい、反論コメントを打ち込み始めた。
『ご指摘感謝する。だが貴殿の批評は、物語の"表層"しか捉えていない。この作品の"多層的構造"――すなわち、①プロットレベルでの構造、②キャラクター心理の構造、③世界観そのものが内包する欺瞞の構造――を理解するには、まず貴殿自身の読解リテラシーを向上させる必要がある』
指が止まらない。論理の階段を一段ずつ積み上げていく。
物語における反復の美学。古典文学との比較。ポストモダン文学における脱構築。キャラクターネーミングの記号論的意義。
反論、補足、引用、さらなる反論。
画面をスクロールしても終わりが見えない。
気づけば、3000字を超える超長文が完成していた。
完璧だ。
これで奴も己の浅薄さを恥じるだろう。俺は投稿ボタンを押し、深く息をついた。
わずか1分後。
スマホが震えた。
即座に、だと…? まさか、もう俺の論理の前に降伏を…
期待を込めて開いた画面に表示されていたのは、たった一行だった。
『長文乙。で、結局面白いの、それ?』
俺は呆然と、その文字列を見つめた。
築き上げた論理の城が、砂のように崩れ落ちていく。3000字。俺が魂を込めて紡いだ3000字が、「長文乙」の四文字で一蹴された。
「あ…」
口が勝手に開いた。声にならない声が、喉の奥で詰まっている。
PCの前で、俺はただ固まることしかできなかった。
完全な敗北だった。
自分の言葉が全く相手に届かなかったという事実が、ナイフのように突き刺さる。論理も、多層性も、美学も、何もかもが無意味だった。
画面の中で、ミヤ・ネオンのアイコンが、俺を嘲笑っているように見えた。
俺は、ゆっくりとスマホを机に置いた。
部屋の中が、やけに静かだった。
---
**【投稿記事への反応:2件】
**└ ミヤ・ネオン:「構造って何回言うの?w」
**└ 主人公:「(3000字の反論)」
** └ ミヤ・ネオン:「長文乙。で、結局面白いの、それ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます