盗み聞き ~聞こえる~

@Kairiki_Kumaotoko

第1話 きこえる

 駅前の片隅にある、小さな小さな、レトロな喫茶店。

 今日も私はその喫茶店のいつもの席で、コーヒーを1杯でできるだけ粘っている。


 この店には、特徴的な客がやって来る。

 色々な人のインタビューをしては、謝礼を渡している謎の女。

 今日は薄いグレーのワンピースで、私のすぐ後ろの席で佇んでいる。


 から、と小さくドアの鈴が鳴り、ちょっと派手な髪色の若い男が店内をきょろきょろと見回した。

 あぁ、今日はこの人だ。そう確信した私は、そっと鞄の中のレコーダーの録音を開始する。


 あの、◯◯◯さんっすか?

 

 若い男が小声で話した。肝心なところが聞き取れない。


 ご連絡した春川っす。

 あ、はい、すんません。じゃあ失礼します。

 え? じゃあ、はい。コーヒーで。ホットでお願いします。


 男はどちらかというと小声で、少しオドオドして何かに怯えているようだ。


 あれっすよね。

 例の、連絡頂いたあの話しっすよね。

 もう早速良いっすか?

 あの、自分ギターやってて、一人暮らしなんすけど、専門学校行ってて。

 え? いや、演奏の方のじゃなくって、ギター作る方の専門学校ってあるんすけど、そこ通ってるんっすよ。2年くらい。

 で、自分で作ったギター、弾くじゃないっすか。やっぱある程度弾けないと、ちゃんと作れたかわかんないし。

 まぁ、安いアパートなんで、あんまデカい音出せないんすけど、それなりに弾くこと多くって。

 学校とバイト終わってから家帰って、それから弾くんで、まぁちょっと遅い時間になったりするんすよ。

 いやいや、演奏はプロとかじゃ全然。もう全然、はい、ちょっと趣味でバンドやってるくらいで。


 で、問題はそのバンドでよく使うスタジオなんすけど、良く使う部屋があって、そこAスタからDスタまであって。

 あ、はい。そうっす、AスタはAスタジオの略っす。すんません。

 で、自分組んでるバンド、結構機材たくさんあって、広いDスタ使うんすよ。

 こう、ドラム置いてる側を奥としたら、ドラムに向かって左からA、B、C、Dって感じで。

 Dスタって一番右端なんすよ。


 一応、レコスタとかじゃなくて練習用のスタジオなんで、防音完璧ってわけじゃなくて。

 隣のスタジオの音とか、聞こえることあるんすよね。

 あぁ、レコスタって、レコーディングスタジオっす。録音用の。プロが使うやつっすね。ああいうとこはもう防音ってか遮音で、外の音はもう全然。はい。入んないっすね。

 で、いっつもDスタで演奏して、録音するじゃないっすか。練習してるの。

 ミキサーからの音と、あとマイク立てて録るやつ。

 え? あ、ミキサーっすか?

 あぁいやいや、違くて、あそこに置いてるあの、バナナとか混ぜるミキサーじゃなくて。

 何ていうのかな、あれっすよ、音混ぜるんっすよ。ドラムは基本生音なんすけど、ベースとかギターとか、ボーカルとかの音をいい具合にこう、ガッて混ぜて。

 んでレコーダーに……えっと、録音する、機械? 的なのに録音するんすよね。


 はい、かなり爆音っすね。

 慣れない人が入ったら、しばらく聞こえなくなるくらい、ガーって音しますね。

 で、そこのDスタで、何度か録音したときに変なの入ったんすよ。

 や、演奏中じゃなくて、演奏してないときの。

 休憩中なんかもレコーダー回しっぱなしにするんすけど、誰も何も弾いてないし、ボーカルもマイクから離れてて。

 ホントは飲食禁止なんすけど、コーヒー飲んでて、軽くだべって。

 その時の音声、再生してみたんすよね。

 したら、隣で何か話してるのを拾った? みたいな? そんなちょっとくぐもった音、っていうんすかね。

 そんな音が録音に入ってたんすよ。


 うーわやべ、って。ノイズ拾っちゃったって。そう思ったんすよ。

 で、そういうことが何度かあって。まぁレコスタじゃないし、しょうが無いかってなって。

 ただ、何度かそういう事あって、ちょっと気になったんすけど、その隣の音、Cスタに誰も入ってないときにだけ入ってたんすよ。

 はい、Cスタ、隣っすね。

 え? 外の? 道路の音? や、それ無いっす。

 そこのスタジオ、地下なんすよ。

 スタジオ同士の音漏れは、まぁあるっちゃあるんすけど、スタジオに外からの音が入るってのは無いっす。

 はい、確実に。だってスタジオに入るまでに、扉3重っすよ? しかも地下っすからね。救急車走ってても全然気付かないっす。


 で、やっぱあれ? って思うじゃないっすか。

 はい、俺もBスタの音拾ったかなって思ったんすよ。まぁぶっちゃけ無いっすけどね? 

 隣ならまだしも、1個隔てた向こうのスタジオの音拾うって。

 まぁ、出入り口のドアから音入っちゃう可能性はありますけど。

 はぁ、可能性は、うん、確かにゼロじゃないっすね。


 でも、音が漏れて入ってくるってしても、ギターとか、ドラムとかー、シャウトとかそれ系の、大音量の音じゃないっすか。

 漏れて入ってた音なんすけど、よくよく聞いたら、話し声なんすよ。

 はい、人の。それも、何か子供っぽい感じの声みたいで。


 や、ワケわかんないっすよ。

 なんか、女の子がすっげぇ楽しそうな感じで、言ってるんすよ。


『ほんとだよ』


 って。

 何がホントなのかとか、全然。や、もう全然っす。

 そもそも、練習スタジオって言っても一般の家とかの防音とレベチなんすよ。

 ……あ、レベルが違う……はい、そうっすね。もう話し声とか、もう全然。


 で、色々確かめてみたんすよね。

 ミキサー経由……あの、さっきの音混ぜるほうのやつっす、アレじゃないっすね。

 その、音混ぜる機械を通して録音したのと、マイク立てて録った音、比べたんすよ。

 あ、マイク立ててっていうのは、もう実際そこの空間で、ホントになんていうか、音として聞こえてたっていうか、そういう空気の振動? 的な? まぁ実際の音を録音したやつなんすけど。

 え? あ、ミキサーの音との違いっすか?

 んー、何て言うのかな、あのー……ミキサーの音って、アレなんすよ。音を全部電気信号にして、1回ミキサーっていう機械通してるんすね?

 で、マイクの方はっていうと、まぁこれもマイクが音を電気信号に変えて録音するんすけど、通す機械が少ないっていうのかな。その分、まぁマイクの性能の影響もデカいんすけど、現場の音そのものっていうか。

 まぁこの辺語りだすと半日かかるっすけど、省きます?


 あ、じゃあ省いて先行きますね?

 で、その2つの録音、比べて見たんすよ。

 そしたら、その場に立ててたRのマイクの方にだけ音が乗ってて。

 ……あ、すんません。あの、Rのマイクって、右側っすね。客の立場で見て右耳なんで、ドラムに向かって右側に立ててたマイクっすね。

 で、Lのマイク……あ、えっと、左側です。そう、左。そっちのマイクには全然入ってなかったんすよ。

 あと、ミキサー経由の音には全然入って無くて。


 おかしくないっすか?

 どっちも、音を電気信号に変換して、そいつを記録したやつなんすよね?

 基本、Rのマイクに入るような音なら、Lにも入るはずなんすよ。

 で、ボーカルマイクにも入って、ミキサー経由でも録音されるはずっすよね? 

 あ、すんません、録音されるはずなんすよ。

 そもそも別のスタジオのだと、RじゃなくてLに入るはずなんすよ。

 Dスタの右側って、もう地下なんで。空間無いんで。

 だから、Lに入って無くてRだけに入るって、そもそもあり得ないんすよね。


 なのに、Rのマイクにだけ入ってて。

 え? どのマイクから入った音か? なんで分かるのって?

 あぁ、それはっすね、マイクを挿すチャンネルっていうんすか? Rのマイクの信号はここ、Lのマイクの信号はここに入るっていう、そういう設定っていうんすか、そういう機能があって。

 えっと、見てもらった方が早いっすね。

 ちょっと録音データのあるノーパソ出します。

 はい、そうなんすよ、今パソコンで録音できるんすよ。マジ助かります。


 で、これ。ここの横長に伸びてるの音声の波形で、縦に並んでんのが、それぞれのマイクとか、あとミキサーのチャンネルから録った別々の音声なんすよ。

 あ、そうだ、曲聴きます? 自分ら、バンド名ブラッディー・ブラック・バットっていう名前で、BBBっていう名前で……あ、すんません、良いっすか……。

 や、全然。全然良っすよ。今日は売り込みに来たわけじゃないんで。

 あのー……あ、ここっす。ここ。

 これ、スタジオに立てたRマイクの音なんすけど、とりあえずこのマイクの音だけ流しますね?

 ……あの、ここって音流しちゃっていいっすかね? 

 あ、大丈夫っすか? じゃ出しますね。ホント、一瞬っすから。


 私のすぐ後ろで、カチカチとPCを操作するような音が聞こえる。

 その直後だ。

 やっぱ弦変えたばっかだと伸びるわ、とか、ちょい待って2弦チューニングまたズレた、というような男の話し声に混ざって、あからさまに異質な声が紛れ込んでいた。


『ほんとだよ』


 全身に鳥肌が立った。

 多分小学校低学年くらいだろうか、未成熟な子供特有の舌足らずな喋り方。

 嬉しそうに、何がどう本当なのかわからないが、確かに聞き取れる。


 で、同じタイミングで録音してた左のマイクの音なんすけど……。

 ほら、聞いて下さいね?

 やっぱ弦変えたばっかだと伸びるわ、ちょい待って2弦チューニングまたズレた、うわ、コーヒー温くなってる、今もう8時? やべ、あと1時間しかねぇ。

 そんな雑談の、男性の声だけで、子供の声など全く紛れていなかった。


 あと、次ミキサーの音なんすけど、こっちもほら……ね? 入ってないっすよね?

 これがここ何回か続いてて。

 まぁぶっちゃけ、演奏中なんかは紛れるはずなんで、別に良いかなって思ってるんすけど。


 ぶっちゃけヤじゃないっすか? こういうの、何ていうんすか、あるはずのない音が録れちゃうの。

 あ、いや、別に怖いっていうのとは違くて。

 何ていうのかな、やっぱ音を気にする立場なんで、自分。

 出どころわかんない音って、やっぱノイズなんすよ。

 まぁAスタとかBスタとか、Cスタでは全然そんな事なくって。それが一番不思議なんすよね。


 まぁ、すんません、それだけっちゃそれだけなんすよ。

 変な音が繰り返し録れてるっていうのが。

 ただ、気になるのは内容っすよね。

 

「ほんとだよ」


 っていうの、これワケわかんないっす。

 え? あ、いや、別に変わったこととかは全然。はい、無いっす。

 別に怪我もしてないし。

 変なもの? え? 女の子っすか?

 やー、見てないと思いますけど……あの、自分基本そんな外でなくて、子供とか見る事めったにないっすから。

 

 え? ランドセルで? 緑のスカートっすか?

 んー……いや、やっぱ見てないっすね。全然記憶無いっす。

 すんません、なんかつまんない話で。

 踏切? ですか? え、どこの?

 

 最後に通ったの……えー、いつだっけ……あの、自分基本、線路またぐようなルートの時って、駅ナカ通るか、あと歩道橋っていうんすか? ああいうとこ通るんで、踏切は基本ないっすね。

 すんません、なんか、役立たなかったっぽくて。


 あぁ全然全然。すんません、なんか。こんなもらっちゃって。

 あの、コーヒー代……え、マジすか。ありがとうございます。すんませんホント。

 じゃ、ありがとうございました。自分今からまた練習行くんで。

 はい、いつもの。Dスタっすね。

 じゃ、すんません。失礼します。



 からん、という音を立ててドアがひらき、そして閉じる。

 バレないようにレコーダーの録音を切り、音を立てないように席を立つ。

 ちら、と後ろを振り返ると、薄いグレーのワンピースの女は、じっと座ったままだ。

 さっきの「ホントだよ」の声を思い出して立ち尽くしていると、女がこちらに向かって振り返りそうな動きを見せた。

 私は慌ててレジに向かい、大急ぎで会計を済ませて店を出る。


「ほんとだよ」


 おかしい。

 以前聞いた、中年の男の話とは場面もなにもかも違うのに。

 あの女は、一体何を集めてるんだろう。

 一体何を探してるんだろう。

 一体なんで、あの店なんだろう。


 店を離れて、少し大きめな横断歩道へ向かうと、わたり始める直前で信号が赤になった。

 あぁもう、ついてない。


「ほんとだよ」


 不意に聞こた声に思わず振り向く。

 視線の先では、女子大生くらいの若い女二人組がおしゃべりに興じている。

 多分、会話の流れで出た言葉だろう。

 ほっと胸を撫で下ろして前を見る。

 

 背筋が凍った。

 白いシャツに濃いグリーンのスカート、白いスニーカーに、赤いランドセル。

 俯いて立っている女の子は、さっきまではいなかったはずだ。


 いけない。このまま行っちゃダメだ。

 なぜかそう本能が告げる。

 私は大急ぎで横断歩道を離れて、地下街へと向かった。


 もしもあの子とすれ違うときに、あの言葉が聞こえたらどうしよう。

 そう思うと、怖くて横断歩道を渡れない。


 私は今更ながら、自分が厄介なものに足を突っ込んでしまったのではないか、と思い始めていた。

 

「ほんとだよ」

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