籠の鳥は、闇を喰らう<蜃の夢>
ささやん
第1話 プロローグ
繰り返す波の音が静かな伴奏のようで、時折、浜風が潮の香を運んでくる。
太陽は、この時期では、一番高い位置にある。
陽射しはあたれば暖かいけど、風が吹くと肌寒さを覚える。
もちろん、サテアのように高い山から長剣を振り下ろすような寒さじゃない。
綺麗な風景だけど、暖かい部屋から詩を口ずさみながら観てるのが一番。
眺望はいいんだけど、料理屋の庭で食事をとるのは、少し考えたほうがいいかもしれない。シルヴァンのように見た目はいいのだけど、季節次第よね。
暖かいスープ料理を主体に選んだ、
スレイマン、さすが交渉役、その判断は大正解だわ。
テーブルの中央に大きな鉄鍋を置かれた。まだ湯気が上がっている。
透明なスープに赤いモノが多数浮かんでいる。
あ、トマトね。緑の葉は香辛料ね、黄色は、パプリカと切ったオレンジ。スープの表面は、オリーブ油が浮いていて、浜野菜、魚介が沈んでのが見える。
鉄鍋の横に小さな魔石が一つ付いている。なるほど、これが鉄鍋を冷めないように放熱しているのか……。そう、いろんな一面を持っていて、その中に暖かい心があるキルケさん、あ、私か、うーんいい香りがする。
冒険者パーティ籠の鳥のメンバー4名でテーブルを囲むのは、本当に久しぶり。
「うん、これは、あたり」
私は、パンをちぎってスープに浸す。それをスプーンで口に運んだ。
「キルケさんにそう言っていただき、安心しました」
そう言いながら貴族のおじさんのスレイマンは、ワインを口にした。
「店主に、サービスさせたの僕だからね」
見た目少女でも通るシルヴァンがトマトを頬張った。
風にのって、バターとニンニクの匂いがした。
「アワビのソテーでございます」
食べやすいように、すでにサイコロ状になっているアワビが運ばれてくる。
「アワビだって」
シルヴァンが面白そうに言うと、スレイマンが怪訝そうに彼を見た。
中性の美系エルフの中身は、長寿系で百歳は生きてるからおっさん。
アワビのネタで、昨晩、別の飲み屋で、酔ったチンピラ連中と揉めた。
その形状で、アラサーの私が、今更からかわれて頬を赤らめはしない。
その代わり男の頬を真っ赤に腫らせた。
「ピンクだよ!」
よーく考えれば、きっかけを作ったのは、そのシルヴァンの台詞だったのだ。
「キルケが気になるなら、食事の後にしてくれないか」
サテアはサイコロ状のアワビをフォークで刺して口に入れた。
「食べる時は食べる、抱くなら抱く、どちらかにしろ」
「いやいやいや、抱かない抱かない。食べるよ」
シルヴァン、その否定やめてくれない?
「待てい、私の意思はないの!」
いつか、こんな発言が許されない時代が来ることを私は願った。
海のほうから、人々のどよめく声が聞こえた。
「どうしたのかしら」
私は、温めた酒を飲みながら、身体を捻った見る。
「ああ、この季節の名物ですよ、”蜃気楼”ですね」
スレイマンは、なにやら空気の屈折がどうのと説明をしてくれる。
結局、自然現象らしい。遠くにある町が手前の海に浮かんで見える。
「手に届きそうで届かない、まるで僕じゃないか?」
「中身がないから、触れないっていう意味?」
シルヴァンが私を軽く睨んだけど、お酒飲んでるから、わからなーい。
「太古から、深い海の下には、蜃(シン)という大きな蛤がいるらしい」
薄手の白地に銀糸をちりばめたロングコートの男が口を開いた。
「ハマグリってこれ?」
シルヴァンが、鉄鍋からハマグリの身をフォークで取り出した。
サテアが軽く頷いた。
「蜃が夢を見る。その夢がこの世界だとか、蜃気楼だと言われている」
「魔物?」
そう言って、シルヴァンがハマグリを食べた。
「そう言ってもいいだろう」
サテアの話には、オチは無かった。
「蜃の話はともかく、私達の次の仕事は、あの町なんですよ」
スレイマンは蜃気楼を指差した。
「一か月後、あの町で集合しましょうか」
「そんなに遠いの?」
私は、眉にひそめた。
「馬車で10日くらい、町への途中で山越えや難所があるのですよ」
その言葉に、雪山での野営を想像してしまう。
「船で行きたい!」
蜃気楼の向こうに町があるのなら、船にしたいなあ。
「そこは、自由だ。私は馬車がいい」
「僕も馬車」
「私も馬車に乗合わせてください」
「……」
「寂しい?抱いてやらないけどいい?」
「まあまあ、シルヴァン様、キルケ様は構ってチャンだから」
「―――私、船で行く」
昼ご飯が済んで、私一人船着場に向かう。船便があるのは知っていた。
ポケットでガチャガチャ音を立てているのは、サテアから貰ったペンダント。
「これをやる。蜃の魔力に抗うらしい」
鎖付きのヒマワリの花のペンダントを私は受け取った。
「心配してくれるの?」
「いや、効果を試したい」
その言い方が少し気になった。
「いるの蜃?」
「見ていないから、なんとも言えんな」
(似合わないよな、これ)
私は、明日の朝一番の船を予約した。
日程は3日で、当面、穏やかな気候らしい。
(それより…)
昨晩の飲み屋の女の子、可愛かったなぁ、今夜は誰にも邪魔させない。
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