第4話 魔人化
「では礼儀に答えてこちらも名乗ろう。私の名前はフェリックス・ウェンチェスター。以後お見知り置きを」
フェリックスは優雅に深々と一礼をした。
不気味さが増すばかりであったが、アルバートには気になることがあった。
「フェリックスさんはアナ……彼女が魔人になりかけていると言ったがどういうことですか? 」
アルバートはアナスタシアと言いかけてやめた。見知らぬ人間に妹の名前まで教えてやる必要はないと考えたからだ。
「その少女、魔力の流れが常人とは違う。どちらかというと魔人に近い」
フェリックスは渋ることなく話し出した。アルバートには魔力の流れなど見えないのでフェリックスの言葉の真偽が分からない。けれど、嘘をついているようには見えなかった。でも、妹が人では無いと言われて納得はできなかった。
「彼女は間違いなく人だ。デタラメを言うな」
普段は丁寧な言葉遣いを心掛けているアルバートも動揺から素の口調が出てしまっていた。
「信じる信じないは自由だが、状況を見たまえ。そこに転がっている手、魔力の残滓から相当な魔法使いだろう」
フェリックスが指差したところには大きい魔石のついた指輪を嵌めた父の左手があった。
「その魔法使いの手が変形し黒焦げとなっている。対してその少女はどうだ? 傷どころか煤一つついていない綺麗な顔だ。君の格好と少女の服装から察するに、彼女は裸だったのだろう。服が燃えているのに顔には何一つついていないのはどう考えてもおかしいとは思わないか? 」
アルバートは強くアナスタシアを抱きしめる。
「きっと何かしらの魔法を使ったんだ。だから、傷一つなかったんだ」
アルバートの声は震えていた。
「たとえそんな魔法があったとして、生き残っているのは彼女だけだ。彼女にそこまでの価値があるのか? 当主より後継者よりその少女が優先される理由があったのか? 何十人と死んだ中で彼女だけを助ける意味があったのか? それとも彼女が後継者だったのか? アーノスノット家は代々男性が跡を継いでいたはずだが、伝統が変わったのか? 」
「うるさい! それにまだ皆死んだとは限らないだろ! みんな生きてる! 助けを待っているんだ! 」
アルバートは悲痛で泣きそうな叫び声で話す。
「状況がそこまで見えていないとは。そこの彼女を大切そうに抱えていることから見てアーノスノット家の関係者なのだろう。死んだ人達の中に親しい人でもいたか? 」
フェリックスに返す言葉が見つからない。
アルバートはフェリックスの言葉を信じたくなかった。けれど状況証拠は彼が正しいことを示している。
アナスタシアは魔力はあるが魔法は使えなかった。知らなかったとしても父を超えるほどの能力を持っているならもっと家での扱いは良かったはずだ。
父達がアナスタシアを守った? 彼等がまず守るのは次の当主のロバートだろう。少なくとも全滅覚悟でアナスタシアを守るとは思えない。
けれど、アルバートの心がそれを否定したがっていた。彼等は皆生きていて、アナスタシアは自分の能力で自分を守った。そう信じたかった。
自分が家から追放されたその日に家が襲われて、自分は遠くから眺めていくだけで何もできずにただ失っていく。
アルバートはたとえどんな扱いを受けようと、追放されようと心のどこかで自分はアーノスノット家に生まれた人間という誇りがあった。
それなのに、この惨状を見ていると自分がアーノスノット家から外されているようで、家族でないと言われているようで、アーノスノットに生まれた意味がないと言われているようで現実を受け入れられなかった。
せめてアーノスノット家の為に戦いたかった。たとえ死ぬと分かっていてもみんなを守る為に戦いたかった。それすらできない自分にはなんの価値もないと言われているようで、信じたくなかった。
「まぁ良い。現実逃避するのは勝手だ。しかし、その少女、そのままだと死ぬぞ」
「何を……言っているんだ? 」
アルバートはさらに強くアナスタシアを抱きしめ、信じられないものを見る目でフェリックスを見つめる。
「少女の魔力はいずれ暴走し、魔人となるだろう。ただし、不完全な状態の魔人化の為知力は著しく低下し、肉体はその負荷に耐えきれずに徐々に崩壊する」
アルバートは知識として魔人の存在を知っていた。再生する肉体を持ち、魔物と違い知性を持つ厄介な存在だと。その目は血のように赤く、人を襲い臓物を食らう化け物だと。
フェリックスはアナスタシアがそんな化け物になると言っている。到底信じられないことだった。
アルバートの腕の中で、もぞりとアナスタシアが動いた。アナスタシアを見るとパチリと血のように赤い瞳がこちらを見つめていた。
「アナ……」
突如、アルバートは吹き飛ばされた。瓦礫の上を凄まじい勢いで転がっていく。受け身を取りながら体勢を整えて剣を抜く。
アルバートには何が起こったのか見えなかった。しかし何かに攻撃されたことだけは分かった。
――フェリックスが攻撃してきたのか?
アルバートはフェリックスの方を向く。彼はアルバートがさっきまでいた場所をじっと見ていた。
アルバートもフェリックスを視界に入れながら、視線の先を見る。
そこには、涎を垂らし、目の焦点の合っていないアナスタシアが立っていた。
彼女は歩こうとするも服に引っ掛かり転ける。起きあがろうとするもその度に服に引っ掛かり転ける。知性のある人間の動きとは思えなかった。
何度も繰り返すうちに、彼女は四つん這いとなった。いや、正確には三つんばいだ。彼女の左腕がなぜかなくなっていた。アルバートが服を着せた時にはあったはずだった。
今更ながら、自分の左頬にべっとりと何かがついている感触に気づいた。右手で剣を構えながら左手で触れる。血だ。
アルバートを攻撃したのはアナスタシアだと分かった。アルバートを殴った時にその力に耐えきれず、彼女の腕は粉々になったのだろう。
「アナスタシア」
力無くアルバートは彼女名前を呼んだ。
アナスタシアはその呼びかけに答えるように……
アルバートに襲いかかった。
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