【第四章:時間は、静かに背を伸ばす】

レオが家に来てから、

一年が過ぎた頃。


気づけば、

私の足元に収まっていたはずの体は、

いつの間にか、膝を超えていた。


「……大きくなったね」


朝の散歩の途中、

私はそう呟いた。


レオは、

意味が分からないまま、

それでも誇らしそうに胸を張る。


高校三年。


受験の季節が近づき、

教室の空気は、

どこか張り詰めていた。


「陽菜、第一志望、決まった?」


放課後、

沙耶がノートを閉じながら聞いてくる。


「うん。

市内の桜峰大学(おうほうだいがく)」


「近いじゃん」


「通える距離がいいかなって」


沙耶は、

少しだけ、意味ありげに笑った。


「……犬でしょ」


「……うん」


それを言われると、

否定できなかった。


「帰ったらレオが待ってるって思うとさ」


私は、

言葉を探しながら続ける。


「それだけで、

ちゃんと頑張ろうって思える」


卒業式の日。


体育館に並ぶ、

見慣れた後頭部。


「陽菜」


母の声に振り返ると、

カメラを構えた両親が立っていた。


「写真、撮ろう」


「はいはい」


式が終わり、

制服のまま家に帰る。


玄関を開けると、

聞き慣れた足音が響いた。


「ただいま」


レオは、

以前より落ち着いた動きで、

それでも確かに嬉しそうに近づいてくる。


「……卒業したよ」


そう言って、

頭を撫でる。


レオは、

私の言葉が分からなくても、

静かに目を細めた。


春。


私は大学生になった。


授業の時間は不規則になり、

帰宅時間も日によって違う。


それでも、

家に帰ると、

レオは同じ場所にいた。


「遅くなってごめんね」


その言葉に、

答えるように、

尻尾が揺れる。


数年が経ち、

レオは立派な中型犬になった。


「お手」


私が言うと、

迷いなく前足が出る。


「おかわり」


反対の足。


「待て」


じっと見つめる目。


「よし」


その瞬間、

全身で喜びを表現する。


昔、

車の音に怯えていた姿が、

もう思い出せないほど。


散歩中、

知らない人が声をかけてくる。


「かわいいですね」


「ありがとうございます」


レオは、

人が好きになっていた。


夜、

家族で話す時間も増えた。


「レオ、最近落ち着いたよね」


母が言う。


「大人になったんだよ」


未来が、

少し得意げに答える。


私は、

その光景を見ながら思う。


――時間は、

何も言わずに、

みんなを前に進める。


それでも、

この家の中心には、

いつもレオがいた。

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『きみが駆けてきた、ただいまの距離』 本城 翼 @zeitaku_miruku

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