【第三章:待っていてくれる場所】

朝のホームルームが終わると、

教室は一気にざわめいた。


「陽菜、おはよー」


後ろの席から、

明るい声が飛んでくる。


「おはよう、沙耶」


声の主は、

私のクラスメイト――水野 沙耶(みずの さや)。


いつも元気で、

人の話を聞くのが上手な子だ。


「ねえねえ、昨日言ってたやつ、どうなった?」


「……なに?」


「ほら。

“家にすごいことが起きた”ってやつ」


私は、一瞬迷ってから、

小さく息を吸った。


「……犬、飼い始めた」


「えっ!!」


沙耶が、机を叩く勢いで身を乗り出す。


「ほんと!? ちょっと待って、犬!?

ずっと欲しいって言ってたよね!?」


「うん……昨日、急に」


「なにそれ、最高じゃん!」


周囲の友達も、

話に食いついてくる。


「名前は?」


「写真ある?」


「どんな犬?」


私は、

スマホを取り出して写真を見せた。


「……レオっていうの」


画面に映る、

まだ少し不安そうな目のレオ。


「かわい……」


沙耶が、

少し声を落として言った。


「この顔、守りたくなるね」


その言葉に、

胸の奥が、きゅっと締まった。


授業中、

ノートを取りながら、

何度もレオのことを考えた。


今ごろ、

どうしてるかな。


ちゃんと寝てるかな。


怖がってないかな。


昼休み、

屋上で弁当を広げながら、

沙耶が言った。


「陽菜、顔がにやけてる」


「……してない」


「してるしてる」


私は、

否定しきれずに苦笑いする。


「帰るの、楽しみでしょ」


「……うん」


それを認めると、

自分でも驚くほど、

心が軽くなった。


放課後、

部活の声が響く校舎を抜け、

私は急ぎ足で帰路についた。


玄関を開ける。


「ただいま」


その瞬間。


――カチャ、カチャ。


小さな爪の音。


「……!」


リビングから、

レオが飛び出してきた。


まだ、

走るのは少しぎこちない。


それでも、

まっすぐに、私のところへ。


「レオ……!」


私は、しゃがみ込んだ。


レオは、

私の膝に前足を乗せ、

必死に尻尾を振る。


「ただいま」


何度でも、

言いたくなる。


「ちゃんと待ってた?」


レオは、

私の手をぺろっと舐めた。


「……っ」


胸が、

じんわりと熱くなる。


その夜の散歩。


前より、

少しだけ距離が伸びた。


車の音に、

一瞬立ち止まるけれど、

すぐにこちらを見る。


「大丈夫?」


声をかけると、

レオは一歩、前に出た。


「……えらいね」


家に戻ると、

未来が駆け寄ってくる。


「今日ね、レオ、お手できたんだよ!」


「え?」


「ほら、レオ!」


未来が手を出す。


レオは、

迷いながらも、

そっと前足を乗せた。


「すごい……」


「でしょ!」


私は、

その様子を見て、

思わず笑った。


レオは、

少しずつ、

ここが“居場所”だと

分かり始めている。


そして私も、

分かっていた。


学校でどんな一日を過ごしても、

ここには、

待っていてくれる存在がいる。


それだけで、

明日も頑張れる。

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