第5話 必要悪
世の中には、
「必要悪」
という言葉がある。
これは、
「パラレルワールドの世界」
にも、
「史実の世界」
にもありえることである。
しかも、必要悪に関しては。そのどちらも、認識される必要悪は同じものだった。
ただ、その優先順位などは、実際には違っていて、両方の世界を同時に見ることはできないので、どのように違うのかということは想像ができても、実際に、感じたことが、本当に正しいのかどうか、わかるわけではなかった。
もちろん、必要悪というのは、
「一般的に悪いことだといわれるが、その存在は、この世には必要なものだ」
と考えることになる。
ただ、
「悪というものの定義として、あくまでも、善というものがあり、その善とは反対のものだ」
という考えであるか、
「善というものが欠如している部分」
ということで、極端にいえば、
「善でなければ悪だ」
という考えに基づいているといってもいいだろう。
ただ、この考えは、どちらの世界にも存在する。
しかし、
「史実の世界」
においては、
「善以外は悪だ」
という発想であるだけではなく。
「悪でもければ、善でもない」
というものが存在するのではないかと考えられている。
ということになると、
「悪でもあり、善でもある」
という存在が認められなければいけないともいえるだろう。
実際には、
「悪と善が一つのものに含まれることはない」
という考えから、
「世の中は、悪か善の二種類しかない」
といえるのだ。
しかし、この
「パラレルワールドの世界」
においては、
「悪でもなければ、善でもない」
というものが存在しているという。
それが、この世界における、
「暗躍する秘密結社」
ということである。
確かに、
「史実の世界」
というところにも、
「秘密結社」
というものが存在している。
しかし、その秘密結社は、
「悪か、善」
のどちらかでしかないということであれば、
「悪の秘密結社」
も、
「善という秘密結社」
も存在するということになるだろう。
しかし、
「パラレルワールドの世界」
では、あくまでも、
「秘密結社」
という性格のものが存在しているということで、それは、
「悪とも善とも違う」
「個別の秘密結社」
ということになる。
だから、この秘密結社は、
「個人個人を大切にするための組織」
ということで、その数は、
「史実の世界の数とは比べ物にならないくらいにたくさん存在している」
といってもいいだろう。
だから、
「パラレルワールドの必要悪」
というものが存在するとすれば、
「同意語」
ということで、
「秘密結社だ」
といってもいいだろう。
そういう意味で、
「史実における必要悪」
というものは、
「理論的に存在している」
という考えかたにゆだねられるということで、
「パラレルワールドの世界」
においては、
「必要悪」
という言葉が存在しないといってもいいだろう。
だから、
「パラレルワールドの秘密結社」
というのは、
「史実における、やくざのような組織」
とは、種類の違うものだといってもいいだろう。
ただ、それだけに、パラレルワールドの組織というのは、まだまだコンピュータが開発された時代ではないが、
「コンピュータの考えかた」
ということで、近道となり、実際には、
「史実の世界」
よりも先にコンピュータ開発に行きついたというのは、それだけ、
「コンピュータの表裏」
というものを、考えられているということになるであろう。
つまり、後で開発されることになる
「史実の世界における機械」
ということで、
「形式的なものだ」
というだけではないということを証明しているかのようであった。
「パラレルワールドでは、史実のようなやくざは存在しないといわれるが、実際には、やくざという組織は存在している」
ということで、
「名前も同じだということは、どちらの世界に枝分かれしたとしても、結局同じところに戻ってくる習性が、無限の可能性というものには含まれている」
ということになるのだろう。
警察という存在は、
「悪を懲らしめ、善を助ける」
ということで、精神としては、
「勧善懲悪」
ということであった。
これは、パラレルワールドの世界においても同じであり、もちろん、それ以外の手続きなどということでも、警察は機能している。
だが、こちらの警察には、あたかも、
「必要悪」
と呼ばれるものを警戒する部署もあった。
史実の世界でいうところの、
「暴力団対策」
であったり、
「ギャンブルに対しての対策室」
などである。
史実では、ギャンブル関係は、各部署での取り締まりということになるのだが、こちらでは、敢えて、
「特化した部署」
というのがあったりした。
そういう意味で、パラレルワールドでは、必要以上に、
「必要悪というものを意識している」
ということになるのだろう。
こちらの世での秘密結社は、
「史実における、警察の限界」
であったり、
「勧善懲悪を徹底できない」
ということから、生まれた考えかたであった。
考えてみれば、
「史実の世界」
において、法律というのが絶対ということで、中には、どうしても理不尽なということも結構ある。
特に、
「当事者以外の家族」
ということで、かなりの問題があるということである。
それが、前述の、
「加害者側の家族」
というものに対しての理不尽である。
確かに。
「そんな犯罪者を生んだ」
という意味では、
「家庭環境のせい」
ということもできなくはないが、本来であれば、
「「その時々でパターンも違えば、事情も違う」
ということで、それこそ裁判のように、その時々をハッキリさせてしかるべきではないだろうか。
加害者といっても、
「殺人は許されるわけではなかったが。殺された側にも、多少の問題がある」
という場合だってある。
要するに、
「罪を憎んで人を憎まず」
という言葉だってあるではないか。
だから、今の時代で、
「簡易裁判」
ということにならないのは、その精神が根付いているからではあいかといえるだろう。
すべてを、杓子定規で片付けてしまうと、どうにもならない状況に陥るといっても過言ではないだろう。
それを思えば、特に、今の日本などは、
「加害者家族に対して、あまりにもひどい」
といってもいい。
警察官というのも厳しいもので、
「本人だけではなく、近親者と呼ばれる人間に犯罪者がいれば、警察官ではいられない」
といわれている。
これは、ある意味、
「理不尽なこと」
といえるのではないだろうか?
さらに、考えられることとして、
「例えば、鉄道を停める」
などという場合である。
よく、
「人身事故により、列車が運行を見合わせる」
であったり、
「遅延や、本数を減らしての運行」
などというのが結構あったりする。
それこそ、毎日のように起こるという、
「事故の連鎖」
などというのが、まるで、伝説のようになったりした時期があった。
それも、
「人身事故というものの、ほとんどが、自殺によるものだ」
ということなので、
「自殺が起きやすい時代背景であれば、連鎖する」
というのも当たり前だといえるだろう。
つまり、社会不安などが影響し、会社の倒産などによって、失業者が溢れたりすることで、自殺を試みる人が増えるということである。
ただ、鉄道自殺というのは、自殺の中でも、いろいろな意味で理不尽と呼ばれるものであった。
「電車に飛び込む」
というのは、飛び込まれた電車に乗っていた人だけが迷惑を被るというわけではない。
特に、
「電車というのは、決まったレールの上を走る」
というもので、
「別の道で」
というわけにはいかない。
つまりは、同一の線上であったり、途中の乗換駅があれば、そこから延びている線にまで影響が及ぶというものである。
「電車が人身事故で停まってしまうと、その場所での、救護から、警察に現場検証が行われることになるが、その間は、絶対に電車を動かすことができない」
さらに、
「事故車両を撤去せねばならず、そのために、数時間、へたをすれば、その日一日終日運行禁止」
ということになり、夕方のラッシュ時も動かせないとなると、
「帰宅難民」
というものができたりして、
「数万人の足に影響が出ました」
というような大変なことになるのだ。
鉄道会社は、対応が終われば、
「賠償責任」
というものを、
「鉄道を停めた」
という人間に課すということになる。
もし、これが死亡事故であれば、残りは家族に及ぶというものだ。
そうなれば。自殺の原因が、
「借金苦」
ということであれば、残された家族は、さらに重圧を追うということになる。
だから、
「自殺をするときは、電車に飛び込むのだけはしてはいけない」
といわれるが、それを知らずに飛び込む人が後を絶えないのは、どういうことなのだろう?
しかも、この賠償というのは、有無も言わせずということになり、へたをすれば、
「チンピラによる借金取りよりも悪質」
といわれるほどである。
本当に、
「有無も言わせず」
とはこのことだ。
しかも、ひどいのは、
「迷惑を被った」
ということで、鉄道会社が、賠償を求めて搾取した賠償金は、あくまでも、鉄道会社だけのことということになる。
つまりは、
「本当に迷惑を被ったのは、その路線を使っている善良な市民」
ということであるから、本来であれば、彼らにその賠償が行われなければならないはずなのに、一切の還元はないということだ。
そういう意味で、
「何の賠償なのか?」
ということになるではないか。
「やくざ顔負けの取り立て」
つまりは、後ろに国家権力がいるということ、さらには、賠償金が、鉄道会社だけで完結するということであれば、
「そもそも賠償金の意味がない」
といえるのではないか。
それこそ、かなり大きな意味での、
「理不尽なこと」
といってもいいだろう。
さらには、
「一番理不尽ではないか?」
と考えられることがある。
それが、
「安楽死」
という問題ではないだろうか?
確かに、
「安楽死」
というものを認めるということは、
「生殺与奪の権利」
というものを認めることになるといってもいいだろう。
しかし、自分の力で、歩くことも食べることも、さらには呼吸することもできないという、いわゆる、
「植物人間」
となってしまった人は、自分の気持ちを意思表示できないことで、
「本当に生きているといえるのだろうか?」
という状態で、問題は、その家族である。
自分で何もできないために、
「最大限の手厚い介護」
ということであったり、人工呼吸器のように、
「機械によって生かされる」
という状態が、
「果たしていつまで続くのか?」
ということで、しかも、その費用も莫大なものとなる。
中には、女性であれば、
「身を売る」
ということまでしないと賄えない人もいて、へたをすれば、
「犯罪に走る」
という人も出てくるだろう。
「いつになったら終わるのか?」
ということも分からない。
確かに、最初は、
「家族のため」
ということで頑張ることもできるだろうが、人間には、限界というものがあり、その家族が倒れでもすれば、誰が後を引き継ぐというのか?
考えただけでも、ゾッとするものだ。
それであれば、
「安楽死」
というものを考えていいのではないだろうか?
確かに、
「死者は尊厳されるもの」
という考えがある意味絶対となっているが、生きている人間が奈落の底に落ちたとして、それでもいいというのだろうか?
それこそ、
「植物人間化した人に、国家予算を割り当てる」
というくらいしてもいいではないだろうか。
それこそ、大切は社会保障というものだ。
今の時代のように、
「老後は、まるで姥捨て山」
という状態で、本来であれば、
「早く死んでほしい」
というところが、今では、
「人生100年」
などと言われて、死ななくなったといってもいいだろう。
そうなってくると、
「老後は、どんどん年金が減っていき、へたをすれば、年金がもらえない」
という時代が、すぐそこに来ている。
分かっていたくせに、何ら対策ができていない政府。自分たちが暴利をむさぼることしか考えない政治家というものは、
「史実」
においても、
「パラレルワールド」
と呼ばれるこの世界においても。この
「極悪非道」
といってもいい連中に変わりはないというのは、
「これほどの皮肉なことがあるというのだろうか?」
ということであろう。
これらいくつかの問題、つまりは、
「加害者家族の問題」
「鉄道事故の補償問題」
「安楽死の問題」
というものは、
「史実」
においても、
「パラレルワールドの世界」
においても、存在する。
しかし、実際には、その内容は若干の異なりを見せている。それが、どういうことなのかというと、
「必要悪」
というものが影響しているということであった。
正直、どちらかの世界にいる人は、向こうの世界の存在を知っていたとしても、あくまでも想像でしかないことで、詳しいことは分からないが、少なくとも、
「史実の世界には、必要悪が存在し、パラレルワールドの世界には存在しない」
ということが影響しているということは、うすうす気づいているようだ。
もっとも、
「パラレルワールドの世界」
と、
「史実の世界」
というものを知っているというのは、それぞれの世界の、学者だけであった。
というのも、
「パラレルワールド」
などという、
「無限の可能性」
というものを秘めた世界が存在するということは、今の時代では、学者であれば、
「どちらの世界であっても、常識」
といってもいい解釈となっていた。
そして、その根底にあることが、
「電磁波」
というもの。
それが、一定の、
「周波数によるもので結ばれている」
ということまでは、研究されてはきた。
しかし、この発見は、
「さすがに、世間に対しての影響が大きい」
ということで、完全に感銘され、全人類がある程度まで理解できるくらいにまでいかないと、発表してはいけないということが、どちらの世界でも、共通の問題ということで考えられていたのだ。
だから、それぞれに、
「かん口令」
というものが敷かれ、
「電子工学」
であったり、
「微粒子力学」
などという専門的な分野でも、一部の人間しか知らないという、
「超国家機密」
ということであった。
だから、政治家も、
「ソーリですら知らない」
ということであった。
考えてみれば、
「ソーリ」
や、
「ダイトウリョウ」
などという役職は、任期というものがあり、それが終われば別の人がなるということで、流動的な立場の人間に教えるなど危なくて仕方がない」
ということであった。
これが、
「いつの時代であっても、名君として誇れる人物」
ということであれば、まだ考える余地もあるが、今は、
「任期の間、ただ、その椅子にしがみついている」
ということにだけ集中しているような連中の、
「どこが国家元首だ」
ということになる。
「一番教えてはいけない連中ではないか?」
ということで、
「学会が、強硬に反対した」
ということだったのだ。
それは、本当に正解だったろう。へたをすると、
「超国家機密」
であっても、
「金になる」
と思えば、簡単に取引材料にするというのが、
「ソーリ」
である。
実際に、その状況がひどいのは、
「パラレルワールド」
なのか、それとも、
「史実」
なのかというのは、微妙なところで、それを分かっている人がいるとすれば、それは、
「歴史学者ではないだろうか?」
歴史学者の間には、
「学者の中でも一番機密が多い」
といわれるところで、今学校で教えている内容が、毎年のように変わるというのは、そういうところからきているのではないだろうか?
「発見された」
というわけではなく、
「秘密にしていることを、時代を見ながら、小出しにしている」
ということなのかも知れない。
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