第4話 一事不再理
そんな時代の流れにおいて、前述のように、
「史実の時代」
ということであれば、
「一事不再理」
ということが当たり前の時代であった。
これが、
「冤罪を生む」
ということで、実際には、史実の時代と数の比較はできないのだが、感じ方という意味で、
「冤罪が多い」
と考えることで、
「一事不再理」
ということにしてしまうと、警察はそれでいいかも知れないが、被告にされた人間とすれば、たまったものではないといえるだろう。
そもそも、
「一事不再理」
というものを採用したというのは、
「裁判というものに、金と時間が掛かりすぎる」
ということで、史実に比べて、パラレルワールドの方が、
「合理性を重んじる」
という考え方が強かった。
だからこそ、最初は、
「一事不再理」
というものは、絶対的な考えかただということで、それこそ、
「法律の根幹」
とまで考えられていた。
だが、実際に、
「一事不再理の原則」
ということから、後になって、
「無罪になった人間が、実は犯人だった」
という事実が出てきたことで、警察は、
「その事実を隠蔽しよう」
と考えるだろう。
「一事不再理のために、捜査ができない」
ということで、犯人が誰であろうと、その時点で、冤罪というのは、確定しているといってもいいだろう。
それが、一度や二度ということであれば、そこまで問題にならなかったかも知れないが、実は、
「冤罪を暴く」
という組織が、影で暗躍しているというウワサガ流れたのであった。
これは、
「悪党連中が暗躍する」
という秘密結社とは違い、ある意味、
「正義のための組織」
ということになるだろう。
しかし、これは、世論や世間一般のためには、正義ということであっても、
「警察組織」
というものにとっては、
「国家の安全」
というものを揺るがす
「悪質な組織」
といえるだろう。
しかし、警察組織というのは、
「国民の安全と財産、さらには、安心を守る」
ということがスローガンであり。そのためには、
「警察の権威を絶対的なものにして、そこから安心安全というものを、証明していく」
ということから、
「警察の権威が脅かされる」
ということであったり、
「国民からの信頼が失墜する」
ということであれば、
「警察という組織を守るために、隠蔽工作というのは必要だ」
と思っている幹部も多い。
確かに、
「警察という組織の信頼が失墜すれば、街はまるで無法地帯」
ということになるのは、必至ということであろう。
それが、
「史実の歴史」
ということであり、ただ、国家権力としては、そこまで力が強くないといってもいいだろう。
あまり、国家権力が強すぎると、
「大日本帝国時代」
における、
「治安維持法」
であったり、
「特高警察」
などという、
「恐怖政治」
の時代ということになるであろう。
だから、
「パラレルワールド:
と呼ばれる世界では、
「時効の短縮」
ということで、合理性を保ち、さらに、
「一事不再理の撤廃」
ということから、
「冤罪の防止」
ということであったり、
「不平等な司法にしない」
という発想からではないだろうか。
裁判というものには、刑法犯では、かならず、
「被害者と加害者」
というものがある。
それぞれに、立場というものがあり、一見では、
「被害者はかわいそうで、加害者というのは、許せない存在だ」
といわれるが、そう一刀両断にはできないということでもあるのだ。
というのは、
「加害者にだって家族というものがあり、加害者が許せない存在ということであれば、実際には、まったくの無関係であるかも知れない家族にまで、憎しみが及ぶというのは、実際に、理不尽なことである」
ということになるだろう。
それに、加害者というものも、
「たまたま加害者になった」
ということだってある。
「被害者が、何かを仕掛けなければ、加害者が犯罪者になることはなかった」
ということも、実は結構あったりするのだ。
だからこそ、刑事ドラマのような話が出てくるわけで、そういう意味でも、
「事実は一つでも、複数の真実がある」
ということから、
「同じ犯罪でも、裁判官、健司、弁護士が違えば、まったく違った判決になることだってあるはずだ」
といえるだろう。
実際に、そのせいで、裁判が蒸し返され、
「一事不再理の状態では、不可能だった裁判」
というものも、結構行われるようになり、
「司法に携わる人」
というものの、人手不足ということが問題になってきた。
そういう意味で、
「法曹界への壁」
というものが、
「史実の世界に比べて、かなり甘くなっている」
というのも事実のようだった。
実際に、裁判官や弁護士になるには、
「司法試験に合格し、そこからさらに、研修など数年を要する」
ということで、なかなか、
「先生ということで、法廷に立つということには、ハードルが高い」
ということであろう。
だから、
「パラレルワールドの時代」
では、そんなにハードルを高くしてしまうと、人手不足が深刻で、問題を解決するうえで、中には、
「簡易裁判」
というものを作ったり、
さらには、裁判の種類によっては、
「裁判官や弁護士になるのに、段階を作り、たとえば、初級、高級といった形にして、それを、適性の裁判に充てる」
という方法で補おうという考えが出てきたというのだ。
だから、
「簡易裁判所」
であったり、
「地方裁判所」
などというところは、初級の人間が当たるということで、
「高等裁判」
「最高裁判」
ということになれば、
「プロ中のプロが当たる」
ということになるというやり方だ。
これは、
「合理性を重んじる」
ということと、
「冤罪をなくす」
ということから、
「一事不再理を撤廃したことから考えられたことだ」
というのだ。
そもそも、深刻な人手不足となった時、
「再度、一事不再理を採用するか?」
という論議があったが、
「一度、撤廃ということを決めた状態で、さらに短期間で元に戻すということになると、それこそ、国民の信任を失うということになるので、その考えはありえない」
ということだったのだ。
「一事不再理の再度検討」
ということができないとなると、それ以外で、
「いかに、難局を乗り切るか?」
ということを考える必要性が出てくるということであった。
だから、司法試験というものにも、幾種類かのものがあり、
「実務を必要としなう、あくまでも、書類上の裁判」
ということであれば、司法試験に合格した段階で、職に就けるという方法を用いるのであった。
もちろん、他の司法試験とは、試験の内容も違っていて、あくまでも、
「自分が、弁護士になった場合」
ということを想定しての試験が実施されるというものである。
要するに、
「その時々の臨機応変というものにともなった対応ができる」
ということでの裁判ということになるのであり、そのことが、
「裁判において、いかに合理的な方法か?」
ということで、
「あくまでも、合理性を重視する」
ということになり、懸念として、
「合理性を重んじるがゆえに、違う意味での冤罪を生むのではないか?」
といわれたりもした。
「人手不足を補う」
ということdかえで、合理性を生かすということであれば、そもそもの、
「冤罪をなくす」
という観点から、ずれてしまっているかのように思える。
そういう意味では、
「どっちの方向から見るか?」
ということで、結局は同じことになるというのであれば、それこそ、
「本末転倒ではないか?」
ということになるであろう。
そういう意味で、
「一事不再理」
というものが、どこから考えられたのかといえるだろう。
実際に、
「史実の世界」
においては、実際に。
「どれだけの見えない冤罪」
というものが生まれたのか?
ということを考えると、犯罪というものの本質を考えた時、
「史実の世界」
と
「パラレルワールドの世界」
で、それぞれに考え方が違うのは当たり前であるが、実際には、それら両方の世界を見ることができないということから、
「もちろん、比較にはならない」
ということであるが、実際に、ものを考える時、
「あらゆる可能性を考えないといけない」
ということで、その中に、
「それぞれの考えかた」
というものが出てきていて、それぞれに、
「両極端である」
ということが分かっているのだ。
まったく正反対の考えかたを頭に思い浮かべた時、その存在を意識してしまうというのは、
「まるで反面教師のようなものだ」
ということになるのではないだろうか。
ただ、
「被害者と加害者」
ということで、まったく違った発想で見てしまうと、
「真実が見えてこない」
ということになる。
ただ、
「事実と真実は違う」
ということから、
「事実というのが必然的に見えてくる」
というもので、
「真実は、事実から解釈し、発見するもの」
といってもいいかも知れない。
その時、
「真実は一つではない」
という理屈に立って考えることで、
「それぞれの見え方が、その方向や、立場から変わってくる」
といってもいい。
それが、
「被害者」
と
「加害者」
というそれぞれの立場には、真実というものがあり、これは
「事実というものと同じで、いい悪いということになるわけではない」
といえるだろう。
あくまでも、
「判断材料」
ということであり、
「真実が一つであり、それがパターン化されている」
ということであれば、何も、
「裁判など必要ない」
ということになる。
事実だけを積み重ね、そこから法律の判断というわけではなく、条文の解釈ということであれば、それこそ、
「コンピュータによって、機械的な判決が得られる」
ということになるのだろう。
結局、時代が進み、いかに科学が発展したとしても、そこは変わらないのではないだろうか。
そもそも、
「近未来の想像」
ということで、よく言われている世界としては、
「簡易裁判」
というのが、代表例となっていたりする。
「起訴から結審まで」
というのが、長くても、3か月などというそんなことになるのだ。
ただ、そうなると、
「起訴をする」
ということに関しても、実際には難しいということになり、それこそ、
「自白や、状況証拠だけでは、絶対に起訴はできない」
ということになる。
あくまでも、
「動かぬ証拠」
ということでの物証が必要になり、その時点で、
「有罪というのは確定している状況」
といってもいいだろう。
ただ、あとは、
「情状酌量」
であったり、それぞれの家族に対してのフォローなどのための、裁判ということになるに違いない。
「史実の世界」
では、確かに、
「起訴に持ち込む」
ということは、昔ほど簡単ではなくなったが、それが、そのまま、
「簡易裁判」
という発想に結びつくというわけではない。
「人権や、個人的プライバシーの保護というものへの配慮」
ということになるのだろう。
それを考えると、
「一事不再理の撤廃」
ということからは、別方向ではないか?
とも見えるわけだが、
「果たして、そうだと言い切れるのか?」
と思えば。
「パラレルワールドの世界」
において、
「秘密結社の暗躍」
というのが、まるで、公然の秘密であるかのように言われるのは、
「必要悪というものが、いかに、この世で必要なことではないか?」
と考えられるからではないだろうか?
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