第3話 サウナー
「うおー!熱いぞ!なんだこれは!」
熱気で満たされたテント内。豚人間が入り、あまりの熱さに驚いている。
「これくらいが適温なんだ。しっかり体の芯まで温まるぞ。その辺に腰掛けてくれ」
「わかった。熱いのは苦手だが、お前がいうなら従おう。」
豚人間が地面に腰を下ろす。熱さからくる嫌悪感は、もう少ししたらなくなるだろう。
「この熱さの中で何をしようというのだ?」
「待つんだ。何もしない。」
「待つ!?この中で!?まるで灼熱拷問じゃないか。小さい頃にイタズラをして、一度入れられたことがある。それから、俺は熱いのがダメなんだ。夏なんか最悪だ。」
「これは拷問じゃない。俺のいた世界では、かなり人気のある入浴方法だ。」
豚人間の顔は、どこか疑いがあるようだ。
「お前のいた世界も、中々厳しかったのだな。」
何か、勘違いをしているようだが気にしないでおこう。
「こうやって、汗をかくことで体の毒素を外に追い出すんだ。」
豚人間の顔を見ると、すでにうっすらと汗が見える。新陳代謝は人間と似ているのかもしれない。
「その水はどうするんだ?飲むのか?」
「そんなもったいないことしないさ。見ててくれ」
俺は、カップに入った水を焼けた石の上にかける。じゅわーと音を立てて、水分が蒸発し、テント内を水蒸気が満たしていく。
「うおー!なんだこれは、温度が一気に上がったぞ!さっきより熱い!」
「実際の気温は上がっていない。水蒸気が充満して湿度が上がったんだ。夏に、海の周りに行くとジメジメして暑いだろ?それも、湿度が関係しているんだ。高ければ高いほど、不快感が増す。ただ、それは夏の気温に限った話。サウナでの湿度が高いと、呼吸がしやすくなる。湿度が体の粘膜を守ってくれるんだ。」
「ふむ。難しいことはよくわからないが、だんだんと気持ち良くなってきたぞ。」
そう、昭和の銭湯にあったサウナの多くはドライサウナ。湿度を下げ、カラカラの状態で体を温める。鼻呼吸をすると熱さで痛くなったり、呼吸がしずらかったりして、サウナ嫌いの人の多くは、この息苦しさを嫌う傾向がある。
「初心者にはこうやって、湿度を高めてやったほうが入りやすいんだ。」
「詳しいのだな。前の世界では入浴施設を経営していたのか?」
「いや、以前は普通に会社員。っていってもわからないか。魔王軍のように組織に属していた。下働きさ。」
「そうか、俺と同じだったんだな。」
「お前もそうなのか?」
「ああ」と言葉を返し、豚人間は自分のことを話始めた。
「俺たちは、ゴブリンという種に属す。魔物の中にも階級があってな。魔王様が組織を束ね、その下に四天王。さらにその下に我々のような、低級魔族がいる。」
どうやら、想像しているようなRPGゲームと同じようなシステムらしい。
「俺たちは、生まれた時から侵略、略奪を繰り返し、それに従わなければ家族が殺される。従わないという選択肢はなく、寝ても覚めても誰かの指示に従うのみだ。だから、似たような立場でも好きなことに没頭できるお前が羨ましい。」
なるほど。社会のシステム自体は似ていても、俺がいた日本より上芸関係が厳しいようだ。
「何か、やりたいことがあるのか?」
「俺は、おばあっ子でな。小さい頃に食べたおばあの料理が忘れられない。今は、オスは戦いに、メスは雑用をしているため、俺がキッチンに立つ暇なんかないんだ。怪我をしたまま帰ったら、俺は役立たずとして殺されてしまうだろう。」
「そんな。」
ゴブリンは悲しい顔をして続ける。
「最後にお前のような人間に会えてよかった。さっき食ったラーメンというやつもうまかった。」
出会って時間も経ってないのに、一緒に飯を食い、一緒にサウナに入ったこいつが、殺される様を想像して悲しくなった。
「そろそろ出よう。いい頃合いだ。」
腰を上げると、豚人間も釣られて立ち上がる。
「気持ちが良かった。ありがとう。」
「いや、ここからが本番だ。」
「でも、ここから出るのだろう?」
「まあ、ついてこい。」
テントから外にでる。相変わらずいい天気だ。素晴らしい外気浴になるに違いない。俺は、急いで川に飛び込んだ。普段は水風呂に入る前は、シャワーで汗を流すが今回は川だからいいだろう。
「お前!何をしている!死にたいのか!」
「死ぬつもりなんか毛頭ない!お前も早くこい!気持ちがいいぞ!」
ゴブリンが戸惑っている。
「お、俺は泳げないんだ。」
「大丈夫だ!足はつく!いいからはやく!」
「お前がいうことだ。仕方ない。」
ザブザブと入ってくる豚男。その冷たさに、躊躇しているように見えるが、ゆっくりと俺の横までやってきた。
「どうだ。冷たくて気持ちがいいだろう。」
「冷たすぎだ!」
「最初は誰だってそういうもんさ。俺も初心者の頃はそうだったが、今じゃこれ無しじゃいられない。」
「そういうものなのか。」
「できるだけ、体の力を抜くんだ。水の冷たさを存分に感じろ。もう、最初の頃より冷たく無いだろう」
「言われてみれば、強烈な冷たさは無くなったな。心地のいいものだ。」
サウナ嫌いはもう一つ、水風呂を嫌がる傾向にある。しっかりと体が温まらずに冷水に入ると、とてもじゃないが入っていられない。
「そろそろ上がるぞ」
ザバァと水から上がり、荷物からタオルを取り出し体についた水滴を拭く。水がついたままいると、必要以上に体温が下がって寒い。
「お前も体を拭いたら、その辺に寝転がって休むんだ。」
あの巨体は、タオル一枚で足りるだろうか。まあ、あのタオルしか無いから我慢してもらうほかない。河原で少しゴツゴツしているが、仕方ないだろう。俺は、適当に陣取りゴロっと横になる。ゴブリンも遅れてやってくる。
「こうやって寝転がるのだな。」
「そうだ。この時間が一番気持ちがいい。何も考えないことがコツだ。」
「おお!?なんだか世界がぐらついてきたぞ。」
「それが、整いだ」
「なんだこの浮遊感は!?今度はぐるぐる回り始めた。」
「そうやって体がリラックスしているんだ。」
説明しているうちに、俺もだんだんと視界が回り始めてきた。
雲ひとつない晴天。響くせせらぎと鳥の声。川で冷えた体が、内側の熱を使いじわじわと温度を取り戻す。そよ風に体がくすぐられ、細胞の一つ一つが、歓喜の声を上げる。次第に、自分と世界の境界線が溶けていき、平衡感覚すらなくなり、とんでもなく気持ちいい。
この感覚が忘れられずに、サウナに通う日々。転生という大事件が起きながらも、こうしてサウナは平等に気持ちがいい。俺は、魔王軍がどうとか、これから行く村のこととか、どうでもいいくらいに、この大自然に転生させてくれたことに、感謝が止まらない。
横を見ると、ゴブリンも気持ちよさそうな表情を浮かべている。俺と同じように、魔王城に帰った後のことはいったん忘れ、リラックスしてくれているようで良かった。
「さてと」
俺は体を起こす。1セット目から素晴らしい整いだ。
「終わりか?いやあ、大変に気持ちが良かった。」
「いや、まだ終わりじゃない。」
「なんだと?」
「これを、繰り返す。回数を重ねるたびにどんどん気持ち良くなるぞ。」
ゴブリンは少し笑って言った。
「本当に、お前は最高だな」
俺たちは、そこから3セットほどサウナ、水風呂、外気浴を続けた。だんだんと陽が落ちてくる夕方の時間。昼間は暖かく気持ちがいいが、徐々に気温が下がってくるこの時間も、大変に気持ちがいい。
「本当に、もう行くのか?」
「ああ、至れり尽くせり世話になってしまった。心からの礼を言う。」
「こちらこそ、一緒にサウナに入ってくれてありがとう。これを持って行くといい。」
「これは」
俺は、残りのカップ麺をゴブリンに渡した。
「これだけしかないが、こいつを魔王様に振舞ってみろ。もしかしたら、命は助けてもらえるかもしれない。」
「そんなことまで。本当に感謝する。」
ゴブリンは両目に大粒の涙を浮かべて、何度もお礼を言った。
「では」とゴブリンが歩き始める。出会ってから、時間はたっていないが異世界にきて初めて心を許した者が旅立っていくのはやはり悲しい。俺は、最後に肝心なことを聞いていないことに気がつく
「大事なことを忘れていた。お前、名前は?」
ゴブリンは振り返り
「俺は、カヤオ。また会おう、サウナー」
といい去っていく。
サウナーと呼ばれ、奇しくもサウナ好きの総称の名前と、同じ呼び方をされてしまったが、せっかく新しい世界に来たんだ。俺は、今日からサウナーとして名乗ることに決めた。
「さてと」
いったんはここから東にあるワースの街に向かおう。神様からも最初に向かうように言われていたし。
俺は荷物をまとめ旅立ちの準備をしていると、びゅっと手元に矢が刺さる。
「そこを動くな」
後ろから、女の声が聞こえた。
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