​第2話:新堂想:告白確率モデルの構築

 昼休みの社員食堂。


 同僚たちが恋バナに花を咲かせている。


「昨日、彼に“冷めた”って言われちゃってさ〜」


「マジ? つらいね……」


 私は味噌汁をすすりながら、無意識にノートを開いた。



 > 交際期間:半年

 > 相手の離脱傾向:既読スパンの伸長(平均2日→4日)

 > 原因:飽き。根本的解決不可。

 > 結論:別離。


 ページを閉じて、ため息。


「人間って、どうして飽きるんだろうね」


 向かいの席で、後輩の新堂 想が首をかしげた。


「そりゃ、ずっと同じ味だと飽きますよ。カレーでもラーメンでも」


「……恋愛をカレーで語らないで」


「じゃあスープ理論で。冷めても温め直せばおいしいですよ」


「再加熱で菌が繁殖することもあるけど?」


「……ロマンの欠片もないですね、鷺沼さん」


 彼はあっけらかんと笑う。


 私は笑えなかった。


 ——ロマン。非科学的で、再現性ゼロ。


 そんな不確定要素が、私の完璧な式をいつか壊すのかもしれない。


 告白とは、恋愛における最初の勝敗判定だ。


 先に言った方が負け。


 感情を差し出した瞬間、立場は下がる。


 それが、この世界の構造である。


 私は決めている。


 ——絶対に告白はしない。


 相手が私に恋をして、どうしようもなくなって、自ら言葉にする。


 その瞬間、ゲームは私の勝ちだ。


 そして、私は勝ち続けてきた。





 さて、今回の対戦相手——もとい、対象者は。


 新堂 想。


 製薬第二研究部所属。二十五歳。

 身長一七九、視力1.2、BMI標準。


 几帳面だがデスクは散らかっている。

 社内評価:温厚・誠実・やや天然。

 総合得点——七十八点。恋愛対象としては悪くない。


 ただし、問題点がある。


 彼は“押し”に弱いくせに、“見透かされる”のを極端に嫌うタイプ。


 つまり、こちらからの積極的アプローチは逆効果。


 重要なのは、誘われる空気を作ること。


 私はノートを開き、ページ上部に書き込んだ。


 > 【新堂 想:告白確率モデル試作】

 >

 > 変数A:視線接触回数/日

 > 変数B:雑談時間

 > 変数C:物理的距離(cm)

 >

 > 目的関数:告白確率pを最大化せよ

 > 制約条件:私からの直接的アプローチ禁止


 恋の神様がいたとしても、この式には勝てない。


 フェーズ1:偶然の共有。


 彼がコーヒーを買いに行く時間に合わせて、自販機前を「偶然」通過。


 統計的に会話が生まれやすい話題(天気・ランチ・趣味)を選択。


 話が続きそうなら「あなたの話をもっと聞きたい」というシグナルを軽く出す。


「鷺沼さんって、理系なのに話が面白いですよね」


「理系が面白くないと思ってる時点で偏見ね」


「……偏見を訂正してもらってるところです」


「学習速度、まあまあね」


 軽く笑って立ち去る。


 距離を詰めすぎない。人は“少し足りない”相手を追いたくなる。


 心理学的には欠乏誘発効果。恋愛では最高の餌。



 数週間後、結果は顕著だった。


 彼から話しかける頻度:+84%

 昼食同席率:43%→82%

 メッセージ返信速度:平均12分→4分


 ——実に理想的な曲線を描いている。


 そして金曜日の夕方。


 研究室の灯りが落ちる頃、彼が言った。


「鷺沼さん、今度ちょっと飲みに行きません?」


 私は心の中で静かにガッツポーズを取った。


 フェーズ2、完了。

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