第3話 彼女の場合

(しまった・・・!!見られてしまった!!)


 走りながらユリアナは考えていた。就職して初めて入室したあの仕事場。最初に私に声をかけてくれた人は、昔出会った私の初恋の人だった。


(まあ、全くこちらに気づいてはいなかったけど・・)


 気づかれず悲しくもなったけど、普通に考えればこれで分かるほうがすごい。そう思いつつ、今住んでいる家に急いで帰る。


(今日はどう過ごしていたかしら・・・・アルトは・・)


 職場のある都心部から少し外れた、木々が周囲に茂りぽつぽつと家がある。その中に小さい1つの古民家風の家がポツンとある。ユリアナは急ぎ足でその中に入っていった。


「遅くなってごめんね、アルト。今日は大丈夫だった?」

「・・・お帰り姉さん。今日は特に発作も無くて・・大丈夫だったよ。」


 室内に入り、真っ先に奥のベッドで寝ている小柄で細い、10代前半に見える男の子に声をかける。声をかけられた男の子はゆっくりと起き上がるが、ゴホゴホと咳こむ。


「アルト!無理しなくていいから!」

「・・本当に姉さんに迷惑ばかりかけていて申し訳ないよ・・ごめんね本当に。」

「大丈夫よ。姉さんは強いから。」


 ユリアナは優しくアルトに声をかけ再びベッドに横にさせる。アルトも無理はせずゆっくりと横になった。ユリアナは瓶底眼鏡ともじゃもじゃのカツラを外して棚の上に置き、夕飯の支度を始めた。


 

 元々ユリアナとアルトは姉弟で、もう1人、兄がサンドルの領地にいる。両親は健在ではあるものの、母は自分に似ている兄のみをかわいがり、父に似ている自分とアルトには全く興味を示さなかった。

 父は田舎に領地があるサンドル家の長男で、美形であったが田舎の領主ということで結婚相手としては不人気だった。そんな中、舞踏会に出席した父を始めてみた母は父に一目ぼれをした。

 母は王都の隣の領地に住んでおり、田舎暮らしは初めてであったが『愛があれば田舎でもやっていける』という思いでサンドルに嫁いできた。

 結論から言うと、母の愛があっても田舎暮らしは母にとって過酷だった。娯楽の少なく、収入に乏しい領地の経営。厳しい生活を強いられる時期もあった。また父の外見はとにかく人の目を引き、数人の愛人がいるのは常であった。母は今までの都会暮らしと今を比較してしまい、後悔に明け暮れ、さらに父の浮気を見たことで愛よりも憎しみの方が強くなっていった。

 母はまず自分自身を責めたが、そのたびに父が何回も宥めた。甘い言葉をかけて母の精神を保つことを繰り返したことで、今のいびつな形の家族形成がされてきたのだ。


(本当にいい迷惑よ。お父さんもお母さんも。勝手にしてくれって感じだけど、正直私たちに当たらないでほしいわ。)


 父に向けることができない母の鬱憤は父によく似た自分と弟に向かった。自分は理解のある乳母がいたため幼少期は上手く切り抜けることができていた。が、弟は違った。

 1歳になった時に乳母から離され、母が選んだ侍女たちが側につけられた。その侍女たちに小さいころから冷遇されていた。5~6歳ころには腐ったものを与えられ食中毒になったり、食事を少なくさせられたり、尋ねても聞こえないふり、無視をされるなど、ぶつなどの暴力行為は無かったものの、精神的に辛いことは沢山あった。

 兄は領地経営学習のために学校に行っていた為、ユリアナとアルトに味方はほぼいなかった。


 ユリアナにできることはすべてやった。体調を崩したときは薬を届けたり看病をすること、侍女の態度を注意したり、両親に改善を求めたこともあったが対応されることはなかった。寧ろ以前よりひどくなった。


(このままではアルトは死んでしまう・・)


 両親以外に頼るものもない、生きるすべもないただの貴族。孤児になろうとしてもすぐにバレてしまうような環境。体調の悪い弟を連れて出るのは難しかった。


 そんな時思い出した草原で出会ったあの人。あの人は私のことをすごく褒めてくれた。


「弟の面倒を看るなんて偉い!俺、妹がいるけど全く話していないし・・君みたいな人がいると弟も幸せだよ。」

「俺は次男だから、家を継ぐことはできないから・・何になろうか考えていたけど・・君みたいに人を助ける何かになれるといいなって話していて思ったよ。」

「君の考えは素敵だね。俺、今回ここに来てすごく影響を受けてる。俺も君みたいに自分より弱い立場の人を考えられるようになりたい。」


 彼は私に共感し、たくさんの嬉しい言葉をかけてくれた。沢山褒めてくれた。・・だから、私も頑張ろうと思えた。


(この時から、環境の悪い家からアルトを離し、できるだけ空気の良いところに住んで療養することを決めたんだ。アルトのために、私ができることを)


 乳母が退職する前にもらった本や図書館の本を使って自己学習をしたり、庭師の仕事を手伝いながら王都の話を聞いた。最近子供庁という新しい庁ができたと聞いて興味が湧いてきた。


(新しい庁なら、今でも募集が多いかも・・)


 そして今の仕事に就くことができた。


 両親に報告すると、父は食い扶持が少なくなることもあり喜んでOKを出してくれたが、母は違った。


「あなた、王都に行って男を沢山たぶらかしてくるんでしょう。許しません。」

「たぶらかすことなんてしません!」

「・・あなたを外に出さなかったのは理由があります!私みたいな被害者を少なくすることです!許しません!!!」


 母はその時ユリアナと父を混同しており、説得することが困難であった。ユリアナを外に出さないよう指示を出し、監禁状態になった。

 そんな時唯一の味方の侍女が教えてくれた。


「これを使ってください。昔、貴族学校でブームを起こした人が使っていたそうです。母がコレクターでついもらっちゃいました。」


 そっと差し出されたのはもじゃもじゃのカツラと瓶底眼鏡だった。これらを仕事中はずっと装着しておくことを再度母を説得すると


「それならよいわ。ただし、誰にも自分のことを明かさないこと。いいわね。」


 と了承を得ることができた。少ないお金で今の古民家を借り、アルトの療養生活と自分の就職へ1歩を踏み出すことができた。



 ぐつぐつと野菜がたくさん入ったスープが出来上がる。


「アルトー!ご飯ができたから一緒に食べましょう。」


 アルトの病気は少しずつではあるが回復してきているように思える。これも彼が昔私を褒め称えてくれたおかげで大きな一歩を踏み出せたからだ。


(母との約束もあるし、自分から名乗りだせないけど・・会えて嬉しかった・・)

 

 アルトと夕食を楽しみながらそう感じていた。

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