【第四話 テスト前日は何してる?】

「ロニア、人間界でも上手くやっていけているでしょうか?」


 天界。薄紅色の帳が広がり、柔らかな雲を踏みしめた青髪の天使が、そう呟いた。

 その声色や表情に起伏はなかったが、言葉には心配を湛えていた。

 立派な髭を蓄えた男性が、笑い交じりに応答した。


「なに、ロニアは優秀な子だ。なんとかなると、わたしは信じている」


「【お父様】が仰るのなら、そうなのですね。では、ワタクシは仕事へと戻ります」


「ああ。頼んだぞラファエル」


 言って、お父様と呼ばれた男は、目の前でゴウゴウ音を立てる機械を見ていた。

 そこには、ロニアが映っている。授業では相変わらず居眠りをしたり、洞窟の砕獣を巻き添えで吹き飛ばしている。

 どうやら天界にいた時もそうだったらしく、怠惰で、いい加減だったそうだ。

 度が過ぎたため、一生懸命生きた人間から学んで来いと、天界を追放されたらしい。


「それは、表向きの理由でしょう」


 ラファエルが背を向けたまま呟いた。


「よせ、ラファエル。今のあやつはロニア・ロンド。人の子だ。しかし、ロニアは変わらずだな。だが、必ず大きな試練が人間界を覆う。さぁ、お前はどうするのだ」


 お父様、いや、【神】は、堕天使に問うた。この堕天が反逆を呼ぶか、それとも人間界を導く光となるか。


 

 ─────────◇─────────


 「さあさあ!明日はいよいよ試験だ!」


 いつもよりテンションの高いセスが部室の扉を勢いよく開き、マチィナが飛び上がった。

 ロニアがその悲鳴に驚いて椅子から転げ落ち、脚に引っかかったリウが転倒するという負の連鎖が起きていた。

 唯一その連鎖から逃れたカレンは、ノートをぱたんと閉じて、被害者の救助へと向かっていた。


「いきなりなんなのですぅ?」


 「何って、明日はついに試験の日だろう?!準備はできているか?!」


 「そのが、たった今崩されましたよ……。リウくん、脚どかせてくれない?」


「絡まってんだよ、ロニア……。カレン!こっち引っ張ってくれ!」


 転んだだけとは考えにくい惨状で、どうしてこうなったとカレンは頭を抱えている。

 ロニアと、他クラブメンバーが知り合って、しばらく経った。相変わらず、ロニアの怠惰ぶりに振り回されている。

 しかし実力はあったので、それだけでも重宝された。また、あの砕獣と遭遇したら、ロニアなしには生きて帰れないかもしれない。


「まあ、私たちは勉強もしっかりとしてますよ。ダンジョンにこもりきりで、落第なんていうのは笑えませんし」


 リウを引っ張り上げながら、カレンは言った。マチィナはロニアの手を取った。思えば、もうすぐで最終試験の時期だった。

 ロニアが受講しているのは、砕獣学とダンジョン地政学の2つだけであり、たった一日で終わる。リウとマチィナは、単位が少ないために講義を増やさなければならないようだ。

 二日や三日とかかるだろう。


「……この計算式、どれだけ吟味しても合わないのですぅ!」


 マチィナが机に突伏した。リウがこういった問題に強いとは思わないが、カレンですらも眉間に皺を寄せている。

 ――セスは、「専門外だから訊くな」とでも言いたげだ。


「どれ、見せてみな」


「え、ロニアくん、わかるのです?」


「これは何の式?」


「えと、赤魔法における多重魔術使用の負荷軽減……」


「ああ。それね。じゃあ、ここのルーン文字が間違ってる。これは、複製に使われる奴だから。このまま使うと、むしろ負荷限界で脳が溶けるよ」


 何でもないように、ロニアはノートの空白部分に式を書き足した。


「おぉ……。ロニアくんって頭いいのです。知らなかったのです」


「知らなかったのか?うちのロニアは、前回の中間試験で学年一位に輝いた子だ。貼りだされていたぞ?」


 セスが、まるで我が子の偉業のように微笑んだ。


「道理で、初対面の時にどっかで見たことがあると思ったら」


「知らないうちにそんなに有名人になってたんだ、ボクは」


 講義が終われば、すぐに寮へと帰る。それがロニアの毎日だった。

 十七歳ともなれば、友や恋愛に耽る時期なのだろうが、ロニアは興味がないと言った様子で、ただ時が流れるままに過ごしている。

 内心、これでいいのかという焦燥もある。天界を追放された理由がそれだからだ。何かしら行動を起こすべきだと、心の中の使が囁く。

 だが、些か悪魔のほうが優勢で、ぐうたらして楽な方に進むのが常だった。


「さて、私がここに来たということは、君たちに特別チャンスが与えられるという訳だ。テキストにて、疑問点があれば何でも聞くといい」


 セスの機嫌が、今までにないほどに高揚している。その証拠に、今日の彼女は打てば響く。

 マチィナが投げかけた質問、【鳥型砕獣の生態は変ではないか】に対し、セス先生は即座に【ダンジョン内で死亡した鳥を模倣した個体が爆増しただけ】と回答した。

 これなら、自分の助けはいらないだろうとロニアは安堵した。


 問答は陽が沈むまで続き、そろそろ寮の門限が近づいてきた。

 教師たるもの、生徒を遅くまで外出させるわけにはいかないので、セスは切り上げた。


「砕獣学は、午後にある。二階の240号室だから、迷うんじゃないぞ。あと、徹夜で詰め込むのもタブーだからな」


 ─────────◇─────────


 校門で別れた。セスは教師寮なので、生徒とは反対方向へと向かって行った。

 女子寮と男子寮は離れているので、カレン達とも別れてリウとしばらく共に歩いた。


 二人は、特別仲が良い訳ではないが、かといって険悪でもない。口数は少なく、たまに世間話を挟む程度だった。


「どうやったら、お前みたいに魔法を上手く扱えるようになるんだ?」


「悪いけど、それはボクにもわからない。自慢のようにも聞こえるかもしれないけど、気づけばこの実力にまで上り詰めたんだ」


「……そうか」


「(実力があるなんて、いいもんじゃないけどなぁ)。どうして上手くなりたいの?」


「俺、魔兵士になりたいんだ。砕獣だけじゃなくて、他国と戦争になったとき、俺がこの国を護りたい」

 

 リウに、淡い期待を抱いていたロニアは落胆を覚えたが、顔には出さなかった。

 結局、人間は争う。二百年前にあった大戦争の時、溢れた魂を天界では処理しきれず、辺獄送りを余儀なくされた魂がいくつかあった。

 天使には、人間のことは解らない。姿は似ていても、根本から違う生命体なのだ。


「護る、ねぇ」

 

 だが、リウには殺戮願望が無いという事はロニアでもわかった。

 護るという言葉が、ロニアをチクリと刺す。

 

 リウの体内にある魔力の流動を見れば、とても不安定だとわかった。今にも崩れそうな堤防のように、いつ溢れるかわからない。


『いつか、その身を壊すことになるよ』


 喉奥まで這い上がった言葉を、欠伸で押し殺した。

 どちらにせよ、ロニアの関与することでは無い。彼自身で解決すべき問題だ。


「ま、頑張って」

 

 男子寮は、とても騒がしい。どんな場所でも、いくつになっても、男子というのは活発すぎるものだ。

 ロニアは、この喧騒が嫌いではなかったが、流石に深夜に暴れるのは勘弁願いたいものだった。


「じゃ。俺の部屋は三階だから」


「うん。そんじゃお休み」


 ロニアの部屋は、九階にあった。この寮は、二人一部屋と言った形で、ルームメイトとの共同生活をしなければならなかった。

 愉快な同居人の待つ、958号室の戸を開けた。すると、顔面をぼふっと何かが覆った。


「ぐえっ」


「アッハハ!ぐえっ、だってさ!」


 白く柔らかいそれは、枕だった。ロニアが来ることを見計らって、魔法による固定砲台を設置していたのだ。

 夜中だというのに、なんと元気なことだろう。そのパッションが羨ましかった。


「ネヴィル……。なんだよいきなり……」


「いや~ごめんごめん。勉強してたらフラストレーションが溜まっちゃって。発散ついでにロニアを驚かせてやろうかなって!」


 ネヴィル・カデン。ロニアのルームメイトである。魔法建設学科の生徒なので、応用魔法学科のロニアと校内で会うことはない。

 ロニアとは正反対の性格で、真っすぐで陽気で、何事にも全力と暑苦しい奴とロニアに評されている。魔術の腕は、平均といったところだ。


「あのねぇ、ボクはおもちゃじゃないんだけど?それに埃が舞うじゃないか」


 言って、ロニアは枕を投げ返した。顔面に直撃。反撃。

 枕投げは三分ほど続き、二人は肩で息をしている。汗をかいたロニアは制服を脱ぎ、備え付けてある浴室へと向かった。

 ネヴィルの視線が、別の方向を向いているのを見計らって、素早く躰にタオルを巻いた。


 「おっ。風呂かぁ。俺も一緒していいか?」


 「冗談じゃない。ボクにそんな趣味はありません」


 「えぇ~?いいじゃあん~?友達だし隠すもんもないだろ~?」


 「やめっ、くっつくなって!タオルがずれるでしょうが!」


 試験前日とは思えぬほどに、騒がしい夜だった。ロニアの体格も顔つきも、中性的とは言えど、こうしているところを見ると、やはり男児であった。

 結局、一睡もすることはなく朝を迎えた。

 

 「……はあああ眠い!どうしてボクが建設を教えなきゃならないんだよ!」


 「だってお前は物知りじゃん?ダメもとで訊いたらラッキー!まさかそれにも詳しいなんてさ!」


 胸元がむかむかする。これが、徹夜か。趣味が惰眠のロニアには、これは随分と堪える。

 試験をさっさと終わらせて、寮で寝よう。制服を纏い、ロニアは発った。

 入浴中のネヴィルを放っておいて。

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