【第三話 変わること】

 がらんとした部室だった。中央にどんと置かれた机以外に、目立つものはない。窓から仄かに明かりが差し、その明るさが寧ろ、閑古鳥を喜ばせた。

 

 入室すると、埃が舞い、鼻をくすぐった。セスも、何度も鼻を擦っている。カレンは窓を開けて、空気を入れ替えた。椅子があったので、ずっと立ちっぱなしのロニアは有難く座らせていただくことにした。

 

「……クラブ活動と聞いたが、それらしい活動の痕跡が見えん」

 

「えっと、その……、非公認なんですよね」

 

「非公認?」

 

「クラブメンバーが、規定の四人以上を満たしていないんですよ」

 

 とほほと、カレンが眼鏡を拭きながら言った。ロニアは脚を組み、両手を後ろで組みながら聞いていた。セスが青魔法を使用し、紙束とペンを取り出す。収納の魔法だ。


「で、今何人だ?」


「三人です。私と、あと二人は魔方陣アートの講義中で今はいません」


「そこにロニアが加わって条件が満たされるって訳ね。私という顧問も付いて、一石二鳥か」


「ロニアくんに関しては、偶然みたいなものですけどね。先生には、藁にもすがる思いでお訪ねしたんですよ。条件を満たさなくても、特例で何とかって」


 セスは表情を変えず、ならんだろと一蹴した。

 その応えを予測していたように、カレンは苦笑する。ロニアは、釈然としなかった。まだ肯んじていない。


「あの、ボク抜きで話を進めないでもらえます?まだ加入すると言ったわけじゃないんですけど?」


「そう冷たいことを言うな。加入してくれたら、特別単位をやろう」

 

「それ、教師として大丈夫なやつですか?」

 

「全然ダメ」

 

「職権濫用じゃないですか!!」

 

 立ち上がって抗議する。第一、毎日の砕獣退治で手一杯だというのに、これ以上やることを増やされたら、ロニアの暇というものが泡沫に消えてしまう。週末の予定を聞かれて、「ずっと寝てます」と答えるようなロニアだ。忙殺はかなり堪える。

 

「レポートの件なら、私が少しは補佐する。だからさ、頼むよロニア。私からのお願いだ」

 

 入学当初から、セスはロニアの孤独をすぐ感じ取って、ずっと気にかけてくれていた。正直煩わしいと感じたこともあったが、今となっては慣れたものである。誰かと話していると、不安感が薄れるような気がした。─だが、話題が話題である。不安感の塊のような話だ。しばらくの沈黙の後、ロニアがようやくため息をつきながら言った。

 

「……しかも、単位なんてボクには関係ないですよ。満点なんて当然だし」


「……意欲態度も、評価の内だぞ。そこを突かれて、仮に寮を追い出されでもしたら……」


「……脅しのつもりですか?お金には……まあ困ってますけど」


「好きだろう、寮のベッドは。あたたかいし、ふかふかだ」


 ベッド。ロニアの聖域である。何者も、その領域を穢すこと能わない。躰を横にして、目を瞑ればもう朝だ。硬い地べたに横たわるなんて、考えたくもない。


「わかった、わかりましたよ……。もう、ヒドいな」

 

「入ってくれるだけでも嬉しいよ、ロニアくん!」


 カレンが、ニコッと笑顔を見せた。太陽のように明るい笑顔だった。セスが微笑し、書類に筆を走らせた。部屋の角に、丸められた紙束が円柱状の管に突っ込まれていたのを、ロニアは目にした。今にも溢れ出しそうだ。


「ねぇ、あれは?」


「あれは、ダンジョンの見取り図だよ。私の担任の先生から貰ったんだ」


「見取り図……。そうか、君の担任は、セブチカ先生なのか」

 

「セブチカ先生、ってどなたなんですか?」

 

「ダンジョン地政学の担当をしている教師だよ。確か、君も受講しているはずだ」

 

 記憶の奔流を辿ってみる。人の名前を覚えることは、天界にいたころから苦手だった。まあ、天界での人というのは大概が浮遊する火の玉でしか無かったが。

 

 ─思い出した。かつてロニアにチョークを投げつけた教師。彼がセブチカ先生だった。立派な口ひげに、七三分けの初老の男性。確か自己紹介の時に、趣味は美術館めぐりと話していたような気がする。

 

「ここにあるのは、既に調査して砕獣の分布も確認したものなんです。今調査しているのは、これです。昨日いたところとは違いますけど」

 

 言って、部屋の隅に追いやられていたロッカーから、ロニアの身長ほどの紙をカレンは取り出した。ロニアは同学年から見ても小柄な方で、時に女子にも間違えられる程だ。

 

 カレンがその紙をばっと広げると、それは描きかけの地図だった。第一層の攻略は済んだそうだが、二層からは入口から少し進んだ程度で白紙になっていた。

 

「なるほど、小型砕獣の姿が極端に少ない、か。確かに、一層の時点で一体も確認できないとなると、異常だな」

 

「暗所を好みつつも、日光がないと身体が砕けますからね。 砕獣というのは」

 

 セスの分析に、ロニアが相槌を打った。違和感を覚えた。現在調査中のダンジョンがあるのなら何故、昨日はあそこにいたのだろう。彼女らが人型砕獣と相対していたのは、第四層あたりだった。マルチタスクのつもりなのか。ロニアの疑問を代弁するように、セスが訊ねた。

 

「ん? ちょっと待て。ここを調査中と言うのなら、何故あのダンジョンに?」

 

「それが私、妙なものを感じたんです。魔力探知が得意なんで、ダンジョンの魔力の流れというのは大体覚えてるんですよ。でも、昨日は違ってて。だから、急遽探索することにしたんです」

 

「で、人型砕獣と遭遇したってことね」

 

「そうだね。あの時は、死ぬかと思ったよ」

 

 苦笑するカレン。


 セスは窓際まで歩き、外を見渡していた。膜に護られているこのクリスタリア学院領兼民主国だが、かつてのラグナロクの伝承により、いつこの膜が破られるかという恐怖が人々の心中にある。

 ロニアとカレンの会話を聞きながら、己が今まで見てきた砕獣を振り返る。

 

 小型の砕獣の脅威は少なく、愛玩動物として欲しがるマニアもいる。洞窟付近に放牧すれば、勝手に岩石を食べて育つし、排泄物の処理もしなくていい。岩を食って、岩を出すのが砕獣だからだ。


 中型、果てには大型ともなると、危険度は大幅に上昇する。知性を持ち始めるからだ。餌は変わらず岩石だが、狩りを行う。人間と同じように、娯楽としての狩りだとロニアは仮定し、セスもそれに肯じていた。


 しかしながら、人型の砕獣など、あの時彼女が遭遇し、脚を負傷するまで考えもしなかった。相対した時の、名状しがたい感覚を、今でも覚えている。ロニア達がけろっとしているのが不思議なほどだ。


「この違和感は、実は二ヶ月前から続いてたんだよね。 みんなビビっちゃって、尻込みしちゃったんだ」


「人型砕獣。カレン学生、君は、奴らの脅威を知らぬだろう」


 ロニアはともかく、カレンは知っておくべき事項だった。渾身の雷魔法、ライトニングが吸収されてしまったのだ。それは赤魔方陣で、上級魔法であるはずだった。

 セスは振り返り、逆光が彼女の表情を隠す。


「かつて、私が君たちぐらいの時。まあ、十年ちょっと前だがな。人型砕獣というのは、都市伝説でしかなかった。もともと、砕獣の核というのはカビで、知性を持たない生物を模倣しているというのは、君たちに教えた記憶がある。捕食活動も、鉱山の岩をかじるだけ。だが、人型ともなると話が変わってくる。あれは――」


「異常種なんでしょ。話聞く限り、岩食ってる生き物が人間を襲う理由として、防衛としては違うよね。狩りとかそういうのにボクは見えたけど」


 ロニアが、セスの分析を遮った。


「概ね、私の仮説と合致しているが……うぅむ。いざ生徒に立場を取られると悔しいものがあるな。」


「異常種?」


 カレンが、挙手してセスに訊ねた。生きるために捕食するのが、全ての生き物の常である。他の砕獣も、そうだった。

記憶を反芻してみると、あの人型砕獣には大きな違和感があった。それは、当初からずっと覚えていたものだ。

あの動きは、狩りのそれではない。剣闘士に近かった。かつて、剣闘士の魂を担当したことがあるからわかる。


「私も奴に遭遇し、負傷したが何とか逃げおおせた。闘いを楽しんでいるような動きだったな」


「双斧を振るっていたっていうのも、変だよね~。穿つんじゃなくて、斬るためのモンだもん。自然界にいないでしょ、斬りつける生き物ってのは」


 ロニアが補足した。武器を持つというのは、明らかに知恵の証である。トラなどのように、躰の一部がそうなっているのではない。

武器を作り出し、それを戦いに用いているのだ。


「生態系が、大きく変わろうとしている。我々人類に対する、警告なのかもしれんな」


 セスが、大きく息をつきながら言った。

 長く揺れる髪を振りながら、真っ黒な眼で二人の生徒を凝視する。

 特に、ロニアを注意深く眺めていた。


「な、なんですか?」


「いや。ただ、君ならどうにかなるだろうと思っただけだ」


 背後。ドアが開くと、二人組が現れた。桃色の、ふわふわした髪の女子と、鋭い目つきだが、まだ幼さが見える赤髪の男子だった。

 どちらも、ロニアより背が高い。セスに会釈をした二人は、部屋の角にいるロニアを見るや否や一歩後ずさった。


「コイツは……?」


「大丈夫だよリウ。この人は、私が推薦したの」


「カレンが? 大丈夫なのです?」


 リウと呼ばれたのが赤髪の青年。ならば、こっちはマチィナだろう。

 洞窟で、その名前を聞いたことがあるのをロニアは覚えていた。

 どちらも、今のところはあの救世主がロニアとは気づいていない。

 ──気づかなくてもよい。


「私はセス。君たちの顧問をすることになった。そこにいるのは私が面倒を見ているロニア・ロンドだ。人づきあいが苦手なだけで、悪い子じゃない。仲良くしてやってくれ」


 先ほど教わった、をロニアは試みた。

 二人とも、快くとまではいかないが応えてくれた。潔癖なのだろう。


 握った手から、二人の実力が伝わってくる。どちらも、カレンには及ばない。だが、潜在的な何かを感じ取ることができた。

 こいつらは、磨けば光る。だが、自分の仕事ではない。ロニアは、内心思った。


「よろしく、ボクはロニア」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る