第6話 真相の深層

「さて、と」


 慌ただしく、職員室に向かった日向を見届けてから、東堂は高嶺の方を向く。

 ここからは「観測者」である自分の領分だと思っていた。


「藍沢さんって、変わってるけど、ですね」


 高嶺が微笑んだまま、声をかけてくる。

 だが、彼が掴んでいる情報を踏まえると、それは、とても歪んだ笑みに見えた。


「……そうですね。

 まあ、変な口調と服装ですし、生意気ではありますが、は、真剣に『探偵』をやろうとしている。それは間違いないと思います」


 話しながら、東堂は初めて藍沢が自分に情報提供の依頼をしてきた時のことを思い出す。


 女子生徒ながら、男みたいな服装と口ぶりなのに面食らったが、どうやら、彼女が敬愛する名探偵を真似しているらしいと気付いてからは、彼女のキャラクターを、とても興味深く感じるようになった。


 ドジで間抜けで猪突猛進なその性格は、とても探偵に向いているとは思えない。


 だが、東堂にとってその真剣さはどこか微笑ましく、彼の「観察対象」として、藍沢への情報提供は惜しまないようにしていた。


「だから、あまり彼女を誑かさないようにしてもらえますか?」


 東堂の言葉に少し虚をつかれた様子の高嶺。


「えーと、何の話かしら?」


「……あなた、真鍋柚希と、そんなに深い仲ではないでしょう?」


 日向は、「親友の」高嶺澪が、依頼をしてきたと話してきた。

 だが、東堂の掴んでいる情報では、彼女はただのクラスメイト程度の関係だった。


「おおかた、急に不登校になった有名人の不登校の理由をいち早く把握することで、その情報を、自分を顕示するための何かに活用できないか、と思ったとか、そんなところではないですか?

 結局、あなたも、数多の野次馬と同じ穴の狢だった、というわけだ」


「あら、別に嘘をついたわけではないわ。私は彼女を『親友』だと思っている。

 親友の定義なんてそもそも曖昧なんだから、それで十分でしょう?」


 顔に笑みを張り付かせたまま、高嶺が答える。

 

「正直、あなたが何のために、今回の依頼をしたかは、僕にとって、どうでもいいんです。

 ただ、日向をこれ以上巻き込むのはやめてもらえませんか?

 あいつは、あいつなりに、真剣に依頼人のために最善を尽くそうとしているんです。

 その気持ちを安易に踏み躙ることは……、不快です」


「東堂君って、クールな印象だったけど、情熱的なところもあるのね。

 そういう男の子は好きよ」


 茶化そうとする高嶺の言葉には答えず、東堂は黙って彼女を見つめ続ける。


「……わかったわよ。正直、そんなに面白い真相でもなかったしね。

 真鍋が本当に落ち込んでたのだとしたら、クラス全体で励ますように扇動したり、彼女自身の弱みに付け込んで色々協力してもらったり出来たと思うんだけど……。

 この依頼は、ここまでにするわ。藍沢さんにもこれ以上関与しない」


「……よろしくお願いします」


「じゃあ、私も退散するわね。またどこかでお会いしましょう、『名探偵』さん」


「僕は『探偵』ではありません。『観測者』です」


 東堂の答えを無視して、高嶺はひらひらと手を振りながら部室を去る。



——数日後、


 藍沢がシガレットのお菓子を咥えながら、ブツブツ言っている。

「おかしい、事件を解決したのに、高嶺先輩が冷たい……」


 やっぱり変なやつだ。だが、見ていて飽きない。


 東堂は、自分には「色」がないことを自覚していた。むしろ、色をなくすように生きてきたと言ってもいい。

 だからこそ、彼は色がある人間に惹かれる。


 ……まあ、また情報提供を頼まれたら、助けてやるか。

 そんなことを考えていたら、藍沢がいきなりこちらを向く。


「なお、東堂。やはり、探偵というものは孤独を愛さないといけないのだろうか……」


「というか、単純に、お前のドヤ顔が気持ち悪かっただけじゃないか?」

 東堂は、笑いながら答える。


 藍沢は、むくれた顔で、シガレットを噛み砕く。



 東堂は思う。

 高度に情報化が進む社会で、「探偵」は必要とされるのだろうか。

 

 ——いや、考えるまでもない。今回の件のように、情報化による歪みが生まれることで、むしろ“事件“というものは、増えていくのだろう。


 何にせよ、彼女が名探偵と呼ばれるのにまだまだ時間がかかりそうだ。


 それまでは、じっくりと“観測“させてもらうとしよう。

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名探偵には早すぎる 瑞木 燐 @s01666tn

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