第4話 早すぎた“ソース“

 手始めに私は、3年生の生徒を中心に、成績提示の不正の噂についての聞き込みを行った。それぞれの生徒の情報を丹念に繋げていくと、噂のルートの流れが見えるという寸法だ。


 ——だが、早々に難航する。


 所詮は学生の噂話。基本うろ覚えであるため、一部の聞いたタイミングが、成績提示の前から流れていたという情報がフロックとなり、ルート自体が循環参照のようにグルグル回ってしまうのだ。


 ……私は、別の視点からアプローチすることにした。


「そもそも、現在提示された成績表の内容は正しかったのだろうか?」


 仮に不正が行われている場合、差し替えや検証期間が設けられると思うのだが、少なくとも私の知っている範疇では、そのようなことが行われたとは聞いていなかった。



 ——それについて、思った以上にあっさりと答えがわかる。


「バカ言え。不正なんぞ行われている訳があるか」

 『中間で不正があったのか』ストレートに質問した私の頭を、担任が軽く叩いた。


「いたっ。でも、そんな噂があるんですよ!」

 私はめげずに担任に食いつく。


「まあ、その噂は俺も聞いたけど、絶対にないぞ。

 最近じゃ個人情報だなんだあるからな。仮に教師である俺がやろうと思っても、不正の方法なんて思いつかないくらいだ」


 黙り込む私に、担任が続ける。

 「ほらみろ。結局、噂は噂だってことだ。

 だいたい、お前は成績はいいのに、なんだって『探偵部』なんて変な部活をやっているんだ?

 その服装だって、全然似合ってないぞ。そもそも……」


 話が変な方向に行きそうだったので、私は曖昧な笑いを浮かべつつ、退散することにした……。



 ——打ち手をなくした私は、やむをえず部室に戻り、噂の“フローチャート“を見ながら一人考える。


 「全く、謎めいてきやがった……」


 そう呟くと同時に、私の腹が鳴る。そういえば捜査に夢中で、昼食がまだだった。

 もう、食堂も閉まっている時間なので、私はストックしてあったカップ焼きそばを食べることにした。 


 ……しかし、やはり、この謎は呪われているのだろうか。お湯を入れて3分待ち、お湯を切ったところで、私は絶望の雄叫びを上げることになる。


「——??%$#▲□38jai!?」


 流れていくお湯が「茶色く濁っていた」……。

 ——そう、私はカップラーメンと間違え、ソースを先に入れてしまっていたのだ!


 なんとかいけないかと思い、とりあえず、ほとんど色がついていない焼きそばを啜ってみる。

 ……まずい。涙が出てくる。

 それを、昨日の残りのポケットティッシュで吹いている時に、ふとフローチャートが目に入る。



 そこで私は閃く!


「……そうか、順番が『逆』だったんだ!」



 そうなれば、ほとんど色がない焼きそばなど、もはやどうでも良くなった。

 私は、自分の考えを確認するために、学園新聞が保管されているであろう図書室に向かって駆け出した。



 ——翌日。

  私は、渦中の“優等生“、真鍋柚希の家の前に立っていた。

  少し緊張しながら、玄関のチャイムを押す。


  事件の真相に近づいているという手応えはあったものの、もし私の推理が正しければ、彼女が引きこもってしまった理由が、よくわからなくなってしまっているのも事実だった。

 それを、確認しに来たのだ。


 初対面の真鍋に警戒されないように、不本意ではあるが、いつものスーツ姿ではなく、“私服“でやってきた。


 ピンポーン


 私の緊張をほぐすように、私の家と同じ、何の変哲もないチャイム音が鳴る。

 居留守を使われるかもしれないとも思ったが、拍子抜けするほどあっさりとインターホンが声を発した。


 「はい?」


 若い声だ。真鍋柚希本人だろうか?

 「あ、あの、突然すみません。私、1年の藍沢と申します。部活動の件で、真鍋先輩にお伺いことがありまして……」


 「はあ。ちょっとお待ち下さい」


 ……彼女の声色に違和感を感じる。

 玄関の扉が開くまでの間、私は依頼人の高嶺澪から聞いた話を整理することにする。

 

 真鍋柚香は優等生だ。これまでの定期テストで、学年1位の座を受け渡したことはほとんどないらしい。実際、今回の中間考査でも、ダントツの1位だった。


 ところが、例の「噂」によって、彼女は酷く傷ついてしまい、それから学校に来なくなってしまった……。


 つまり、ここにいるのは、自身の努力が認められず、心無い噂によって心を閉ざしてしまった、「悲劇の少女」のハズだ。その割に、彼女の声のトーンはあまりに「普通」だった……。



 ガチャ


 ドアの鍵を開ける音がして、ゆっくりと扉が開く。


 そこで私は、自分が持っていた先入観の愚かさに気づく。色眼鏡は探偵が最も持ってはいけない道具の一つだ。


 扉から出てきた女子生徒は、私が見上げる程大柄で、活発そうなショートカットをしていた。

 まるで、私を睨みつけるその目は、気の強さを如実に示しており、私のイメージとは全く異なる女性がそこに立っていた。


 「えっと、藍沢さん、だっけ? 1年生がわざわざ家まで来て、私になんの用?」


 彼女が真鍋柚香で間違いないようだ。

 私は、少し気圧されながらも、ここに来た経緯について、彼女に説明する。


 

 ……そこで、彼女から聞いた話は、私の思い込みを大きく裏切る内容だった。



 全く、「事件」ってやつは、常に想像の斜め上を行きやがる。

 だからこそ、我々探偵は泥まみれになりながら、足で稼ぐ必要があるんだろう。


 そんなことを、私は痛感させられていた。

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