最終話:灰色の再演、あるいは愛という名の終身刑

 すべての変数が確定し、数式の最後の一行が記述されたとき、系はもはや外部の干渉を必要としない「完全な調和」へと至る。  

 自由という名の無秩序を捨て、束縛という名の論理を選んだとき、人は初めて「個」という定義から解放される。

 西日に照らされた誰もいない教室は、あまりに静謐で、けれど僕の左右に座る二人の少女が放つ執着の熱量は、春の夕暮れを焦がすほどに濃密だった。


 式典を終え、喧騒が遠ざかった放課後の教室。  


 僕たちは、始まりの場所である「三つの隣席」に座っていた。    


 一度目の人生で阿久津が僕に強いた冤罪という名の「悪意」。  

 二度目の人生で白砂が僕を閉じ込めた隠蔽という名の「救済」。  


 そのすべては今、剥き出しの真実となって、僕の目の前に横たわっている。


「……もう、嘘を吐く必要も、何かを隠す必要もないのね」


 左隣で、白砂が僕の制服の裾(すそ)を、指が白くなるほど強く握りしめた。  

 彼女の「つん」とした氷の面影は、僕の支配を受け入れたことで、もはや隠しきれない情念を透かす硝子細工へと変わっている。


「私があなたを独占するために重ねた論理も、阿久津さんがあなたを壊そうとした血の衝動も、すべてはあなたという唯一の正解に辿り着くための前奏曲だった。……玖島君。嘘が暴かれ、あなたが真実に救われた今、私は……一生をかけて、あなたを私の愛という名の檻で、美しい標本にしてあげる」


 白砂が僕の左腕に顔を寄せ、その冷たい吐息を僕の肌に吹きかける。  


「ふふ、標本だなんて、やっぱり夢がないわね、白砂さん」


 右隣から、阿久津が僕の右腕を抱きしめ、僕の首筋に自分の熱い体温を押し当ててきた。


「お兄ちゃんを救ったのは、私の悪意(あい)よ。……一度壊れた鏡は、もう二度と元には戻らない。だからこそ、私たちが一生をかけて、その破片を拾い集め、お互いを傷つけ合いながら繋ぎ止めるの。……それが、私たちが選んだ、地獄のような幸福(ハッピーエンド)でしょ?」


 阿久津の指が、僕の右手の甲に自分の爪を立てる。  


 痛み。


 けれど、それは僕が確かにこの世界で「生き、支配している」ことを証明する、何よりも甘美な刺激だった。


 灰色の再演。


 冤罪という悪意によって始まったこの物語は、今、二人の少女による濃密な「執着という名の救済」によって、一分の隙もなく埋め尽くされた。


 僕は、左の白砂の髪を撫で、右の阿久津の肩を引き寄せた。    


 かつて、独りで絶望に震えていた僕を救ったのは、綺麗な正義でも、温かな赦しでもなかった。  


 僕を絶対に離さないと誓う二人の少女の、歪で、狂気的で、けれど一点の曇りもない「執着」だけが、僕の魂に新しい定義を与えてくれたのだ。


「……行こう。僕たちの、新しい箱庭へ」


 僕が立ち上がると、二人は示し合わせたような正確さで、僕の左右に寄り添った。    教室の扉を閉める。  


 カチリ、と。  


 それは、卒業という名の儀式が終わった音ではなく、僕という支配者と、僕を愛する囚人たちによる、閉鎖された楽園の完成を告げる音だった。



 嘘が暴かれ、僕が救われるとき。  

 世界で一番、甘美な監獄の扉は閉まる。



 校門を出る僕たちの背後で、夕日は灰色の校舎を赤く染め上げ、影を一つに溶かし合わせていた。    


 隣を歩く白砂が僕の裾を掴み、阿久津が僕の腕を奪い合う。  


 そのギスギスとした、けれど途切れることのない罵り合いを聴きながら、僕は支配者としての穏やかな微笑みを浮かべた。    



 ――ああ。  



 この救済(しゅうしんけい)は、永遠に終わらない。


(完)

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灰色の再演。冤罪を強いた悪意を、隣の席の美少女が「執着という名の救済」で埋め尽くす @muniyu

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