第十三話:論理の卒業、あるいは永遠の隣の席(中編)
第十三話:論理の卒業、あるいは永遠の隣の席(中編)
儀式とは、不確定な未来を既定の事実へと固定するための社会的なプログラミングだ。
体育館に整列した数百の個体は、卒業という単一のプロトコルに従って状態を遷移させる演算の断片に過ぎない。厳かな静寂を模したこの空気は、あちこちで綻びた未練や羨望を隠蔽するための、最も洗練された嘘の形だった。
壇上では、卒業生総代として阿久津ななみが立っていた。
スポットライトを浴びる彼女の姿は、学園の女王としての完成された美しさを放っている。一度目の人生では僕を破滅させたその唇が、今は全校生徒を魅了し、畏怖させるための言葉を紡いでいる。
「――私たちは今日、この『灰色』の三年間を終え、それぞれが選んだ定義(みち)へと進みます」
阿久津の声が、マイクを通じて冷徹に、けれど僅かな熱を帯びて体育館に響く。 彼女の答辞は、一見すればどこにでもある決別の辞に見えるだろう。だが、その一語一語に込められたメタ・メッセージを、僕と、そして僕の隣に座る白砂だけが、毒を飲むような感覚で受け取っていた。
「記憶とは、時に残酷な嘘をつき、時に美しい虚構を見せます。けれど、消えない『血』の証左と、上書きできない『執着』の記録だけは、時間が巻き戻ろうとも、決して失われることはありません」
阿久津が、壇上から僕の瞳を真っ直ぐに射抜いた。
全校生徒が息を呑む。彼女が誰に向けてその言葉を放っているのか、かつて僕を嘲笑った連中には理解できない。ただ、その剥き出しの「意志」に気圧(けお)されているだけだ。
「……玖島君。聴こえる? あの女の、傲慢な宣戦布告が」
左隣に座る白砂が、僕の裾(すそ)を握りしめたまま、低く、冷ややかな声で囁いた。
彼女は前を向いたまま一歩も動かないが、その指先は小刻みに震えている。阿久津が公衆の面前で示した「血の絆」という優越性に対し、彼女の知性が激しい拒絶反応を示しているのだ。
「彼女は、あなたを過去に縛り付けようとしている。……でも、私の計算に間違いはないわ。卒業という名の手続きを経て、あなたを社会から隔離し、私の『論理』の中に閉じ込めるためのプロセスは、もう誰にも止められない」
白砂は、僕の左手に自分の手を重ねた。
壇上では阿久津が。隣の席では白砂が。
二人の少女が、卒業式という公的な舞台を私物化し、僕という存在の「所有権」を巡って、見えない火花を散らしている。
「……私たちは、忘れません。隣にいた者の温もりを。そして、これから一生をかけて完遂すべき『救済』の義務を」
阿久津が答辞を締めくくり、深く頭を下げた。
嵐のような拍手の中、彼女は壇上を降りる際、一瞬だけ僕を見て、その紅い唇を微かに動かした。
(――愛してるわ。お兄ちゃん)
その言葉は、誰にも届かない。けれど、僕の右腕に絡みつくような、重く、粘度の高い感覚だけが確かに残った。
白砂が僕の手を、握りつぶさんばかりの力で握りしめる。
かつて冤罪という名の「悪意」が僕を埋め尽くしたこの場所は、今や二人の少女による、あまりに濃密で狂気的な「執着」の舞台と化した。
僕は二人の少女の間に挟まれ、椅子に深く背を預けた。
卒業。それは自由への旅立ちではない。
僕が彼女たちを支配し、彼女たちが僕を救済し続けるという、終わりのない「愛という名の終身刑」を執行するための、法的な手続きに過ぎなかった。
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