第十一話:席替えの論理、あるいは確定する三角形(後編)
四限終了を告げるチャイムの音は、均衡を維持していた高圧的な静寂を切り裂く、開戦の合図に等しかった。
エネルギーの散逸(さんいつ)が始まり、系は新たな動的平衡へと移行する。放課後を待たずして訪れたこの「昼休み」という空白は、彼女たちが溜め込んできた毒を吐き出すには、あまりに格好の舞台だった。
教師が教室を去った一秒後、僕の両隣から異なる性質の「圧力」が立ち上がった。
「……玖島君。先ほどの授業中、右側からの低俗な物理干渉(接触)によって、あなたの集中力が 15%以上阻害されていたわ。これは論理的な損失よ」
白砂がノートを閉じ、冷徹な視線を阿久津へと向けた。
彼女の「つん」とした氷の仮面は維持されているが、僕の左の裾(すそ)を掴む指には、隠しきれない独占欲が脈打っている。
「損失? 面白いことを言うのね、白砂さん」
阿久津が、僕の右腕を抱きしめるようにして、挑発的な笑みを浮かべた。
「お兄ちゃんが求めているのは、あなたの書く乾いた数式じゃないわ。もっと根源的な、肌が触れ合うことでしか得られない『血の安らぎ』よ。……一度壊れた彼を、再び組み直せるのは、同じ破片を持つ私だけなの」
「組み直す? あなたがしているのは、ただの再破壊(スクラップ)よ。……玖島君は、私の『聖域』で、不純物のない標本として完成されるべきなの。血なんていう不確かなノイズで、彼を汚さないで」
白砂の声が、研ぎ澄まされたナイフのように空気を切り裂く。
阿久津の瞳には、かつて僕を陥れた際の悪意が、今は「私だけを見て」という猛毒の愛へと変換されて宿っていた。
教室内の空気が、異様なまでの緊張感に包まれる。
クラスメイトたちは、かつて僕を冤罪で追い詰めた「悪意の集団」だった。だが今、彼らが目にしているのは、学園の女王である阿久津と、孤高の才女である白砂が、一人の少年を――かつて自分たちが踏みにじったはずの少年を――狂おしいまでの執着で奪い合っているという、理解不能な光景だ。
「……二人とも、そこまでだ」
僕は、左の白砂の手を握り、右の阿久津の肩を引き寄せた。
「……っ」
「お兄ちゃん……」
二人の少女が、同時に息を呑む。
僕は二人を平等に見つめ、慈しみと支配が同居する、冷徹な微笑を浮かべた。
三度目の人生において、僕はもはや「救われる側」ではない。彼女たちの歪なエゴ、その執着という名の猛毒を、喜んで飲み込む「定義者(マスター)」なのだ。
「白砂さん、君の論理は美しい。僕を標本にするがいい。阿久津、君の血も心地いい。僕をその執着で埋め尽くしてくれ。……ただし、どちらか一方が勝つことはない」
僕は二人の耳元で、甘く、逃げ場のない宣告を囁いた。
「君たちの『救済』が僕を埋め尽くすこの場所こそが、僕が定義した三度目の箱庭だ。……僕を奪い合い、憎み合い、けれど僕なしでは息もできない……そんな地獄のような幸福の中に、一生閉じ込めてあげるよ」
白砂は、知性を凌駕するほどの支配に恍惚(こうこつ)として顔を赤らめ。
阿久津は、自分の悪意さえも支配されたことに、歓喜の涙を瞳に浮かべた。
かつて冤罪という悪意で灰色に染まっていた世界は、今や、二人の少女による濃密な「執着という名の救済」によって、一分の隙もなく埋め尽くされている。
僕は、左の裾を掴む白砂と、右腕に縋る阿久津を連れ、静まり返った教室の中を歩き出す。
これこそが、僕が導き出した三度目の人生の「正解」だ。 誰にも愛されなかった少年は、今、二人の少女の人生をその両手に握りしめ、灰色の再演を完璧な終焉へと導いていく。
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