第十二話:鏡像の聖域、あるいは共犯者の昼餐(前編)

 特権的な空間とは、物理的な障壁によってではなく、そこに介在する人間関係の「密度」によって定義される。  

 外部からの観測を遮断した系において、内部の熱量は指数関数的に上昇し、やがて既存の道徳という名の冷却系を焼き切る。錆びついたフェンスの向こう側に広がる空の青さは、あまりに無機質で、だからこそ、僕の両隣から伝わる「自分たちの色で塗り潰そう」とする執着の熱が、恐ろしいほど鮮明に際立っていた。


 四限終了を告げるチャイムから数分後。僕たちは、一般の生徒には立ち入りが制限されている屋上へと続く、最後の手すりを越えていた。  

 この場所を「三人の聖域」として確保することは、僕が導き出した最初の支配の証明だった。


「……玖島君。ここなら、不純なノイズは一切入らないわ」


 左側に歩く白砂が、僕の制服の裾を、いつものように……けれど以前よりもずっと強く、確信を持って掴んでいる。  

 彼女の「つん」とした氷の美貌は、僕を支配下に置こうとしていた二度目とは異なり、今は僕という「神」に仕えるための、研ぎ澄まされた知性の器へと変貌していた。


「ええ。あなたの休息を妨げるクラスメイトたちの卑俗な視線も、私がすべて論理的に排除しておいたわ。この座標こそが、今の私たちに相応しい箱庭よ」


「あら、白砂さん。排除だなんて、随分と排他的な言い方をするのね」


 右側に歩く阿久津が、僕の腕に自分の細い指先を絡め、優雅な仕草で笑う。  

 彼女が纏う空気は、一度目の人生で僕を陥れた「悪意」のそれではない。それは、自分の鏡像である僕を見つけた歓喜と、その鏡を二度と手放さないという、血に裏打ちされた狂おしいほどの「執着」だった。


「お兄ちゃんが求めているのは、そんな無機質な沈黙じゃないわ。……もっと、自分と繋がっているという実感。……そうでしょ? 私たちは同じ血を分け合い、同じ絶望を潜り抜けてきた。その共犯関係こそが、どんな理論よりも強固な壁になるのよ」


 白砂は僕の裾を掴んだまま阿久津を冷徹に睨み、阿久津は僕の腕を抱きしめたまま白砂を挑発的に見つめる。


 僕は、その二人の間に立ち、重い鉄の扉を開いた。  

 吹き抜ける風が、彼女たちの長い髪を揺らし、混ざり合わせる。    


 かつて、独りでこの空を見上げ、冤罪という名の死刑宣告を待っていた灰色の日々。  今、その景色の中心には、僕を愛し、僕に支配されることを選んだ二人の少女がいる。


「さあ、始めよう。……僕たちの、誰にも邪魔されない昼食の時間だ」


 僕がそう告げると、二人は同時に、僕に向かって、それぞれの「独占」の意志を込めた微笑を返した。  


 それは、世界で最も甘美で、最も息苦しい、支配者の昼餐の始まりだった。

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