第4話 小学生という難敵

時間が立つのは早い。この世界は割と悪くないなと思い始めてきた。

俺は、すでに小学生となっていた。


小学校という場所は、剣も魔法も通じない、非常に厄介な戦場だった。


「神代悠真くん、前へ出て自己紹介してください」


教壇の上に立たされ、無数の視線を浴びる。


……懐かしい。


かつては学園の講堂で、何百人もの生徒の前に立ったこともある。

それに比べれば――


「……神代悠真です。よろしくお願いします」


――この程度、余裕のはずだった。


「……」


「……」


沈黙。


なぜだ。なぜ誰も拍手をしない。


「え、終わり?」

「それだけ?」

「名前しか言ってなくない?」


ひそひそとした声が飛び交う。


……しまった。異世界の学園では、自己紹介とは「名と実力を示すもの」だった。


戦績も、称号も、全部伏せた結果、極端に情報量の少ない人間が出来上がってしまったらしい。



休み時間。


「ゆーくん、自己紹介あれでよかったの?」


彩愛が、首をかしげながら聞いてくる。


「……問題ない」


「でもさ、みんな『無口?』って言ってたよ」


「……無口ではない」


「じゃあ何?」


真剣に考える。


最強勇者。元・英雄。神殺し未遂。


……どれもダメだ。


「……普通」


「普通はあんな自己紹介しないよ」


即答だった。



その日の昼休み。事件は起きた。


「なあ神代。腕相撲しようぜ」


クラスで一番体格のいい男子が、にやにやしながら声をかけてくる。


――来たか。


この世界で最も厄介なイベントの一つ、子どもの力比べ。


――どうするの、悠真?


心の中で、セラが楽しそうに言う。


――ちょっと力を抜いて、机ごと粉砕?


「……それはダメだ」


――じゃあ、相手の腕だけ折る?


「もっとダメだ」


――注文多いわね。


俺は深く息を吐き、相手の手を握った。


「……始めるぞ」


「おう!」


――結果。


俺は、負けた。


「やった! 俺の勝ち!」


男子が大喜びする。


クラスも盛り上がる。


だが――


「……あれ?」


彩愛が、じっと俺の手元を見ていた。


「ゆーくん、今、勝てたよね?」


「……気のせいだ」


「絶対、力抜いたでしょ」


……鋭い。


――あの子、勘いいわよ。


「……偶然だろ」


――ふーん?


セラが、明らかに楽しんでいる。



放課後。


帰り道で、彩愛が隣を歩く。


「ゆーくんってさ、不思議」


「……何がだ」


「頭もいいし、運動もできそうなのに、目立たないようにしてる」


図星だった。


「……普通じゃないかな?」


「ふーん」


彩愛は少し考えてから、柔らかく笑った。


「じゃあ、普通でいよっか。一緒に」


その言葉に、胸の奥が、少しだけ締めつけられた。


「……ああ、そうだね」



夜。


布団の中で目を閉じる。


――小学生って、意外と大変ね。


「……そうだな」


――でもさ。


セラの声が、どこか楽しげだった。


――こういう日常を守るために戦うなら、悪くない。


「……戦う話はするな」


――はいはい。


静かな夜。


剣も魔法もない世界で、俺は今日も「普通」を選び続ける。


それがどれほど難しいことか、この時の俺は、まだ知らなかった。

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魔王は心に、神は隣に XenO @uyr2008

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