第4話 小学生という難敵
時間が立つのは早い。この世界は割と悪くないなと思い始めてきた。
俺は、すでに小学生となっていた。
小学校という場所は、剣も魔法も通じない、非常に厄介な戦場だった。
「神代悠真くん、前へ出て自己紹介してください」
教壇の上に立たされ、無数の視線を浴びる。
……懐かしい。
かつては学園の講堂で、何百人もの生徒の前に立ったこともある。
それに比べれば――
「……神代悠真です。よろしくお願いします」
――この程度、余裕のはずだった。
「……」
「……」
沈黙。
なぜだ。なぜ誰も拍手をしない。
「え、終わり?」
「それだけ?」
「名前しか言ってなくない?」
ひそひそとした声が飛び交う。
……しまった。異世界の学園では、自己紹介とは「名と実力を示すもの」だった。
戦績も、称号も、全部伏せた結果、極端に情報量の少ない人間が出来上がってしまったらしい。
◆
休み時間。
「ゆーくん、自己紹介あれでよかったの?」
彩愛が、首をかしげながら聞いてくる。
「……問題ない」
「でもさ、みんな『無口?』って言ってたよ」
「……無口ではない」
「じゃあ何?」
真剣に考える。
最強勇者。元・英雄。神殺し未遂。
……どれもダメだ。
「……普通」
「普通はあんな自己紹介しないよ」
即答だった。
◆
その日の昼休み。事件は起きた。
「なあ神代。腕相撲しようぜ」
クラスで一番体格のいい男子が、にやにやしながら声をかけてくる。
――来たか。
この世界で最も厄介なイベントの一つ、子どもの力比べ。
――どうするの、悠真?
心の中で、セラが楽しそうに言う。
――ちょっと力を抜いて、机ごと粉砕?
「……それはダメだ」
――じゃあ、相手の腕だけ折る?
「もっとダメだ」
――注文多いわね。
俺は深く息を吐き、相手の手を握った。
「……始めるぞ」
「おう!」
――結果。
俺は、負けた。
「やった! 俺の勝ち!」
男子が大喜びする。
クラスも盛り上がる。
だが――
「……あれ?」
彩愛が、じっと俺の手元を見ていた。
「ゆーくん、今、勝てたよね?」
「……気のせいだ」
「絶対、力抜いたでしょ」
……鋭い。
――あの子、勘いいわよ。
「……偶然だろ」
――ふーん?
セラが、明らかに楽しんでいる。
◆
放課後。
帰り道で、彩愛が隣を歩く。
「ゆーくんってさ、不思議」
「……何がだ」
「頭もいいし、運動もできそうなのに、目立たないようにしてる」
図星だった。
「……普通じゃないかな?」
「ふーん」
彩愛は少し考えてから、柔らかく笑った。
「じゃあ、普通でいよっか。一緒に」
その言葉に、胸の奥が、少しだけ締めつけられた。
「……ああ、そうだね」
◆
夜。
布団の中で目を閉じる。
――小学生って、意外と大変ね。
「……そうだな」
――でもさ。
セラの声が、どこか楽しげだった。
――こういう日常を守るために戦うなら、悪くない。
「……戦う話はするな」
――はいはい。
静かな夜。
剣も魔法もない世界で、俺は今日も「普通」を選び続ける。
それがどれほど難しいことか、この時の俺は、まだ知らなかった。
魔王は心に、神は隣に XenO @uyr2008
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