第1話

「あと一年です」


 消毒用アルコールの匂いに満ちた病室の中で俺は余命宣告をされた。あまりにも突然の宣告に、頭の中が混乱した。そんな俺に代わって、一緒にいた母さんが医者に聞き返した。


「一年、ってどういうことですか」

「邪念ですが息子さんはあと一年しか生きられません」

「で、でも手術を受けたら」


 母さんの言葉に、医者はカルテに目を落とした。


「申し訳ありませんが、この状態では手術を受けたとしても完治は断言できません。あと、成功率も低いです」

「そんな……」


 母さんの声は微かに震え、やがて静かに啜り泣き始めた。だが当事者である俺は、不思議と涙が出なかった。まだ十七歳なのに一年後に死ぬなんて。信じられないっていうか、頭が混乱して受け入れなかった。

 そのあと、医者は俺の病名をはじめ、いろいろ説明してくれたが、全然耳に入ってこなかった。

 それから約二週間後。


「はぁ一年、か」


 俺は屋上の手すりにもたれ、運動場を見下ろしながらため息をついた。

 二週間という時間が経ったからか、今はある程度しを受け入れられた。でも一年後に死ぬんだと思うたびに、ため息が出るのは仕方なかった。


「俺は一年後に死ぬのに、空はクソ青いな」


 今の俺の状況と裏腹に、空は雲ひとつなく快晴だった。まるで、俺が一年後に死んでも、この世界には何の関係もないって言っているかのようだった。


「恋愛もできないまま死ぬんだな、俺」


 人生で彼女がいたことはたった一度もなかった。それなのに、このまま死ぬなんて悔しすぎて死にそうだった。どうせ一年後に死ぬんだけど…。


「やっぱこの世界は不公平だ」


 そんなふうに愚痴をこぼしていると、昼休みの終わりを告げる予鈴が校内に鳴り響いた。


「もうこんな時間か。早く戻らないと」


 俺は手すりから手を離し、振り返った。床に置いていた弁当箱と薬袋を手に取り、ドアへ向かって歩き出した。授業開始まではまだ少し時間があったので、急ぐ必要飯かあった。

 やがて屋上のドアの前に立ち、俺はドアノブに手を伸ばした。ドアノブを握った瞬間、突然何かの音がした。


 この時間に誰だろう。屋上には誰もいないはずなのに。


 最初はただの聞き間違いだと思って無視しようとした。だが、ドアの横の壁のあたりから、さっきの音がまた聞こえてきた。まるで人の声のようだった。

 聞き間違いではないと気づいた俺は、音のした方へそっと顔を向けた。そこには黒髪の少女がしゃがみ込んでいた。


 さっきの音、あの子が出してたのか。っつか誰? こんなところで何してるんだ。


 そう思っていると、少女からまたさっきと同じ音が聞こえてきた。遠くで聞いた時はわからなかったが、近くで聞くと泣き声のように聞こえた。


 泣いてるのか。


 遠くから俺はそっとあの子の様子を見た。制服のあちこちに汚れがついていて、白い腕と脚には小さな傷がいくつかあった。


 どっかで転んだのか。


 少女の様子を見ていると、少し心配になって声をかけてみることにした。そのため静かに近づき、声をかけた。


「あの」

「……」


 少女からは何の反応もなかった。声が小さくて聞こえなかったのかと思ってもう一度声をかけようと思ったその時、少女がゆっくりと顔を上げた。

 真っ白な肌は透き通るようだった。大きな瞳と整った鼻筋、淡い桜色の唇。一目惚れされてしまうほど可愛い少女だった。

 少女の顔を見た瞬間、あまりにも可愛くて一瞬言葉を失った。今まで見てきた中で一番可愛いと言えるほど可愛い人だった。


 ってか俺何やってるんだ。声かけたら続けろよ。


 やっと我に返った俺は、言葉を続けた。


「大丈夫? どこか具合悪いなら保健室行く?」

「…そ、それが......ご」


 少女は呟くように言った。なんて言うのか気になり、少し身を乗り出した瞬間、少女は突然パッと立ち上がった。


「ごめんなさいっ!」


 そう言って少女はドアの方へと一気に駆け出した。突然の出来事に俺は驚いたため、慌ててドアを開けて校舎の中へ消えていく少女の背中を、ただ呆然と見つめていた。

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