8 錬金の術
「アウレは……錬金術師なんだろ?」
猛吹雪の唸りを切り裂くように、イズナが問いかけた。
「そうじゃ」
短い肯定に、イズナは驚かなかった。
むしろ、最初から分かっていたことだ。
原力とは異なる理を知り、『原力凋零』を一目で見抜き、治療薬のレシピまで把握している。
それほどの知識と見識を持つ存在など、錬金術師以外に考えられない。
だが、ひとつだけ腑に落ちないことがあった。
――どうして、あの姿になったのか。
最初にアウレと出会った時、一度だけ尋ねたことがある。
だが、アウレは答えなかった。
もちろん、イズナはそれ以上しつこく追及するつもりはない。
それでも、考えれば考えるほど疑問は深まっていく。
錬金術師は、この大陸で最も敬われる存在だ。
王も、強者も、国すらも、彼らの力を求める。
高位の錬金術師ともなれば、その一言が国を動かすことさえある。
そんな存在を敵に回そうとする者など、いるはずがない。
沈黙が落ちる。
吹き荒れる雪の冷たさが、その無言をなぞるように、いっそう鋭く肌を刺した。
アウレはただ、吹雪の向こうの空を見つめていた。
あるいは、さらに遠い「過去」を――。
かつての栄光か。
それとも、拭い去れぬ後悔か。
揺らめく虚影の横顔には、言葉を拒むような、深い寂寥が滲んでいた。
「……先を急ぐぞ」
ようやく、アウレが口を開く。
「夜になれば、魔獣が動き出す」
それだけを告げると、アウレは再び、イズナの意識の奥へと沈んでいった。
山を一つ越え、切り立った崖が連なる険しい道を進む。
その途中、雪に半ば埋もれた、ひときわ目立たない巨石があった。
イズナは慣れた手つきで雪を払いのける。
すると、少年の体格でようやく通り抜けられるほどの、細い洞穴が姿を現した。
暗い岩肌に身を擦りつけるようにして洞内を抜けると、唐突に視界が開ける。
同時に、柔らかな白光が目に飛び込んできた。
そこは、四方を切り立った岩壁に囲まれた、わずか百平方メートルほどの小さな峡谷だった。
谷底には透き通った泉が静かに水を湛え、そこから絶え間なく白い湯気が立ち昇っている。
どうやら天然の温泉が湧き出しているらしい。
ここは、イズナが幼い頃に偶然見つけた秘境だった。
周囲では猛吹雪が荒れ狂っているというのに、この場所だけは温泉の熱に守られ、穏やかな空気が満ちている。
幼い頃、彼はよく一人でここに逃げ込み、湯に身を沈めては外界を忘れていた。
「ふむ……悪くない」
不意に、アウレが姿を現した。
半透明の身体を揺らしながら、満足げに周囲を見渡している。
「では、始めるとしようか」
「ああ、お願いします!」
イズナは背負っていた重い袋を下ろし、かじかんだ手に息を吹きかけた。
ついに――
止まっていた彼の時間が、再び動き出そうとしていた。
アウレが空に向かって手を一振りすると、どこからともなくくすんだ金色の巨大な釜が姿を現した。
迷いのない所作で、あの希少な素材を次々と釜の中へ投じていく。
指先で空をなぞるたび、釜の内側で素材がひとりでに動き出した。
未知の力に押し流されるように、互いを引き寄せ、溶け合い、混じり合っていく。
その奇妙な波動を感じ取った瞬間、イズナの体内で何かが震えた。
抗いようのない衝動に突き動かされ、無意識のうちに、その波長へと意識を重ねようとする。
調合の手を止めることなく、アウレはその変化を見逃さなかった。
(……ワシの精神力を感じ取っておるな。
やはりこの少年、錬金術師の資質を秘めておる)
釜を動かしている力――それは「精神力」だった。
世界に満ちる原力とは異なり、精神力は誰もが内に秘めている力だ。
だが、その在り方は千差万別である。紙一枚すら動かせぬほど微かな者もいれば、アウレのように嵐を呼ぶかのごとき精神力を持つ者もいる。
そして、その力の大きさと制御を極めた者だけが、錬金術の門を叩く資格を得る。
アウレの精神力に触発され、イズナの内に眠っていたそれが、今、静かに引き出されつつあった。
彼は瞬きすることすら忘れ、眼前で繰り広げられる奥深い調合の一挙手一投足を、ただ見つめ続けていた。
やがて、すべての素材が釜へ投じられた瞬間――
眩い光が内側から溢れ出す。
アウレが念じると、その額に古の重みを宿した紋章が浮かび上がった。
深い緑に輝くそれは、吹き荒れる嵐のような圧迫感をまとっている。
レベル39の父カルスからすら感じたことのない、圧倒的なまでの“格”の差が、空間そのものを押し潰していた。
紋章の顕現と同時に、峡谷の空気が激しく波打つ。
釜の中の液体は渦を巻き、周囲に漂う原力を凄まじい勢いで吸い込み始めた。
それから半日。
アウレは一瞬たりとも集中を切らすことなく、複雑かつ緻密な調合を繰り返し続けた。
――そして。
鋭い一声が、峡谷に響き渡る。
アウレの声に呼応するように、釜から放たれる光が極限へと達した瞬間、命の輝きを宿した緑の液体が弾き出され、一直線に温泉へと突き刺さった。
「イズナ、今じゃ!
その中へ、飛び込め!」
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