補記

創作への反映指針

■ 概要


創作世界における情報の扱いは、設定の細部ではなく、世界観そのものの骨格を規定する要素である。


誰が何を知り、どこまで伝わり、どの情報が信じられ、どの情報が残るのかという条件は、政治体制・宗教・技術水準・人間関係のあり方を一貫して規定する。


情報伝達史の観点から見れば、世界観とは「出来事の集合」ではなく、「情報がどのような状態で存在している社会か」という構造の総体である。


したがって創作において重要なのは、単に通信手段や記録媒体を設定することではなく、情報の秘匿性・真正性・広報性・即時性・記録性が、どの水準で成立している世界なのかを明確にすることである。



■ 1. 創作世界における「時代感」は情報構造で決まる


創作においてしばしば用いられる「中世風」「近未来風」といった語は、実際には技術や服装の印象を指しているに過ぎない。しかし、情報伝達史的に見れば、真に世界の性格を決めるのは以下のような問いである。


・情報は人に属しているのか、記録に属しているのか

・正しさは人格に依存するのか、制度や手続きに依存するのか

・情報は自然に閉じているのか、意図的に管理されているのか

・速さは価値なのか、危険なのか

・過去は忘れられるのか、不可逆的に残るのか


たとえば、文字が存在していても、情報の真正性が人格や血統に依存している社会は、構造的には口承共同体期や権威文書期に近い。


逆に、高度な通信技術が存在していても、即時性が抑制され、情報公開が強く制限されているなら、その世界は分散型ネットワーク期的な倫理を先取りしているとも言える。


創作における「時代感」は、建築や武器よりも、情報がどのように信じられ、伝わり、残るかによって読者に伝わる。



■ 2. 情報は常に「誰かの行為」として存在する


情報伝達史の初期段階では、情報は独立した客体ではない。それは「語る」「聞く」「立ち会う」といった行為と不可分であり、情報を知るとは、特定の関係の内部に入ることを意味する。


創作世界においてこの構造を採用する場合、以下の点が自然に立ち上がる。


・情報は物として奪えない

・情報を得るには、人との関係を築く必要がある

・秘密は隠されているのではなく、外部者にはそもそも届かない

・誤情報は訂正されるのではなく、語り手の信頼が損なわれる


このタイプの世界では、地図・歴史・技術知・神話といったものも、常に語り手を伴う。


「誰から聞いたか」が「何を聞いたか」と同じ、あるいはそれ以上に重要であり、情報そのものよりも関係性が物語を駆動する。


創作上の利点は、陰謀や裏切りが制度ではなく人間関係の破綻として描ける点にある。一方で、情報の広域的整合性は弱く、世界全体を俯瞰する視点は成立しにくい。



■ 3. 記録が存在する世界は「過去の扱い方」が異なる


文字や記録媒体が存在する段階では、情報は行為から切り離され、保存・参照・再利用が可能になる。この転換は、創作世界において以下のような構造変化をもたらす。


・過去の出来事が現在の判断を拘束する

・正しさが「書いてあるかどうか」で争われる

・情報の所有者と解釈者が分離する

・秘密は隠す対象ではなく、読めない/読ませない対象となる


ここで重要なのは、記録が存在すること自体よりも、誰が記録を作り、誰が管理し、誰が参照できるのかである。


同じ「文書社会」でも、次のように政治・宗教・陰謀の描かれ方は大きく異なる。


・記録が神殿や王権に独占されている世界

・記録は公開されているが解釈が制限されている世界

・記録が大量に存在し、どれが正しいか分からない世界


記録がある世界では、物語は「出来事」だけでなく、「記録の扱い」を巡って動く。隠された真実とは、しばしば隠された事実ではなく、参照されていない記録である。



■ 4. 秘匿性 ― 情報はどのように閉じているか


秘匿性とは、情報が誰から遮断され、誰にのみ開示されるかという構造である。創作において秘匿性を考える際、重要なのは「秘密があるかどうか」ではなく、秘密が自然に生まれる構造か、意図的に管理されている構造かである。


口承的構造が強い世界では、秘匿は制度ではなく結果として成立する。情報は場と関係に依存するため、外部者にはそもそも届かない。この場合、秘密は暴かれるものではなく、関係の内部に入ることで初めて触れられる。


一方、記録や通信が発達した世界では、秘匿は設計対象となる。鍵、暗号、資格、身分、通行証、認証といった形で、情報への接近が管理される。ここでは「隠すこと」よりも、「条件を満たした者だけが見られること」が重要となる。


創作上の要点は、秘匿性が破られたとき、それが次のどの種類の事件として扱われる世界なのかを明確にすることである。


・裏切りなのか

・制度違反なのか

・技術的事故なのか

・倫理的逸脱なのか



■ 5. 真正性 ― 情報はなぜ信じられるのか


真正性とは、情報が「真である」と受け取られる条件である。これは真理の問題ではなく、信頼がどこに置かれているかの問題である。


人格依存型の世界では、真正性は人に宿る。王が言ったから、長老が語ったから、師が伝えたから正しい。誤りは内容ではなく、語り手の信頼失墜として処理される。


制度依存型の世界では、真正性は形式と手続きに宿る。署名、印章、登録、照合、履歴。誰が言ったかより、正しい経路を通ったかが重視される。


拡散依存型の世界では、真正性は量と反応に宿る。多く共有されたから、長く残っているから、よく見かけるから信じられる。ここでは誤情報が「正しく見える」現象が物語の駆動力となる。


創作において重要なのは、登場人物が「どうやって真偽を判断しているつもりなのか」を自覚しているか否かである。真正性の基準が不安定な世界ほど、誤解・陰謀・宗教・扇動が物語に入り込みやすい。



■ 6. 広報性 ― 情報はどこまで届く前提か


広報性とは、情報がどの範囲まで共有されるべきものと想定されているかという問題である。


限定的広報性の世界では、情報は「必要な者に届けば十分」であり、広く伝えることは価値ではない。この構造では、全員が同じことを知っている状態は異常である。


不特定多数を想定する世界では、情報は最初から「知られてしまうもの」として扱われる。発言や行為は常に第三者の視線を前提に行われ、沈黙もまた意味を持つ。


創作上の分岐点は、秘密が漏れることが例外なのか、漏れないことが例外なのか、である。


広報性が高い世界では、陰謀は「隠すこと」よりも「誤誘導すること」として描かれる。逆に広報性が低い世界では、情報の欠如そのものが社会不安を生む。



■ 7. 即時性 ― 速さは価値か、危険か


即時性とは、情報がどれほど速く届くべきものとされているかである。


即時性が価値である世界では、遅れは罪であり、判断は暫定であることが前提となる。情報は完全である前に届き、後から修正される。


即時性が抑制されている世界では、遅さは慎重さであり、速さは不正や混乱の兆候とみなされる。情報は確認され、承認されてから流通する。


創作において即時性は、戦争、災害、陰謀、パニックといった展開に直接影響する。「なぜ今それが分かったのか」「なぜ今まで分からなかったのか」は、即時性の設定に依存する。



■ 8. 記録性 ― 何が残り、何が消えるのか


記録性とは、情報がどの程度の強度で保存されるかである。


記録性が低い世界では、過去は語られなければ消える。歴史は固定されず、忘却は欠陥ではない。


記録性が高い世界では、過去は常に現在を拘束する。発言や行為は後から参照され、文脈を失ったまま再利用される。


創作上の重要点は、記録が誰のために残され・誰によって検索され・誰に対して効力を持つのかである。


記録が万能な世界ほど、自由は減少し、記録が脆弱な世界ほど、責任は曖昧になる。



■ 9. 総合指針 ― 情報は物語の力学そのものである


創作において、情報は単なる設定要素ではない。それは登場人物の行動原理であり、社会制度の作動条件であり、物語がどの方向へ転がるかを決定する見えない重力である。


秘匿性が高ければ、物語は内部者と外部者の境界を巡って展開する。

真正性が不安定であれば、信仰・陰謀・扇動が自然に発生する。

広報性が高ければ、沈黙や誤誘導が行為として意味を持つ。

即時性が高ければ、判断は常に暫定化され、後悔と修正が物語を駆動する。

記録性が高ければ、過去は常に現在を縛り、忘却は意図的操作となる。


重要なのは、これらが個別に存在するのではなく、特定の組み合わせとして世界に埋め込まれているという点である。同じ技術水準であっても、情報がどこで閉じ、どこで信じられ、どこまで届き、どの速度で流れ、どの程度残るかによって、世界は全く異なる相貌を見せる。


創作上の世界観とは、「何が起こるか」ではなく、「何が起こりうると人々が信じている社会か」という情報構造の総体である。



■ 締め


情報伝達史の視点を創作に導入することは、設定を複雑にするためではない。それは、物語に一貫した必然性を与えるための方法である。


出来事が偶然に見えないこと。登場人物の誤解や判断が、その社会では合理的であること。秘密が暴かれること、信じられること、拡散すること、消えないことが、いずれも世界の構造として説明できること。


そのために必要なのは、「どんな技術があるか」ではなく、情報がどのような条件で存在している世界なのかを定めることである。


情報は中立ではない。常に誰かの手を経て、誰かの都合のもとで、誰かの判断を縛る。


創作において情報伝達史を参照するとは、物語を出来事の連なりとしてではなく、情報が動くことで社会が歪み、選択が生まれ、運命が分岐する過程として描くという選択である。


この指針は、物語を制限する枠ではない。むしろ、世界が自律的に動き出すための、見えない設計図である。

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情報伝達史 ― 秘匿・信頼・拡散の変遷 技術コモン @kkms_tech

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