第3話 石の行き先
その日、ハルは回収した《感情石》を、いつもより長く見つめていた。
透明で、手のひらに収まる大きさ。
光を受けると、淡くきらめく。
――セレスティアの絶望。
「……」
彼はそれを、そっとケースに収めた。
傷つけないように、壊さないように。
それが彼の仕事だった。
保護施設を出ると、外の世界はいつも通り眩しい。
空を走る光のレール、宙に浮かぶ広告、笑顔で行き交う人々。
誰もが、便利で、豊かで、幸福そうに見える。
「今日もエネルギー供給、安定してるな」
通りすがりの男が、そう言って笑った。
「聖女様のおかげだ」
その言葉を聞くたびに、
ハルの胸の奥で、何かが小さく軋む。
感情石の搬入先は、都市中央にそびえる管理塔だった。
巨大な施設。
無機質な壁。
中では、無数の石が流れ作業のように運ばれている。
「ご苦労さまです」
受付の職員が、事務的に頭を下げる。
「今週分ですね。……質も量も、申し分ない」
「……これは、どこへ?」
ハルは、思わず聞いていた。
職員は一瞬だけ目を瞬かせ、
すぐに営業用の笑顔に戻る。
「都市の基幹エネルギーですよ。魔法インフラ、医療、交通……全部です」
「つまり」
喉が、少しだけ渇く。
「この石が、街を動かしている?」
「ええ。聖女様の“尊い犠牲”のおかげで」
その言い方が、どうしても好きになれなかった。
搬入を終え、管理塔を出た後も、
ハルの足取りは重かった。
空を見上げる。
きらきらと光る魔法の航路。
あれも、
街角のカフェも、
子どもたちの笑顔も。
――全部、あの人の「死にたい気持ち」でできている。
「……」
頭の中に、セレスティアの声が浮かぶ。
『次に生まれ変われたら、普通の女の子でも、いいかな』
普通、とは何だろう。
彼女は今も、
世界の中心で、
一番“普通じゃない役割”を押し付けられている。
その日の夕方、ハルは珍しく、施設に寄り道をした。
聖女の居住区。
普段は、用事がなければ近づかない場所。
彼女は、窓辺に座って本を読んでいた。
「……ハル?」
気づいた彼女が、目を丸くする。
「どうしたの? 今日は殺す日じゃないでしょ」
「……少し、話を」
彼は、そう言うのが精一杯だった。
沈黙が落ちる。
それを破ったのは、彼女の方だった。
「外、綺麗でしょ」
「……はい」
「全部、私の石で動いてるんだよね」
あまりに自然な口調で言うものだから、
ハルは言葉を失った。
「知ってたの?」
「うん。なんとなく」
彼女は、穏やかに微笑む。
「だって、私が苦しむほど、世界は元気になるんだもの」
その笑顔が、
前に見た“リセット直後の笑顔”と、重なった。
「……それで、いいんですか」
初めて、彼は仕事以外の質問をした。
セレスティアは、少し考えてから答える。
「いいかどうかは、分からない」
「……」
「でもね」
彼女は、本を閉じて、彼を見る。
「少なくとも、誰かが幸せでいてくれるなら。
私がここにいる意味は、あるでしょ?」
その言葉は、
優しくて、
あまりにも残酷だった。
部屋を出る直前、
ハルは、ポケットの中の感情石を、強く握った。
これは、エネルギー源。
世界の希望。
そして――彼女の絶望。
「……」
ほんの一瞬。
本当に、ほんの一瞬だけ、
彼は思ってしまった。
――もし、これを渡さなければ。
世界は、どうなる?
その問いが、
彼の中で、静かに芽を出した。
死にたがりの聖女を、僕は週に一度「殺す」ことにした。 ――彼女の絶望は、世界を救う燃料になる。 @ruka-yoiyami
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