第2話 殺された翌日の、静かな朝

殺された翌日の朝は、いつも少しだけ世界が綺麗に見える。


空気が澄んでいる、とか。

光が柔らかい、とか。

そんな大げさな話じゃない。


ただ、胸の奥にこびりついていた重たいものが、

きれいに削り取られているだけ。


「……おはよう、世界」


誰に聞かせるでもなく、そう呟いてから、私はベッドを抜け出した。


 


私の部屋は、白を基調とした簡素な作りだ。

政府の保護施設――と呼ばれているけれど、要するに管理下に置かれているだけ。


それでも、ここは嫌いじゃない。


死にたい気持ちが薄れている日は、

こうして窓辺に立って、外を眺める余裕が生まれるから。


魔法都市アウレア

遠くに見える高層建築と、空を行き交う光の軌跡。


あれは全部、人々の「希望」で動いているらしい。


……正確には、私の絶望で。


「変な世界」


小さく笑う。

今の私は、ちゃんと笑えている。


 


朝食は、いつも同じメニューだ。

栄養バランスを考え抜かれた、味気ない食事。


でも、今日は少しだけ違った。


「……あ」


トレイの端に、小さな包みが添えられている。


中身は、焼き菓子だった。

不格好で、少し焦げていて、でも――手作りだと分かる。


「これ……」


答えは分かっている。


昨日、私を殺した少年。

感情を石に変える、無機質な仕事人。


ハル。


 


「気に入らなければ、残しても構いません」


背後から声がして、私は肩を跳ねさせた。


「おはよう、ハル」


振り返ると、彼はいつも通りの無表情で立っていた。

でも、視線がほんの少しだけ泳いでいる。


「これ、あなたが?」


「……はい。施設のキッチンを借りました」


「どうして?」


質問は、少し意地悪だったかもしれない。


彼は一瞬、言葉に詰まってから、静かに答える。


「リセット直後のあなたは……その……」


「私、どんな感じ?」


「……生きている人みたいです」


その言葉に、胸がきゅっと締め付けられた。


「そっか」


私は焼き菓子を手に取る。


「じゃあ、食べる。生きてるうちに」


一口かじると、甘さが広がった。

不器用で、優しい味。


「おいしいよ」


そう言った瞬間、

彼の耳が、ほんのり赤くなった気がした。


 


「ねえ、ハル」


私は椅子に座ったまま、彼を見上げる。


「あなたは、私を殺すの、辛くない?」


「……仕事ですから」


即答。

でも、その後に続く言葉が、少しだけ遅れた。


「……ただ」


「ただ?」


「あなたが“楽になっている”のなら、それでいいと思っています」


それは、優しさだった。

同時に、とても残酷な言葉でもある。


「ありがとう」


私は、そう言うしかなかった。


 


楽になっている。

だから、また苦しめる。


それが、この世界の正しさ。


 


「ねえ、ハル」


もう一度、彼を呼ぶ。


「次は、いつ?」


「六日後です」


「そっか」


私は窓の外を見た。

今日は、空がよく晴れている。


「それまで、ちゃんと生きるね」


ハルは、何も答えなかった。


でも、

その沈黙が、昨日より少しだけ長かった。

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