第4話「選択」
2024年12月20日。
リクは目を覚ました。
いつもと同じ部屋。いつもと同じ朝。
でも――何かが違う。
違和感。
胸の奥に、ざわつく感覚がある。
リクはスマートフォンを取り出し、カレンダーを確認した。
12月20日。
あの夜から、3日が経っている。
「……夢じゃなかったんだな」
呟く。
歴史を変えた。アキラは生きている。母さんとも再会した。
全て――現実だ。
リクはベッドから起き上がった。
リビングに行くと、レナがいた。
朝食を作っている。
「おはよう、リク」
「……おはよう」
「今日も、ユウさんのところに行くの?」
「うん」
リクはテーブルに座った。
目の前に、トーストと目玉焼きが置かれる。
「いただきます」
「どうぞ」
二人で、黙って朝食を食べた。
これが――家族。
長い間、知らなかった感覚。
温かい。安心する。
でも――
何かが、引っかかる。
「ねえ、リク」
レナが声をかけた。
「何?」
「あなた――最近、様子がおかしいわ」
「……そうかな」
「何か、悩んでる?」
リクは答えなかった。
悩んでいる――というより、違和感がある。
「大丈夫よ」
レナは微笑んだ。
「何があっても、私はあなたの味方だから」
リクは頷いた。
でも――心の奥で、何かが囁いている。
本当に、これでいいのか?
SOUND WAVEに着くと、ユウがいた。
「よう、リク」
「おはようございます」
「今日は練習だ。準備しろ」
「はい」
リクはギターを手に取った。
ユウのバンドは、週末にライブをする。それに向けて、毎日練習している。
「じゃあ、始めるぞ」
ユウがカウントを取る。
ワン、ツー、スリー、フォー――
音楽が始まった。
リクは弾いた。
指が弦を滑る。音が響く。
これが――音楽。
リクが求めていたもの。
(でも――何かが、足りない)
練習が終わった後、ユウがリクに声をかけた。
「なあ、リク」
「何ですか」
「お前、最近元気ないな」
「……そうですか」
「ああ。演奏は悪くない。でも――魂が入ってない」
リクは何も言えなかった。
ユウは続けた。
「何か、引っかかってることがあるんだろ」
「……」
「話してみろ。俺で良ければ、聞くぞ」
リクは深呼吸した。
「……ユウさん」
「ん?」
「俺――本当に、正しいことをしたんでしょうか」
「正しいこと?」
「歴史を変えたこと。アキラさんを救ったこと」
ユウの目が、少し驚いた色を見せた。
「どういう意味だ」
「俺が歴史を変えたことで――誰かが犠牲になったかもしれない」
「……」
「元の歴史では、アキラさんは死んだ。それが――正しい歴史だったかもしれない」
ユウは黙って聞いていた。
「俺は――勝手に歴史を変えた。それで――誰かを不幸にしたかもしれない」
リクは拳を握った。
「俺は――間違ったことを、したんじゃないかって」
沈黙が落ちた。
長い、長い沈黙の後――
「リク」
ユウが言った。
「お前は、間違ってない」
「でも――」
「誰も、不幸になってない。少なくとも、俺は幸せだ」
ユウは笑った。
「アキラは生きてる。俺は音楽を続けてる。レナも、お前と一緒にいられる」
「……」
「それが――お前のやったことだ」
ユウはリクの肩を叩いた。
「自信を持て。お前は、正しいことをした」
リクは頷いた。
でも――心の奥の違和感は、消えなかった。
その夜。
リクは一人、部屋で考えていた。
本当に、これでいいのか。
ベッドに横になり、天井を見つめる。
歴史を変えた。
でも――それは、正しかったのか。
その時――
MDプレイヤーが、光った。
「……え?」
リクは飛び起きた。
机の上のMDプレイヤーが、青白い光を放っている。
「何だ――」
近づくと、勝手に再生が始まった。
ノイズ。
ホワイトノイズが、部屋に響く。
そして――
声が聞こえた。
「――リク」
心臓が跳ねた。
「聞こえてるか」
この声――
アキラの声だ。
でも、違う。若い頃のアキラの声。
「お前――間違えたぞ」
リクは息を飲んだ。
「歴史を――変えちゃいけなかった」
「何を――」
「元に戻せ。俺を――殺せ」
ノイズが止んだ。
リクは呆然と、MDプレイヤーを見つめた。
今の――何だ。
アキラは――生きてるはずだ。
なのに――なぜ、あんな声が。
翌日、リクはアキラに会いに行った。
アキラのスタジオ。小さな雑居ビルの一室。
ノックすると、アキラが出てきた。
「よう、リク」
「アキラさん――話があります」
「どうした。深刻な顔して」
「昨日――MDプレイヤーから、声が聞こえました」
アキラの顔が強張った。
「声?」
「アキラさんの声です。『元に戻せ』って」
「……」
「どういう意味ですか」
アキラは長い間、黙っていた。
そして――周りに人がいないか確認した。
「入れ」
スタジオの中に、リクを招き入れた。
スタジオの中は、機材だらけだった。
ギター。アンプ。キーボード。ドラムセット。
「座れ」
リクは椅子に座った。アキラも向かいに座る。
「リク」
「はい」
「お前――覚悟はあるか」
「覚悟?」
「真実を聞く覚悟だ」
リクは頷いた。
「聞きます」
「じゃあ、話す」
アキラは深呼吸した。
「俺が生きてることで――誰かが犠牲になってると考えていた」
リクは息を飲んだ。
「犠牲――?」
「ああ。元の歴史では、俺は死んだ。それによって――ある人が、生きる意味を見つけた」
「ある人――」
「お前だよ、リク」
リクは凍りついた。
「俺――?」
「元の歴史では、お前は俺の死を知って、音楽を始めた」
「……」
「俺の音楽を聴いて、『こんな風に生きたい』と思った。そして、ギターを手に取った」
アキラは遠くを見ていた。
「でも、新しい歴史では――俺は生きてる。だから、お前にはその『きっかけ』がない」
「じゃあ――」
「お前は――音楽を始めていない可能性がある」
リクは混乱した。
「でも、俺は今――ギターを弾いてます」
「それは、元の歴史の記憶が残ってるからだろ」
アキラは言った。
「でも、いずれその記憶は消えるんじゃないか?お前は――音楽を忘れる」
「そんな――」
「それが、歴史を変えた代償かもしれない。あくまでも推察だ」
アキラはリクを見た。
「お前は、俺を救った。でも――お前自身を、失うことになる」
リクは何も言えなかった。
頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。
俺が――音楽を忘れる?
そんなこと――
「アキラさん」
「何だ」
「それは――確実なんですか」
「分からない。でも――可能性が高いって話だ」
アキラは立ち上がった。
「だから、MDプレイヤーの俺は言ったんだと思う。『元に戻せ』って」
「元に戻すって――」
「歴史を、元に戻せ。俺を――もう一度、殺せ」
リクは立ち上がった。
「そんなこと――できない!」
「なぜ」
「アキラさんを殺したら――ユウさんが苦しみます。母さんも苦しみます」
「でも、お前は音楽を失う」
「それでも――」
リクは拳を握った。
「俺は、アキラさんを殺せない」
アキラは何も言わなかった。
ただ――悲しそうに笑った。
「……そうか」
その夜、リクは眠れなかった。
ベッドで横になっても、目が冴えている。
選択を迫られている。
アキラを殺して、自分の音楽を守るか。
アキラを生かして、自分の音楽を失うか。
どちらを選べばいい。
リクは天井を見つめた。
俺は――どうすればいい。
その時――
ドアがノックされた。
「リク――起きてる?」
レナの声だった。
「……起きてる」
「入ってもいい?」
「うん」
ドアが開き、レナが入ってきた。
ベッドの端に座る。
「眠れないの?」
「……うん」
「何か、悩んでる?」
リクは答えなかった。
レナは続けた。
「アキラから聞いたわ。歴史を元に戻すかどうか――悩んでるって」
「……母さんは、どう思う?」
「私?」
レナは少し考えてから、答えた。
「私は――あなたが決めればいいと思う」
「でも――」
「どちらを選んでも、私はあなたの味方よ」
レナはリクの手を握った。
「あなたが音楽を失っても、私はあなたを愛する」
「母さん――」
「だから――自分で決めなさい」
レナは微笑んだ。
「あなたが、後悔しない選択を」
翌朝、リクは決めた。
歴史は、変えない。
アキラを生かす。たとえ、自分が音楽を失っても。
リクはSOUND WAVEに向かった。
ユウとアキラが、待っていた。
「決めたのか」
ユウが聞いた。
「はい」
リクは二人を見た。
「俺は――歴史を変えません」
「……そうか」
「アキラさんには、生きていてほしい」
リクはアキラを見た。
「たとえ、俺が音楽を失っても――それでいい」
アキラは何も言わなかった。
ただ――涙を流していた。
「リク――」
「俺は――アキラさんの音楽が好きです」
リクは続けた。
「その音楽が、この世界に存在してほしい」
「……」
「だから――生きてください」
アキラはリクを抱きしめた。
「ありがとう――」
声が震えていた。
「ありがとう、リク」
それから――数日が経った。
リクの生活は、何も変わらなかった。
母さんと一緒に暮らし、ユウさんのバンドで演奏し、アキラさんのライブを見に行く。
でも――
リクは気づき始めていた。
何かが、消えていく感覚。
ギターを弾いていても、以前ほどの情熱を感じない。
音楽を聴いていても、以前ほど心が動かない。
元の記憶が――薄れていく。
元の歴史の記憶。音楽を始めたきっかけ。アキラの死を知った衝撃。
全てが――薄れていく。
2024年12月31日。大晦日。
リクは、ユウのバンドのライブに出演していた。
年越しライブ。SOUND WAVEで。
ステージ上で、リクはギターを弾いていた。
でも――
(……指が、動かない。)
いや、動いている。でも――魂が入っていない。
ただ、機械的に弦を弾いているだけ。
音楽が――遠い。
曲が終わった。
拍手が起こる。
でも、リクには聞こえなかった。
俺は――音楽を、失いつつある。
ライブの後、リクは一人で屋上に上がった。
冷たい風が吹いている。
(これが――俺の選択の結果)
アキラを生かした代償。
「リク」
声がした。
振り返ると、アキラが立っていた。
「アキラさん――」
「お前――もう限界なんだろ」
「……」
「お前の中の音楽が、消えかけてる」
リクは頷いた。
「でも――いいんです」
「よくないだろ」
アキラはリクに近づいた。
「お前は――音楽を失っちゃいけない」
「でも――」
「だから、俺が決めた」
アキラはフェンスに向かった。
「アキラさん――何を――」
「元に戻す」
アキラはフェンスを越えようとした。
「やめてください!」
リクが叫んだ。
「やめない」
アキラは笑った。
「お前が俺を救ったように――今度は、俺がお前を救ってやるよ」
「そんなこと――」
「これが、俺の選択だ」
アキラはフェンスに手をかけた。
その時――
別の声が響いた。
「待ってくれ」
リクとアキラは、同時に振り返った。
そこに――若い男が立っていた。
見覚えのある顔。
いや――見覚えがあるはずがない。
でも――
この顔は――
「お前――」
アキラが驚いた声を上げた。
「お前、まさか――」
男は笑った。
「久しぶりだな、アキラ。――いや、初めましてか」
男はリクを見た。
「俺は――高梨リク」
リクは凍りついた。
「お前――俺と同じ名前――」
「ああ。俺は、別の時間軸から来た――お前だ」
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