第3話「真実」


「待って!」


リクが叫んだ。


体が勝手に動いていた。


アキラに飛びつき、フェンスから引きずり降ろす。


二人は地面に倒れ込んだ。


「離せよ――」


アキラがもがく。


「離しません」


リクは必死にアキラを押さえつけた。


「あなたを死なせない」


「なんでそこまですんだよ――」


「あなたが死んだら、ユウさんが苦しむ。母さんが苦しむ。――俺も、苦しむ」


「母さん?」


アキラの動きが止まった。


「お前の――母親?」


「高梨レナです。今は、ここにいない。でも――」


リクは涙を流していた。


「母さんは、あなたのことを忘れず、俺を施設に預けたんだ」


「レナ――」


アキラの目が見開かれた。


「レナって――あのレナか」


「知ってるんですか」


「知ってる。――俺の、幼馴染だ」


リクは息を飲んだ。


「幼馴染――」


「レナは今、どこにいる」


「分かりません。俺は生まれてすぐ施設に預けられたので――」


「施設?」


アキラはリクを見つめた。


「お前――レナの息子なのか」


「はい」


「父親は?」


「知りません。母さんは、何も教えてくれなかった」


アキラは何かを考え込んでいた。


そして――


「……そうか」


小さく呟いた。


「俺が死んだら、レナは――一人で、お前を育てることになるのか」


「いえ。母さんは、俺を育てられませんでした」


「なぜ」


「理由は分かりません。でも――母さんは、30年間苦しんだと思います。」


リクはアキラの目を見た。


「だから――死なないでください」


アキラはゆっくりと立ち上がった。


フェンスから離れ、屋上の中央に座り込む。


「……なあ、リク」


「はい」


「お前、本当に未来から来たのか」


「本当です」


「信じられないけど――信じるしかないのか」


アキラは空を見上げた。


冬の星座が瞬いている。


「30年後の世界って、どうなってる?」


「インターネットが普及して、スマホが当たり前になって――」


「スマホ?」


「スマートフォン。さっき見せた、携帯電話です」


「ああ。あの板切れか」


「音楽も、CDじゃなくて配信が主流になりました」


「配信?」


「ネットで音楽をダウンロードして聴くんです」


「へえ――頭の悪い俺には追い付けねえわ」


アキラは笑った。


「未来は、便利になってることだな」


「はい」


「じゃあ、教えてくれ」


アキラはリクを見た。


「もう一回聞くが30年後の俺は――どうなってる?」


リクは言葉に詰まった。


「……今日の日付で死んでます」


「死んでる、か」


「でも――それは、元の歴史です」


「元の?」


「俺がここに来たことで、歴史は変わります」


「変わる、ね」


アキラは立ち上がった。


「じゃあ、聞くけど――俺が生きてる未来って、どうなる?」


「分かりません。でも――」


リクは確信を込めて言った。


「あなたが生きていれば、ユウさんは音楽を続けます」


「音楽を――」


「そして、母さんも――もっと幸せになれるはずです」


アキラは長い間、黙っていた。


そして――


「よし、分かった」


「え?」


「俺は死なない。――もう少しだけもがくことにした」


リクは目を見開いた。


「本当ですか?」


「ああ。お前がここまでしてくれたんだ。――死ぬわけにはいかないだろ」


アキラは笑った。


今度は、本当の笑顔だった。


「ありがとな、リク」


「俺は――何も――」


「いや、お前は俺を救った」


アキラはリクの肩を叩いた。


「30年後――また会えるといいな」


三人は屋上を降りた。


深夜0時を過ぎていた。日付が変わっている。


**1994年12月18日。**


「さて――帰るか」


アキラは背伸びをした。


「明日から、どうするかなユウ」


「音楽、続けるのか?」


ユウが聞いた。


「分からない。でも――とりあえず、生きてみる」


「そうか」


ユウは笑った。


「なら――また一緒にやろうぜ」


「ああ」


二人は握手した。


リクはその光景を、じっと見つめていた。


これで――歴史は変わった瞬間だと感じた。


アキラは死なない。ユウは音楽を続ける。


俺の使命は――終わった。


「なあ、リク」


アキラが声をかけた。


「お前、これからどうするんだ」


「俺は――」


帰る。未来に。


そう言おうとした時――


世界が歪んだ。


リクの視界が、ぐにゃりと曲がった。


また――あの感覚。


「うわっ――」


バランスを崩し、倒れ込む。


「おい、リク!」


ユウの声が遠くなる。


意識が遠のく。


そして――


気がつくと、リクは元の場所にいた。


2024年12月17日。午前2時00分。


リクは自分のアパートのベッドで目を覚ました。


「……夢か」


体を起こす。


いや――夢じゃない。


リクはポケットを探った。


チケットの半券は、なくなっていた。


代わりに――別のものが入っていた。


取り出すと――名刺だった。


「藤堂アキラ」

「ミュージシャン」


電話番号とメールアドレスが書かれている。


「……本当に、変わったのか」


リクはスマートフォンを取り出し、検索した。


「藤堂アキラ」


検索結果が表示される。


『藤堂アキラ――伝説のロックミュージシャン。1994年、バンド『CIRCUIT』のボーカルとして活動。解散後はソロアーティストとして活躍。現在も精力的に音楽活動を続けている』


生きている。


アキラは、生きている。


リクの目から、涙が溢れた。


(やった――歴史を、変えられた。)


その日の昼、リクはSOUND WAVEに向かった。


店に入ると――ユウがいた。


でも、何かが違う。


ユウの目が――生きていた。


「よう、リク」


「……ユウさん」


「今日は早いな。バイトはまだ先だぞ」


「いえ――聞きたいことがあって」


「何だ」


リクは深呼吸した。


「藤堂アキラさんのこと――覚えてますか」


ユウの手が止まった。


「……当たり前だろ」


「アキラさんは――今、どうしてますか」


「どうって――音楽やってるよ。ソロで」


「ソロ――」


「ああ。CIRCUITは1994年に解散したけど、アキラはその後もずっと活動してる」


ユウは笑った。


「あいつ、しぶといからな」


リクは涙をこらえた。


本当に――変わったんだ。


「なあ、ユウさん」


「ん?」


「ユウさんは――なんで音楽をやめたんですか」


ユウは首を傾げた。


「やめてないぞ。俺も今、バンドやってる」


「え――」


「週末だけだけどな。趣味程度だ」


リクは混乱した。


元の歴史と、全てが違う。


「なあ、リク」


ユウが言った。


「お前、ギター弾けるんだろ」


「……はい」


「じゃあ、今度俺のバンドに来いよ。人手が足りなくてさ」


「いいんですか」


「当たり前だ。お前、才能あるんだから」


ユウは笑った。


その笑顔は――元の歴史では、見たことのない笑顔だった。


その夜。


リクは再び、MDプレイヤーを取り出した。


CIRCUITのデモ音源。


再生ボタンを押す。


音楽が流れる。


そして――ノイズは、なかった。


アキラの声も、聞こえなかった。


もう、俺を呼ぶ声はない。


リクは目を閉じた。


これでいいんだ。


アキラは生きている。ユウは音楽を続けている。


歴史は――正しく、変わった。


でも――


リクの胸には、何かが引っかかっていた。


母さんは――どうなったんだ。


元の歴史では、母は俺を施設に預けた。


でも、新しい歴史では――


リクはスマートフォンで検索した。


「高梨レナ」


検索結果は――なかった。


何度検索しても、ヒットしない。


母さんは――どこにいる。


不安が、胸を締め付ける。


その時――


ドアがノックされた。


「誰だ――」


リクはドアを開けた。


そこに――女が立っていた。


50代くらい。白髪交じりの髪。優しい目。


「……誰ですか」


「リク――」


女の目から、涙が溢れた。


「やっと――会えた」


「え――」


「私よ。――レナよ」


リクは凍りついた。


母さん――


「あなたを探してたのよ。ずっと――」


レナはリクを抱きしめた。


「ごめんなさい――一人にして――」


リクは何も言えなかった。


ただ――涙が、止まらなかった。


部屋の中で、二人は向かい合って座った。


「母さん――どうして、今――」


「あなたが、歴史を変えたんでしょ?」


レナは静かに言った。


「変だと思わないでね。私の記憶が――急に変わったの」


「変わった――?」


「元の歴史では、私はあなたを育てられなかった。アキラが死んで、私は――壊れてしまった」


「……」


「でも、今の記憶の中では――アキラは生きている。私は、あなたを育てることができた」


「じゃあ――」


「でも、あなたが18歳の時――私たちは離れ離れになった」


「なぜ」


「あなたが、家を出たから」


レナは悲しそうに笑った。


「私たちは――喧嘩したの。些細なことで」


「……」


「それから、連絡が取れなくなった。でも――あれからずっと探していたの」


レナはリクの手を握った。


「そして、今日――やっと見つけた」


リクは涙を拭った。


「母さん――俺――」


「何も言わなくていい」


レナは微笑んだ。


「もう――一緒にいられるから」


翌日。


リクはレナと共に、SOUND WAVEに向かった。


「ユウさん」


「おう、リク――」


ユウはレナを見て、目を見開いた。


「レナ――?」


「久しぶり、ユウ」


「お前――どこに――」


「説明は後。今は――」


レナはリクを見た。


「この子を、よろしく」


「この子って――」


「私の息子。高梨リク」


ユウは驚いた顔で、リクを見た。


「お前――レナの息子だったのか」


「はい」


「なんで、今まで言わなかった」


「言えませんでした。――複雑な事情があって」


ユウは何かを察したようだった。


「……そうか」


そして、ユウは笑った。


「なら、ますます面倒見ないとな」


その日の夜。


リクは一人、公園のベンチに座っていた。


歴史は変わった。


アキラは生きている。ユウは音楽を続けている。母さんとも、再会できた。


でも――


リクの胸には、まだ何かが引っかかっていた。


これで、本当に終わりなのか。


その時――


「よう」


声がした。


振り返ると――アキラが立っていた。


50代のアキラ。白髪交じりの髪。でも、目は若々しい。


「アキラさん――」


「久しぶり――じゃないか」


アキラは隣に座った。


「――覚えてるんですか」


「当たり前だろ。忘れるわけない」


アキラは笑った。


「1994年12月17日。お前が、俺を救った夜」


「……」


「ありがとな、リク」


アキラはリクの肩を叩いた。


「お前のおかげで、俺は30年間――泥臭く生きてこられた」


リクの目から、涙が溢れた。


「俺は――何も――」


「いや、お前は全部やった」


アキラは空を見上げた。


「お前が来なかったら、俺は死んでた。ユウは音楽をやめてた。レナは――一人で苦しんでた」


「……」


「でも、お前が変えてくれたんだ。全部」


アキラはリクを見た。


「だから――ありがとうだ」


リクは泣いた。


声を上げて、泣いた。


俺は――やり遂げたんだ。


使命を――果たしたんだ。


それから、一週間が経った。


リクは新しい生活に慣れ始めていた。


母さんと一緒に暮らし、ユウさんのバンドで演奏し、アキラさんのライブを見に行く。


これが――俺の新しい人生。


でも――


ある日、リクは気づいた。


俺には、まだやるべきことがある。


リクはギターを手に取った。


30年前、アキラがリクの前で弾いた曲――「証明」。


あの曲を、もう一度作り直そう。


新しい歴史で、新しい音楽を。


リクは弦を爪弾いた。


音が響く。


これが、俺の音だ。


これが、俺が生きてきた証明だ。


そして――


リクは歌い始めた。


「俺は、ここにいる」


「誰かに、届くと信じて」


「この音が、証明だ」


「俺が、生きてきた証明だ」


曲が終わった。


リクは目を閉じた。


(これでいい。これが、俺の答えだ。)


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