魔王の末裔(2)
「
< ピィィィィィー! >
メリナが胸元から取り出した笛を吹くと、街角でリレーのように次々と笛の音がなった。子供たちが無き叫ぶ横を、ライフルを下げた少年が走り去っていく。
カリウスが呆けていると、低く唸るようなエンジン音が聞こえてきた。
トコトコというどこか間の抜けた感じのするエーテルシリンダーの音に混じって、タイヤが砂利を噛む音が通りの向こうから聞こえてくる。
音を聞いたガルムの狼耳がピンと立つ。
「装甲車だ! みんな、建物に隠れろ!」
呆けていたカリウスはガルムに引っ張られてカフェの中に押し込まれる。窓から通りをみたカイウスは、街路の奥から灰色の影が現れるのを見た。
顔の細い犬が寝そべったようなシルエットのそれは、ゲルマニア帝国の偵察部隊が装備する装甲偵察車、Sd.kfz 13だ。
帝国は※威力偵察のために小規模な先遣隊を送り込んできたのだ。
※威力偵察:敵の位置や装備などを把握するために、実際に敵と交戦してみる偵察行動のこと。反撃で敵陣地を確認し、その後の本格的な戦闘に役立てるのが目的。
背後にエーテルの青白い光をたたえた数両の装甲車が先頭を切り、車体に搭載されたバケツを逆さにしたような銃塔が回転を始める。動きが止まると、搭載された重機関銃が、沸騰したヤカンのようなけたたましい音を刻みはじめた。
街を去ろうとしていた疎開者たちが、最初の掃射で倒れ始めた。装甲車の重機関銃が無差別に弾幕を張り、ひとつながりになった銃声が動けないでいる人々の列を切り裂いていく。
銃撃を受けた馬車の荷台からちぎれた着替えやら下着やらが乱れ飛び、悲鳴が上がる、血の臭いが風に乗ってカフェにまで届いてきた。
老人は行李を落として転び、子供を抱いた母親が地面に崩れ落ちる。カリウスはカフェの窓からそのすべてを目にした。
装甲車が銃撃を止めると、その後ろからぞろぞろと何かがやってきた。
歩兵だ。一個中隊規模の歩兵が装甲車に続いて展開しはじめた。
帝国兵の軍装は、伝統的な甲冑――中世盛期のプレートメイルを現代戦に適応させたものだ。胸当てと肩当てにエーテルの結晶を埋め込み、全身を覆う鋼板の重量を大幅に軽量化している。
兜はバイザー付きのサレットで、背中には機関銃の弾薬箱を背負っている。かなりの重装備のはずなのに、彼らは全力疾走で街路を駆け抜けている。まるで鎧を着ていないかのように敏捷だ。
パニックが爆発し、人々は散り散りに逃げ惑う。帝国の支援部隊は迫撃砲を建物の後ろに据え、連続した発砲音とともに街路に砲弾を落とし始めた。
帝国の戦術教本通りの戦いだ。装甲車が機関銃などの火点に攻撃を加えて制圧し、歩兵の前身を支援、それでも手に負えない陣地は迫撃砲が担い、歩兵は建物を制圧、進撃していく。
しかし、彼ら帝国兵は建物に入ってこなかった。威力偵察の目的は、敵である民警隊の抵抗力を調べること。制圧ではない。だが実際の所、偵察はベリエの防衛がどれほど脆いかを確認するための残酷なテストと成り果てていた。
ここにきてようやく、エマールの民警隊は応戦を始めた。
国民皆兵のベリエでは、誰もが戦闘の基礎を知っている。カフェ近くのバリケード――ピアノとタンスを積み重ねた即席の陣地から、ボルトアクション式の小銃の一斉射が始まった。
「メリナ、通りを頼む。オレは
「わかった!」
ガルムはカフェの奥に引っ込み、アデーレを隠すように指示した。
メリナは床に伏せていた分隊員を集合させると、窓を割って射撃を始める。
だが、帝国の弾幕がカフェに向くと、窓から射撃をしていた隊員は次々と倒れていた。袖に赤いリボンを巻いた一人の自警団員が、胸を撃たれて倒れた。
メリナは素早く倒れた彼に駆け寄り、体を揺さぶったが、息がないのを確認すると彼の銃を拾い上げた。彼女の目は燃えたち、苛立ちは激しい戦意に変わっていた。
「カリウス、使って! あなたもベリエの国民なら使い方くらいわかるでしょ!」
「え、えぇ? まぁ……」
メリナは返事を待たず銃をカリウスに投げ渡した。カリウスは一瞬戸惑ったが、すぐに受け取り、ボルトを引いて装填を確認する。
カリウスが受け取ったのは、ベリエの旧式小銃、M1886。前大戦の遺物だ。50年前のボルトアクション式ということもあって、単発式で連射が効かない。
ナイトメアの彼も義務教育で軍事教練を受けている。歴史学生であっても、教練の単位を取っておおよそのことは知っているが、実戦は初めてだ。それでも、銃を取るとカリウスの間抜けとも言えた穏やかな表情がすこし引き締まった。
「すみません、お借りします……」
隊員の死体から弾薬盒のついたハーネスを取ったカリウスは、自分のベルトに引っ掛けてカフェの床に伏せた。
「装甲車をなんとかしないとこのままやられるぞ!」
「対戦車ライフルはねぇのか!?」
「そんなもんあったらとっくに使ってるわよ!」
(対戦車兵器がないなら、装甲車に肉薄して火炎瓶でも投げつけるしかない。けど、近づくまでに何人やられるか……)
カリウスは自分の装備を見る。古い銃たったひとつで装甲車という鋼の城を相手になにができるだろうか。だが彼は考えをめぐらし、あることに思い至った。
(確かM1886の弾薬は燃焼の問題があって火薬だけじゃなくてエーテルも使われてたはず。なら……)
深呼吸をして、カリウスは弾薬盒から一発の銃弾を取り出した。
そして銃弾を口元に寄せ、静かに囁いた。
『嵐の夜をもつらぬくひとつの星。獣の叫びにもかき消されぬ、ひとつの唄。忘れられし者の槍よ、我の進み貫く道となり――
カリウスの手元の銃弾に
「おい、あいつ……銃の使い方を知らねえのか?」
「バッカじゃないの?!」
しかもカリウスは引き金に自分の指すらかけていなかった。
用心金の中には指のかわりにペンを一本通していた。
素人でもしないような銃の使い方をしているカリウスに向かって、隊員の、メリナの、罵声が飛ぶ。だが彼は構わずカフェの窓につくと、装甲車が重機関銃の弾を打ち尽くし、再装填を始めるのを待った。
通りに鎮座した装甲車が発する連続した破裂音が途切れる。
「――いまだ!」
窓から身を乗り出し、弱点を狙う——狙うはエーテルが流動しているエンジン部分だ。Sd.kfz 13装甲車の前部、エンジンの前にある装甲はラジエターの吸気の為にスノコ状になっていて、小銃弾を防げる程度の厚みでも構造的に脆い。
ペンを通してライフルの引き金に力をかけると、墨を流したような闇がほとばしってライフルが弾けた。すると一筋の閃光が渦を巻いて装甲車に吸い込まれていき――まるで画用紙で出来たオモチャのようにバラバラに吹き飛んでしまった。
「……は?」
メリナは口をぽかんと開けたまま、信じられないといった様子で装甲車の残骸を眺めていた。古いM1886小銃が紙クズのように装甲車を吹き飛ばすなんて現実を受け入れられなかったのだろう。
Sd.kfz 13の灰色の車体は、とんでもない力の渦に飲み込まれたかのように歪み、破片が街路に散らばっていた。残骸からは黒煙が立ち上り、エーテルの青白い残光が煙の中でチリチリと瞬いては消えていく。
彼女の目には、凛とした眼差しで通りを見るカリウスの姿が映っていた。穏やかな顔のナイトメアの青年が、ただ一発の銃弾で鋼の怪物にトドメを刺したなんて。
心臓が激しく鼓動し、興奮と混乱が混じり合って、言葉が出てこなかった。
その時、カフェの奥から重い足音が響いた。ガルムが支度を終えて戻ってきたのだ。彼の体は、鋼鉄の毛皮――アイアンペルトと呼ばれる重装備に覆われていた。
獣人の筋肉質な体躯を包むそれは、分厚い装甲板を金属製のフレームで保持した
ガルムを覆う鋼板は戦車並みで、小銃弾などものともしない。背中には重い鉈のような近接武器を背負い、ヘルメットの間からは狼の耳がピンと立っていた。さっきまでカフェの奥にいったのはこれを用意するためだったらしい。
ガルムはヘルメットの奥で牙を剥き出し、低く唸った。
「装甲車がやられて動揺してるぞ! 帝国のクズどもを押し返せ!」
ガルムの咆哮が戦場に轟いた。まるで獣の咆哮のように、空気を震わせる声に、民警隊の面々が銃を掲げて一斉に奮い立った。カフェの外では、同じくアイアンペルトを纏った獣人たちの突撃隊が集まっていた。彼らはガルムの同族で、ベリエの民警隊の精鋭たちだった。
鋼の鎧が陽光を反射し、地面を踏み鳴らす音が地響きのように響く。帝国兵の小銃弾が彼らの装甲に当たっても、火花を散らすだけで貫通しない。獣人たちの膂力は常人をはるかに凌駕し、斧や棍棒を振り回す一撃で、帝国兵を薙ぎ払っていった。
帝国兵は慌てて銃剣を抜くが、白兵戦に持ち込まれた前衛は完全に混乱に陥っていた。プレートメイルを着た彼らは敏捷だが、獣人たちの圧倒的な力に敵わない。
一人の帝国兵がガルムに銃剣で突こうとするが、鉈の一撃で甲冑ごと真っ二つにされて壁に叩きつけられた。流れ弾を受けて石畳に伏せていた負傷兵は弾の節約のために踏みつけられて処分された。鋼のブーツの下で水っぽい何かが潰れる音とともに悲鳴と骨の砕ける音が響く。
帝国の陣形は崩れ、散々に打ち破られていた。血と汗の臭いが混じり、悲鳴と怒号が街路を埋め尽くす。
前衛が白兵戦に巻き込まれたことで、帝国の迫撃砲隊は榴弾による支援ができなくなった。味方を巻き込む危険を避け、彼らは煙幕弾を撃ち始めた。
白い煙が街路に広がり、ガルムたちの視界を覆う。撤退の合図だ。威力偵察の目的――エマールの抵抗力を測るという目的はすでに果たされたと判断したのだろう。
煙幕の向こうに残った装甲車は射撃をやめて後退を始めた。歩兵たちはお互いに掩護射撃をしながら、煙に紛れて退却していく。街路には、煙のベールが残り、血の臭いが濃く漂っていた。
倒れた人々の呻き声が断続的に響いていたが、そのうち静かになった。
戦いがようやく収束した。メリナは息を荒げ、汗で濡れた髪を払いながら、銃のか前をゆっくりと解いた。彼女の目はまだ興奮で輝いていたが、その震えは肩から手に伝わり、もっていたライフルが手から滑り落ちてしまった。
そもそも彼女は花屋であり戦士ではない。気丈に振る舞っていたがその必要もなくなり、これまでの疲労が一気に押し寄せてきた様子だった。
カフェの中では、カリウスが床を這うようにして乾板カメラを探していた。だが、見つかったのは、床に散らばった割れたガラス乾板の欠片と、ひしゃげたカメラの残骸だけだった。戦闘の余波でガラス乾板はすべて割れてしまっていた。
カリウスの緋色の髪が乱れ、青白い肌に埃が付着していたが、彼の表情はどこか寂しげだった。記録しようとした歴史は、それもろとも失れた。
だがすべてを失ったのかと言えば、そうではない。アデーレは震える体で兄に駆け寄り、強く抱きついた。メガネの奥の瞳が涙で潤み、金髪のショートボブがカリウスの肩に触れる。
「お兄ちゃん……怖かった……」
小さな声で呟く彼女の姿に、カリウスは優しく頭を撫でた。
ガルムは周囲を警戒しながら、カフェに戻ると、煙の向こうを睨みつけ、どこか決意に満ちたような重い声で、兄妹に向かって言った。
「装甲車を殺ったのはお前だって聞いたぞ。お手柄だったな」
「いえ……あ、すみません。お借りした鉄砲、壊しちゃいました」
カリウスの足元には銃身が黒く焼け焦げて裂け、銃床も半ばから吹き飛んだM1886小銃の残骸が転がっていた。修理などという生易しい段階はとうに通り過ぎた惨状だった。
「いや、それはいいんだ。それより――」
息を吐いたガルムは、肺に残った残りの空気を全て絞り出すような声で言った。
「これで終わりじゃない。本隊が来る前に逃げろ。エマールは、もう持たん」
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