第2話:まぶしい彼らと、地獄の即興劇

「来週、大阪でライブがあるから見に来て」


そう言われて、顔合わせも兼ねて大阪で行われるライブに足を運ぶことになった。


早朝の新幹線で大阪に着き在来線に乗り換えて会場へ近づいていくと、徐々にうちわを持った人や、缶バッジを大量につけたバッグを持った人の姿が目に入るようになる。


みんな推しに会うためにとびっきりのおしゃれをしていて、髪の毛をリボンみたいに編み込んだヘアセットの人や、メンバーカラーのエクステを編み込んでいる人もいて、とてもかわいい。


「これが、メンズアイドルの現場か〜」


感心しながら会場に到着すると、すでにグッズ販売が始まっていて、購入待ちの列ができていた。


「すみません。プロデューサーの加藤さんに呼ばれてきたんですが」


近くにいた会場スタッフに声をかける。


「確認しますね。少々お待ちください」


「大阪までわざわざ来てくれてありがとうございます。いま、メンバーは本番前でバタバタしているから紹介はライブ後にしましょう」


そう話しながら案内されたのは、衣装を着る前のタンクトップ姿や、上半身裸のイケメンたちがいる楽屋だった。


目のやり場に困る……できるだけ彼らを見ないように下を向きながら、改めてプロデューサーから現状の話を聞いたり、アシスタントプロデューサーやマネージャーを紹介してもらったりする。


少し離れたところでは、衣装を着てヘアメイクを終えたメンズアイドルたちがインスタ用の写真を撮ったり、振り付けを確認したりしていて、とってもキラキラしている。


自分が座っているまわりにはおじさんしかいないので、すごい対比である。


プロデューサーやアシスタントプロデューサーと雑談をしながら待っていると、楽屋の空気が急に慌ただしくなっていった。


少しすると、「開場はじまったから舞台袖向かって」とマネージャーから指示があり、みんなが大きな返事をし、小走りで舞台袖へと向かっていく。


わたしも一緒に舞台袖までついていき、メンバーを見ていると、それぞれ、舞台をまっすぐに見ている人、ギリギリまで振り付けを確認する人、自分の世界に入って目を瞑っている人、準備運動をしている人、二人でじゃれあっている人たち……6人6様の本番前のルーティーンがあるらしいことに気が付く。


「よし、じゃあ席に行きますか」とプロデューサーに声をかけられ、舞台袖からまわり、関係者席へと向かった。


席に座り、メンバーが出てくるのをいまかいまかと待っている大勢の女の子たちの後ろ姿を見ながら待っていると、SEが流れ、衣装を着たメンバーが出てきた。


さっきまで裏側を見ていたから、ちょっと不思議な気持ちだ。


スカウトにかなりこだわってメンバーを集めた、と先ほどの雑談で言っていたように、改めてスポットライトの下で見る6人の顔はかなり整っている。


そして、ダンスアンドボーカル路線に舵を切っているという話の通り、曲ごとに変わるダンスは、素人目に見ても見応えがあった。


「結構、かっこいいんだな……」と思って見ていると、音楽が止まり、照明が明るくなる。どうやら、MCがはじまるようだ。


「こんにちは!PRIZMICです!」


「僕をあなたの生きる理由にしてください。阿久津亮です!」


「柏木蓮です……喋るのはあまり得意じゃないんで、パフォーマンスで魅せます」


「顔面国宝、中身は芸人?どうも〜!瀬戸唯斗です」


「みんなの弟、ときどき男。みなさんこんにちは!北村湊です」


「あなたの心のオアシス〜!鳳颯太です」


「メンバーもファンも支えていく縁の下の力持ち、松岡祐馬です!」


「大阪の人も大阪じゃない人も、みんな来てくれてありがとね〜!」


「ありがと〜!」


「ねえねえ、唯斗さ、今日はMCでやりたいことあるって言ってなかった?」


「そう!今日は即興劇をやりたくて!みんなで『放課後の告白』をやりまーす!」


瀬戸唯斗の合図で、脈絡のない寸劇が始まる。しかも、脚本があるわけでもないので、ただメンバー同士でしゃべっているだけのものだった。


「唯斗と早く告白しちゃえよ〜」「お前らやめろよー」「唯斗くん、どうしたの?」「颯太子ちゃん!俺と付き合ってください!」「ひゅーひゅー!」


客席の熱が急速に冷めていくのがわかった。 応援してくれているはずのファンたちが、どう反応していいか分からず、困ったような顔を見せ、中には友人同士で苦笑いしている人たちもいる。


「これは……一体なんの時間なんだろう……?」


しばらく困惑していたが、その後MCが終わると、暗転して音楽が流れはじめた。MCの意味は分からなかったが、やはり歌って踊っているときはかっこいい。……それにしても、あの時間は一体なんだったんだろう……。


ライブが終わり、退場のアナウンスが流れ、帰路に着くために行列を作っているファンを眺めていると、プロデューサーがこちらに来た。


「どうだった?自分たちだともうローテーションみたいにやっちゃっているから、新しい意見が聞きたいんだよね」との問いに、はっきり言うのもどうかな、と思ったが、正直に伝えた。


「パフォーマンスはかっこよかったのですが、MCが内輪で……胸きゅんポイントがなかったですね……。即興劇がはじまったときにはどうしようかと思いました……」


「確かに……」


「ただ、阿久津さんはダンスも歌も上手いですね、手足が長くて華がある。柏木さんはパフォーマンスや自分の魅せ方が分かっていていいですね。現状まだ顔と名前が一致していないわたしですが、この二人はキャラクター性が強くてすぐに覚えられました。他のメンバーは……もうちょっとキャラクター性を意識して差別化した方がいいかも……」


「なるほどねえ……ちょっと詳しくはまたあとで聞かせて。いったんメンバーに紹介するね」


気づけばファンは全員会場の外に出ており、関係者のみになったステージで、先ほどまで歌って踊って……大阪名物に自らを例えていた彼らは、SNSにアップするであろう集合写真を撮りはじめていた。


「ちょっとみんな集まって」


「はい!」


大きな返事とともに、走って集まってくる6人。本番前も思ったが、意外に体育会系である。


「彼女は、石原さん。外仕事やメディア出演の営業をお願いしようと思っています。また、女性の意見がなかなかないので、そこも担当してもらっているので、みんなよろしく!」


普段の仕事だと聞いたことがない「外仕事」というワードにちょっと引っかかったが、ライブやイベントなどの仕事は内部仕事、舞台やメディア出演などは外仕事なんだろうな、と一人で納得し、また、自分の求められている役割も理解した。


いわゆるテレビや雑誌などのマスメディアからWebメディアまで、だいたいのメディア担当者とは日頃から連絡を取り合っていて、売り込むのも広報の仕事のひとつである。売るものが会社のサービスからアイドルが変わっただけでやることは変わらない。


わたしに求めるものとしては確かに正しいなあ……と考えていると、「よろしくお願いします!!!!!!」と先ほどの返事よりもさらに大きな6つの声が聞こえてきた。いろんな期待とともにみんながこちらを見つめている。


「石原です。頑張ります、よろしくお願いします!」


頑張ります——もちろん、仕事なので頑張るのは当然なのだが、この時、わたしはまだ理解していなかった。


わたしが他の仕事と同じように頑張ろう、と思ったことに対し、彼らは自分の人生を、10代20代の人生の中でも大切な大切な時間を賭けて頑張っていることを。「メロい」と自分勝手に愛でられる「偶像」でも、飽きたら都合よく乗り換えられる「娯楽」でもなく、わたしたちと同じように一人の人間であることを。そして、事務所側にいるわたしを含めた大人の一言で軌道や人生が容易に変わってしまうほど、脆く儚い存在だということを。

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