私が物語に触れられなくなった時。それが私の死ぬべき時なのだろう。
根占 桐守
未知なる私へ。2026.01.09の私より。
私は物語が好きだ。私は物語の可能性に、何よりも期待している。物語を信じている。物語が私の血液を流動させる酸素であり、私の魂を満たす命の水。物語こそが、私の血肉である。そう言い切れる。
つまりは端的に表すと。
私は物語を愛している。
きっと、この世界の、宇宙の何よりも愛している。
私は物心がついた時より、気が付けば意味も無い、夢のような空想を小さく覚束ない脳みそで展開させていた。
父が運転する車に乗れば、空を低空飛行する自分を夢想する。
母と花見の散歩をすれば、遠く大いなる入道雲に成りたいと夢想する。
祖父母が家畜の世話をするのを眺めては、その家畜の背に乗って冒険する日々を夢想する。
弟たちをこの背に背負えば、彼らと海獣になって歌いながら大海を漂う夢想をする。
そんな、どうしようもない子どもだった。
しかし、小学生あたりの私は、将来絶対に成りたくない職業があった。
それが作家だ。
歴史に名を遺すような。未来の子どもたちの教材ともなってしまうような物語、文学を生み出した文豪たちは皆、短命のように思える。きっと彼らは、己の命を削り出し、命懸けで物語を生みだしていたのだろう。
その危うさが、子どもながら私は酷く恐ろしく思った。
子どもの私の夢は、長生きすることだった。
死ぬことが、酷く怖い。苦痛を味わい、死への恐怖に支配されながら死ぬのが、恐ろしくて堪らなかった。ゆえに、老衰で眠るように、あっという間に死にたかったのやもしれない。
自害など、もってのほかだ。私はもっと生きたい。死にたくない。
ならば、命を削るのであろう――もしくは、精神を病んでしまうのであろう作家という職業には、絶対に成りたくなかったのだった(今にして思えば、幼稚な偏見だ)。
そうして、今の私は。作家となった。なってしまった。
結局私は、思い知ったのだ。
私は物語から逃れられない。物語を手放せない。どうしようもなく、物語が恋しい。
物語は凄い。物語の素晴らしさを、どれだけ私が皆様にお伝えしたいか。
たった数行の文字列が、人間の心を動かすことがある。
その人の人生を丸ごと変えてしまうような。その人の思考回路の形をも変貌させてしまうような。その人の魂を、否応なく生まれ変わらせてしまうような。
そんな、どうしようもなく、堪らないほどの「感動」を、物語は文字で圧倒してくる。
しかもだ。物語は文字として、時代を越えて残ることもある。動産でもあるため、人へ人へと手に手に渡り、どこまでも遠く移動することだってできる。
時と場所を、時代と空間を超越して、物語という感動は、不特定多数の人類に届き得るのだ。
なんと末恐ろしい存在。なんと、素晴らしく尊い存在。
私は物語を愛している。
同時に、物語を歪に崇拝しているのかもしれない。
しかし、人とは老いるものだ。人とは、ちょっとしたきっかけで、変わってしまうものでもある。
私は、現在の私が物語を手放すことなど有り得ないと、そう思っている。もしくは思い込んでいるのかもしれない。
だが、人生とは、人とは変わるものだ。老いて死にゆくものだ。その魂、心も、無常であると私は考える。
ここで一つ、謝罪させていただきたい。
私は作家だ。
ゆえに、私が書く物語は、文字は、文章は、読者の皆様にお読みいただきたいと考えて、常に書いている。しかし、この文章は、文字は違う。
この奇妙な物語は、未来の私にだけ向けて書いている。存在し得るのかどうかすらわからない、限りなく未知なる私に向けて。
ゆえに、この物語をお読みいただいている、全ての読者様。どうかお許しください。作家である私が、たった一人に向けて書くこの物語を、この宇宙に垂れ流すことを。
大変遅くなってしまいましたが、心よりお詫び申し上げます。
そして、いつかの私へ。
いつか、物語を手放してしまうかもしれない。そんな、今の私には欠片も想像がつかない、未知なる未来の私へ。
かつての私は、物語が己の全てでした。
人生も、普通という価値観も、世間体も、健全といわれる精神も、時間も、金も、他者からの心配も、常識も、普通の幸せという未来も、たくさんのものをかなぐり捨てて。
私は今、物語を愛しています。
しかし、物語を手放した私。
そんな私は、「私」ではなくなるようで、妙な気分です。
なので、これだけ言わせてください。
物語を手放した私よ。
死ね。
私が物語に触れられなくなった時。それが私の死ぬべき時なのだろう。
最後に。
書き続けている場合の未来の私へ。
私が生まれて、今まで触れてきたこの美しい世界。美しい宇宙。美しい魂。
それらから受け取った「感動」を全て「物語」とするまで、死んでも死ぬな。
生きろ。どんなに苦しくとも、寂しくとも、不安であろうとも。
生きて書き続けろ。その感動を、時代と空間を超越して、一人でも多くの誰かに届ける努力をしろ。
この世界は、宇宙は、人の魂は美しい。素晴らしい。
そして何より。
物語というものが、最高の文明の一つであることを。己の命を懸けて、魂を懸けて、証明しろ。たとえ情報の海に呑まれ、埋もれてしまおうとも。
誰の目にも留まらぬ絶望に苛まれようとも。
書け。物語を。
書き続けろ。最高に生を楽しみ、宇宙を味わい尽くしながら。
ゆっくりでいい。
書き続けろ。
慌てなくていい。焦らなくていい。
書き続けろ。
それが物語と心中する私。
それが私という、作家だ。
さあ今日も、書き続けろ。
こんな奇妙な物語で、脅迫文で、今も未来をも恐れてしまうほどに。
私は物語を、愛している。
2026.01.09 根占桐守
私が物語に触れられなくなった時。それが私の死ぬべき時なのだろう。 根占 桐守 @yashino03kayama
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