第4話 出張明けの昼休み・焼きうどん物語
小生の名は、
立派な名を持ちながら、立派なことは何一つしておらぬ。
だが腹が減れば、誰よりも真面目である。
ゆえに小生は今日も、食を探すのである。
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出張明けの朝というものは、体よりも先に心が疲れている。
電車の揺れに身を任せながら、小生は昨夜の国道を思い出していた。
闇。
自販機の灯り。
甘い出汁の匂い。
会社に着けば、そんなものはすぐに消える。
メール。
報告。
大杉課長の溜息。
光石係長の「すみません……」という声。
机に向かい、キーボードを叩いていても、昨夜の余韻がまだ消えぬ。
正午。
小生は財布を掴み、ビルの裏手へ出た。
出張明けの昼に、重いものは要らない。
だが、軽すぎるのも違う。
その折衷案のような暖簾が、角を曲がったところにある。
派手さのない、昼だけ開く定食屋である。
引き戸を開けると、鉄板の音。
じゅっ。
油が弾け、ソースの匂いが鼻に届く。
≪焼きうどん≫
壁の短冊に、そう書いてある。
小生は迷わず、それを頼んだ。
カウンターに腰を下ろす。
厨房では、うどんが鉄板の上で返されている。
キャベツ。
豚肉。
玉ねぎ。
最後に、黒いソース。
香りが、空腹を正確に刺激してくる。
ほどなくして、皿。
湯気。
箸を入れると、うどんがずしりと持ち上がった。
ずず、と一口。
「……うむ」
昨夜の出汁とは、まるで違う。
甘くない。
丸くない。
はっきり主張している。
昼の味である。
噛むと、キャベツの水気が出て、そこへソースが絡む。
豚肉は脇役だが、いないと困る。
口を動かしながら、小生は思う。
昨夜のうどんは、染みる食べものだった。
今日の焼きうどんは、みなぎる食べものだ。
夜は、腹の底に沈み、昼は、背中を押す。
同じ「うどん」でも、役目が違う。
人間も、似たようなものかもしれぬ。
謝る役。
報告する役。
矢面に立つ役。
いないと困るが、主役ではない役。
だが、それでいいのだと、今は思える。
焼きうどんを食べ終えると、胸の奥が、きちんと今になっていた。
会計を済ませ、外に出る。
空は白く、ビルの谷間を風が抜ける。
さて、午後である。
出張は終わった。
案件は……まだ終わっていないが。
しかし、少なくともこの一皿で、小生は「平日」に戻れた。
それで十分であろう。
小生はネクタイを整え、会社へと足を向けた。
- 完 -
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