第6話 モンシロチョウの春

 タイルが軽く振動し、壁に沿う形で、数百本の重合金の柱が地中より出現した。

 暗灰色の太い柱は天へと伸び、天蓋ドームと接続された。

 全市民の退避後に天蓋ドームは降下し、卵の殻のように地表を覆うのだ。

 


『【A-1】のシャトルバスが、間もなく出立いたします。若者たちの幸運を祈って送り出しましょう』


『一時間後に【A-2】のシャトルバスが参ります。該当するみなさまは、準備を整えてお待ちくださいませ』


 

 非情な告知が響き、舟迫ふなさこさんは号泣して上野に抱きついた。

 堰を切ったように、生徒たちの泣き声が上がる。


 彼らの親族の年齢は様々だ。

 親が三十歳代の生徒も、四十歳代の生徒もいる――和生かずき舟迫ふなさこさんのように。

 祖父母がいる生徒もいる。

 

 同級生であっても、大切な家族と再会できる確率が異なる。

 それが現実なのだ。

 



 誰かが、歌を口ずさみ始めた。

 ディスクから再現された古い唱歌の『ふるさと』だった。

 他の生徒たちも家を見上げ、古い歌詞を奏で出す。

 二十四の声は重なり、埋もれた大地への郷愁が、閉じた空への追憶があふれる。


 シャトルバスのモニターサインが乗車を促すが、生徒たちには届かない。

 歌詞をかみしめ、家族を想い、恩師に届けとばかりに唄う。


 マンションの窓は開かず、生徒たちを窓から目撃できる住民は少数だ。

 目撃できても、歌声は届かないと分かっている。

 

 それでもいい――

 自分たちが唄っていた事実は、目撃した人が伝えてくれるだろう――

 家族や先生に伝えてくれるだろう――


 生徒たちはそれを信じ、三番まで歌いきる。

 最後の一音が空に消え、ほうっと大きく息を吐き、立礼した。

 口々に「行ってきます!」と叫び、未来の再会を誓う。


 すると、七階の窓に複数の人影が見えた。

 確かに手を振っている。

 生徒たちは歓喜し、飛び上がる。

 

 想いは届いた。

 それは、父や母、兄や姉、祖父母に伝わるに違いない――。

 

 

 生徒会長が勢いよく右手を上げ、生徒たちはバスのステップを踏む。

 最後尾となっていた和生かずきが最前列に座ると――バスは動き出した。



 振り向くと――我が家が遠ざかる。


「……歌……聞いて欲しかったな……」

 隣の窓際に座る久住さんは、かすれ声でつぶやいた。


「……ひどいよ……」

 先ほどまでの高揚感は薄れ、別れの悲しみが込み上げる。

 わずかな思い出を詰めたリュックを抱き締め、膝を大きく震わせる。



「生きよう……」

 和生かずきは真正面を見据え――腹の底から決意を放つ。


「先生に教わったじゃないか。隕石衝突で恐竜は絶滅した。けれど、ネズミに似た哺乳類は生き延び、人間の始祖となった。それ以前の全地球凍結時代も、微生物は生き残った。だから……僕たちも生き延びる!」


「よっしゃああ! 俺たちはサナギみたいに寝てりゃいいんだから、気楽なもんじゃねーか!」


 斜め後ろの上野が立ちあがり、ピースサインを掲げた。

 

 ひとつ――。

 ふたつ――。


 少しずつ呼吸は落ち着き、動揺も鎮まり、互いを見やる。

 大切な友を――。

 未来に旅立つ仲間を――。

 

 

「……そうだね……お父さんやお母さんに会えるよね」

 久住くすみさんは濡れた顔を上げ、和生かずきはうなずいた。


「ほら、これ……」

 リュックから、黒いファイルを取り出して見せる。

「前に写真で見せた絵だよ。兄さんの油絵を水彩で模写したやつ。下手くそだけど、カーボンコートして持ってきた。目覚めた時に開封して、飾るんだ」


和生かずきくん……」

「僕たちが見たもの、僕たちが知る物語や歌を未来に持っていこう!」


 生徒たちの顔に、明るさが戻る。

 ふるさとに帰る。

 そんな希望が、不安を追い払う。

 舟迫ふなさこさんも顔を上げ、涙を拭って恋人を見上げた。

 


『シェルター到着十五分前。地下千八百メートルまで降下します。到着後は、速やかにカプセルに入る準備をしてください』


 アナウンスが入り、和生かずきは箱の中の愛猫に語りかけた。

「心配するな。きっと、再起動させてやるからな!」


「モンシロチョウも帰って来るよね……冬を超えたら、きっと」

 久住くすみさんは微笑み、和生かずきの胸元に人さし指を差し出した。


「この指、とまれ……!」

「……とーまった!」


 眠るキケロの上で、二人の人差し指が重なった。

 命と心が交差し、温もりが広がる。



 シャトルバスは停まり、床のタイルごと降下を始めた。

 アームが伸び、バスを固定し、地中へと導いていく。


 和生かずき久住くすみさんの手を握り、「きっとだ」と、ささやいた。

 


 

 

 ――長い冬が始まり、生き物は眠りにつく。


 ――時の果てに嵐は過ぎ去り、緑が芽吹く。


 ――門城町に春が来る。




 【 ―― 終 ―― 】 

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モンシロチョウの冬 桜隠し(mamalica) @mamalica

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