第5話 空が落ちても

 起床してシャワーを浴び、制服に着替え、衣類や毛布などをリザーブボックスに投下した。

 それは、未来の資源となるだろう。

 兄の模写した油彩画も回収される筈だ。


「兄さん……行くよ」

 油彩画に額を軽く押しつけ、別れを告げた。

 寝室を出て、家の中を見回る。

 リビング、キッチン、シャワールーム――

 ささやかな幸せの記憶が、とめどなく溢れ出る。

 

 だが、時間はない。



「じゃあ……先に、シェルターに行くね」

 玄関先で、父と母に頭を下げる。

「目覚めたら……新しい家が用意されてるといいな」


「ああ……その時も、カレーライスを作るからな!」

智花ちかちゃんに……よろしくね」


「はい……父さん、母さん……行ってきます!」


 リュックを背負い、キケロを収めたバッグを下げ、目を拭いながら家を出る。

 ドアは冷酷に閉ざされ――両親の姿は、にじむしずくの中に消えた。


 

 数歩先には、やはり瞼を腫らした上野が立っていた。

 同じようにリュックを背負い、制服を着ている。


「おはよう。閉校したのに、制服指定って変だよね」

「学生は学生らしく、ってセリフが昔の漫画にあったせいだろ?」


 上野はクスリと笑い、和生かずきのスクエアバッグを指した。


「その中……キケロか?」

「うん。手に入る限りの予備パーツを集めた。バックアップもたくさん取ったし、手動の充電器もある。兄さんが火星移民に選ばれたから、持ち込み許可が降りたんだ」


「……動くといいな」

「……そうだね……」


 昨日と同じく、揃ってエレベーターに乗る。

 

 もう一度、我が家を見たい――

 けれど、エレベーターを止める術はない。

 二度と帰ることはできない。


 悲しみをこらえ、エントランスに出ると――ドアは解放されていた。

 空は晴れているが、光は射していない。


 集まっていた生徒たちは、久しぶりの青い空を見上げてささやき合っている。

 久住さんと舟迫ふなさこさんも交じっていたが、舟迫ふなさこさんは蒼白で今にも倒れそうだった。

 上野は、今日も彼女に駆け寄ってその身を支える。



「……おはよう、和生かずきくん」

 久住さんは、ゆっくり近づいて来た。

「アクリルボードは持ってきた?」


「うん……大切な思い出だからね」

「校舎……無くなってるね」


 その言葉通り――学舎は、跡形もない。


「ちくしょう……キレイさっぱり消えやがって……」

 男子生徒が吐き捨て、傍にいた生徒たちは目頭を押さえる。

 昨日までの日常は帰ってこない。

 ただ悔しく、哀しい。


 多くが打ち沈む中で、胴着袴にブレザーを羽織った生徒会長が気を吐く。


「遺憾だが、竹刀と防具は持ち込めなかった」

「シャツとズボンは?」

「間違って捨ててしまった。胴着だけでも、武道遺産として後世に残さないとな!」


 胸を張り、他の生徒たちに活を入れる。

 

 だが、白一色に塗られたバスが近付いて来た。

 生徒たちの前で停車し、ドアが横に開く。

 車体の前面上部のモニターには、【A-1】と大きく表示されている。

 向かう先は、地下シェルター深部のスリープルームだ。

 

 高校生の【A-1】と、二十五歳までの【A-2】には、最優遇措置が取られる。

 最も高性能な冷凍睡眠装置に入り、地上の安全が確認されてから覚醒させる。


 電力供給量が低下した場合も、電力は【A-1】【A-2】に優先して回される。

 最悪の場合は、他の全ての装置が稼働停止する。


 すべてはAIが管理し、世俗の地位は配慮されない。

 年齢で厳格に分類され、装置からの覚醒率は世代が上がるごとに低下。

 老齢者の覚醒率は四割以下とされる。

 

 無論、全国民に公開された事実だ。

 十四年前に出産は禁止され、自ら命を絶った人々もいる。

 都市を脱出し、自然に帰る選択をした人々もいる。


 しかし、プロジェクトは進行する。

 多種多様な動植物の遺伝子も保存された。

 少数の若者たちを火星に移住させ、人類存続の選択肢の一つとした。

 無人の地表では、ロボットたちが浄化と再生を担う。


 『生』への飽くなき渇望は、『滅』を受け入れはしない。


 

 

 シャトルバスのモニターが点滅し、生徒たちに乗車を促す。

 その時、アナウンスが響き渡った。

 

『門城町のみなさま。ただいまより、天蓋てんがいドーム閉鎖のテストを実地いたします』


 音声は繰り返され、天蓋ドームに投影された青空が消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る