第3話 学舎を去る日

 教室の九割はすでに閉鎖され、校内は葬儀場のように静かだ。

 無意味に並ぶ窓は陰鬱で、雑談をする気も起きない。


 生徒たちは無言で三階の音楽室に入り、学年ごとに前列から着席する。

 校長先生、教頭先生、音楽の先生が入室し、最後の授業が始まった。

 

 シェイクスピアの古典『ロミオとジュリエット』の映像鑑賞である。

 恋に落ちた若きロミオとジュリエットは家族から結婚を反対され、修道士が用意した馬車で遠くの町へと去る。


「原作では、ロミオとジュリエットは死んで結ばれるんだって」

「暗いから改変したのかもね」


 前の席の二年生が、ささやいた。

 

 朝日に照らされた馬車が画面奥に消えた所で、映像は終わった。

 製作した先生たちの名前がクレジットされ、生徒たちは心からの拍手を送る。

 バター風味パンとジュースの給食も配られ、数人ずつが輪になって語り合う。

 

 「ジュリエットの赤いドレスが素敵だったね」

 「貴族は豪華な食事をしてたんだね」

 「この映像データを残して欲しいな」

 

 生徒たちは明るく振る舞い、柔らかいパンを味わう。

 けれど、時間は迫って来る。

 

 給食のパッケージをリザーブボックスに投棄し、着席すると――すぐに閉校式が始まった。

 先生が地域の歴史を、教頭先生が学校の歴史を語る。

 音楽の先生がオルガンを弾き、生徒たちは起立して校歌を合唱する。


 

 ――大雪たいせつの峰、晴れやかに

 ――大空は、高く澄み

 ――続く架け橋は、虹色に輝く

 ――進もう、進もう

 ――我らの未来、北の大地と共に在れ



 続いて、卒業の歌『仰げば尊し』も歌った。

 三学年上の先輩たちが古いディスクを発見し、詩曲の再現に成功したのである。


 演奏が終わり、音楽の先生が鍵盤のふたを閉めて起立した。

 生徒たちの拍手の中、先生たちは教壇に並び立つ。


 五十歳代の校長先生は、涙声で語りかけた。


「みなさん、これにて学校は閉鎖されます。けれど、今日まで充実した日々を過ごすことが出来ました。君たちのおかげです。……君たちには、希望と未来があります。また、君たちに会えることを信じています。ありがとう……」


「先生、ありがとうございました!」


 生徒会長が起立して答え、全員がならって「ありがとうございました!」と唱和した。

 それが合図であった如くに終礼のチャイムが鳴り、生徒たちは嘆息して退室する。

 

 教室、廊下、実験室――仲間と過ごした校舎に名残りは尽きない。

 壁に触れ、別れを惜しむ生徒もいる。


 しかし、タグが点滅し始め、急いで校舎を出た。

 『東峰高等学校』とプレートの掛かった玄関横に並び、記念写真を撮る。

 男子生徒が前列にしゃがみ、先生たちを女子生徒が囲む。

 スタンドに固定したカメラのシャッター音が響き、写真はすぐにアクリルボードに印刷され、配られた。

 

「げっ、オレ半目になってる」

「ネクタイ、曲がってた~」


 生徒たちは写真を見て笑い、涙し、いつか卒業証書を手にしようと誓う。

 そして、先生たちに別れを告げ、帰途に着いた。

 先生たちは最後の点検後に下校し、校舎の解体が始まるという。


「さようなら~!」

「楽しかったよ!」

「先生、お元気で!」


 何度も何度も振り向き、別れを惜しむ。

 手を振る先生たちの影が見えなくなるまで、それは続いた。



 五分後にはマンションに到着し、入口のドアをくぐる。


「また、明日ね」

「明日、会おうね」


 別れの挨拶がエントランスにこだまし、固い空気を震わせる。

 目を潤ませたままの久住くすみさんも、和生かずきの前に立った。

 和生かずきは、右手の肘を上げて――振る。 


「じゃあ……また明日……」

「うん……明日ね」


 久住くすみさんは目尻を拭い、笑った。

 上野と語り合っていた舟迫ふなさこさんも、急いで走り寄ってきた。

 久住くすみさんと合流し、女子生徒二人と共にC棟エレベーターに向かう。

 

 和生かずきも上野と一緒にA棟エレベーターに乗り、自宅に戻った。

 父と母は、キッチンで野菜を取り分けていた。


「お帰りなさい、和生かずき

「さっき食材が届いたぞ。これから夕食の準備をするからな」


「まだ早くない? 僕も手伝うよ」

「親の手料理を食う! それも親孝行だぞ」


「じゃあ、明日の支度をしてるよ。キケロの点検も」

「よし、期待して待ってろよ!」


 父はガッツポーズをし、三角巾を締めた。

 

 父と母の背を目に焼き付け――キケロを抱えて部屋に戻る。

 着替えをして、支給された小さなリュックを点検する。

 持ち込める私物は二キロまでと定められ、それ以外はリザーブボックスに投棄するよう告知されている。

 幸い、キケロは特別に持ち込みが許可された。

 

「……兄さんのおかげだな」

 

 キケロの背を撫で、ベッドサイドのアクリルボードに触れた。

 家族四人とキケロが写っている。

 キケロは尻尾を立て、すまし顔で母の膝に乗っている。

 

 思い出を食い入るように見つめ、それもリュックに収めた。

 そして、一枚の……


 …………

 ……

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