第六三話 綱渡りの水入らず

 ☆午後十一時半 パイレーツ・ベース 室内スパ


 温水プールとは良いものだ。俺は、この数日でそんな思いを抱いていた。水の抵抗が良い鍛錬の重りとなってくれるし、汗の心配もない。これなら、筋肉痛が来るまで思う存分鍛えられる。それに……


……哲也が戦えない今、俺には責任というものがあるのだろう。


「だなんて、思ってない?」


 こんな時間のプールに声が響く。幽霊かと思い身構えるが、そんな訳がなかった。


「やっぱ、いるよね」


 フリル靡かせる暦のラッシュガードに、たわわに揺れるサワさんの黒ビキニ。九瀬家三人は、プールで何とも言えない再会を果たしたのである。

 

「そっちこそ、寝ないんですか?」

「サワさん、今日は水で全部洗い流して終えたい……ってらしい」


 思い返せば、濃い一日だった。ゼージス同士の死闘に、哲也を襲った残酷な運命。それに加えて、サワさん達上層部は色々な後始末に追われたのだろう。彼女から漂う雰囲気からは、抜け切れない疲労が溜まっていた。


「取り敢えず、今日の練習は終わり。じゃないと、先生にチクるわよ〜?」


++++++++++++


 ブクブクとジャグジーが泡立つ中、俺達はバスタブに体を身を寄せ合う。不思議な美少女と、ビキニのお姉さんとの混浴。端から見れば羨ましい非日常も、俺にとってはそこまで良いものではない。


「あー、天国!! 体がほぐれちゃう!!」

「何で、俺の所に入るんですか。狭いですって……!!」

「潰れちゃう……」


 身長一九三センチ。兼任している大学では、八尺様だの怪獣だの呼ばれるらしい。美しい巨体は、俺達のスペースを完全に侵害していた。


「別に良いでしょ? たまには家族水入らずって感じでいいじゃん。しかし、こうしてみると竜君も暦ちゃんも、小さくてかわいいなぁ」

(俺、一七三センチあるんだけどな……)


 呆れながらも何やかんや、家族水入らずというものは悪くなかった。俺達はされがまま、両脇に抱き寄せられる。三つの視線は合図を送るまでもなく、備え付けられたテレビに集中していた。


〈まるで、ゾンビの様な姿になった産卵後の鮭。全身に水カビが生え、ボロボロになったその姿をほっちゃれと言います〉


「また鮭の回やってる。そろそろ新しい回見たいわね」

「仕方ないですよ。この三年、『ヤマトが来た!!』って取材出来てないらしいですから」

「まるで、怪獣みたい」


 端から見れば、ちょっと変わっているのかもしれない。でも、俺達にとってはそれが幸せなのだろう。俺達に残されているのは、俺達だけしかいなかった。


「……あたし、守れるかな」


 ふと、サワさんが呟く。


「一人ぼっちは、嫌ね」


 サワさんの抱き寄せる力が、少しだけ強くなった気がする。ますます狭い。息苦しい。……でも、俺達は払い除ける気にもなれなかった。


「……同感です」


 家族三人の入浴を他所に、海は不気味な黒色を湛えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る