第六二話 葛城真希

☆午後十時 パイレーツ・ベース 

 地下エレベーター


 思えばこの数日はアルガ事件以来、あたし、九瀬サワにとって最も疲れた時間の一つかもしれない。怪獣が襲来し、それをあたしの知らないゼージスが撃破、そして、演習の果てにそのパイロットが死にかける。こんな濃密な時間は、良い意味でも悪い意味でも今日くらいしか味わえないと願いたい。


「……そして、これでもまだ休ませてくれないのね」


 昇降機の震動と共に、エレベーターの扉が開く。刹那、強烈な冷気がモコモコの防寒着を貫通した。いつもは熱の籠って仕方のないIカップも、今回ばかりはカイロ代わりになる程の寒さである。


「おっ、九瀬先生!! お疲れ様でーす」


 地下に広がる巨大な冷凍室に足を踏み出せば、一人の少女が駆け寄ってくる。


「よっ。体の方は大丈夫?」


 葛城真希カツラギマキ、十七歳。城南大学怪獣学部九瀬研究室飛び級在籍……つまり、あたしの教え子である。


「最近のウチ、調子いいんですよ。今ならトライアスロンだって……」


 笑い掛けたその表情を、ゴホゴホという咳が歪める。慌てて手を伸ばしてみれば、真希は申し訳無さそうに笑った。


「あはは、病気君に突っ込まれちゃった」


 薄幸な自虐と雰囲気に、あたしは溜息をつく。


「取り敢えず、あんまり無理しない事。教授からのアドバイスよ」


 気を取り直し、あたし達はマスクを付ける。


「さて、気合い入れて調べるわよ」


 バラバラに解体され、氷漬けにされても尚、シャードンの威圧感は相変わらずだった。


++++++++++++


 白眼を剥いた大顎にペンチを押し当て、小さめの牙を何とか引き抜く。小さめ、とは言ってもその大きさは前腕くらいある。保管容器に牙を入れれば、薬液とアンモニア臭の混ざった悍ましい臭いがあたしの嗅覚をぶん殴った。


「今の所、進捗はどう?」

「遺伝子サンプルも現場で回収出来てますし、今朝には解析も完了しましたよ」


 ぐっと誇らしげにする真希に、あたしは思わず期待してしまった。


「おっ!! って事は怪獣の正体も……!?」

「それが分かったら、ウチは教授超えてますよ」

「だよね」


 少しだけ落ち込み、少しだけ元気を取り戻すあたし。プラマイゼロで、いつも通りである。


「怪獣は通常の生物とは遺伝構造が全く違うって先生自身が言ってたじゃないですか」


 巨大な鮫を思わせる大顎からサンプルを取りながら、真希は続けた。


「『シャードンと鮫なら、ナメクジと猫の方がまだ近縁である。逆に、全怪獣は例外なく猫と山猫よりも近縁である』……卒論の書き出し、これで良いですかね?」

「それ、あたしの論文からパクってない?」


 そんなやり取りをかわしながら、輪切りにされた胴体の方へ歩み寄る。


「……この子、何だか痩せ細ってる様にも見えるわ」

「ですよね」


 タブレットの八景島、暴れ回るかつてのシャードン─竜に撃退された頃よりもその体は大きく、そして痩せ細っているように見えた。身体には水カビが繁茂し、何ともグロテスクである。


「先生、怪獣の水カビって研究進んでました?」

「んー、ちょっと手を出した事あるけど他は見たことないかしら?」 


 気付けば、真希の目がゴーグル越しに輝いている。出た、いつもの『命燃やします』だ。


「だったら、フロンティアじゃないですか。ウチでも、新発見出来るかも」

「えー、それより次のレジュメの方はどうするのよ。いくらあなたが速筆だからって、『二〇十四年の東京における怪獣災害への一考』の方を優先してよね」

「勿論ですよ、やる事やってからやりたいんです」


 防寒着越しでも寒いのか、真希のガラス細工のような体は震えている。それでも、心配したのを見越したのだろうか。


「ウチ、いつまで生きられるか分からないですから。だから、元気なうちに歴史に名を刻んでみたいんです」


 寂しげで、美しい笑顔。全く、手が掛かるし心配もさせてくれる。


「……たとえ、死んでも。ウチは論文の中で永遠に生きてみたいんです」

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